13.水晶玉
食事がすむと、占いおばばが言いました。
「どれ、それじゃひとつ、あんたたちの大切な人たちがどうしているか、水晶で占ってやろうかね」
それを聞いて、子どもたちは驚きました。
「えっ、できるのかよ!?」
「だって、魔王の結界が強力で中がのぞけないんじゃ・・・?」
すると、おばばは、ちっちっと指を振って見せました。
「あんたたちはさっき、魔王のところに友だちや姉さんがさらわれたと言っていただろう? 魔王は見えなくても、その子たちの姿なら見えるかもしれないのさ」
そして、おばばは荷袋の中から大きな水晶玉を取り出しました。
丸い玉の中はガラスのように透き取っていて、中心は霧がかかったようにぼんやりとかすんで見えます。
その水晶玉を膝に置き、上に片手をかざしながら、おばばは、もう一方の手を突き出しました。
「さあ、誰から占ってほしいんだい? 一人ずつ、一番大事な人を思い浮かべて、あたしにさわっておくれ」
「じゃ、俺から・・・!」
そう言って、あわてたように一番におばばの手を取ったのはゼンでした。
とたんに、水晶玉の真ん中の霧に、もやもやと影のようなものが映り始め、やがて、はっきりした映像に変わりました。
黒い石造りの部屋・・・黒い石の台の上に、緑の髪のメールが横たわっています。
「メール!!!」
ゼンが思わず叫ぶと、水晶玉の中の映像が大きく乱れました。
「これ、落ち着きな。こっちからいくら呼んでも、向こうに声は届かないんだからね。だけど、思った通りだ。魔王の周りの人間なら、ちゃんと見ることができるよ」
メールは青白い顔色をしていて、身動きひとつしませんでした。
「まさか、死んでるんじゃないだろうな・・・」
ゼンが不安そうに言うと、おばばが答えました。
「大丈夫。ちゃんと生きているよ。でも、あんたたちが考えたとおり、『力』を魔王に奪われているね」
それを聞いて、フルートたちは、海の戦いで魔王から渦王の『力』を取り返したときのことを思い出しました。グラスに入った水のような『力』を渦王に戻したら、渦王は目を覚ましました。魔王に『力』を取り込まれてしまった海王も、魔王を倒すと『力』が戻っていって復活しました。
「魔王を倒せば目を覚ますってことだな・・・」
ゼンはそうつぶやくと、ぎゅっとこぶしを握りしめました。
次におばばの手を取ったのは、フルートでした。
水晶玉の中の霧がゆらめき、今度は、黒い台に横たわるポポロの姿が映りました。黒い長い衣を着て、赤い髪をおさげにしています。
それを反対側からのぞき込んでいたゼンが、ふーんとつぶやきました。
「フルートの時には、やっぱりポポロが見えるんだな」
「え?」
フルートが目を丸くすると、ゼンは、にやりと笑いました。
「一番大事な人、だろ。フルートの時にもメールが映ったら、どうしようかと思ったぜ」
「そ、そんな・・・ぼ、ぼくは・・・だって・・・・・・」
フルートが真っ赤になってうろたえたので、ゼンやポチやおばばは大笑いしました。
「ほっほっ、いいことだよ。大切に思える人がいるってことは・・・」
おばばはそう言うと、また水晶玉をのぞき込みました。
「この子は天空の民なんだね。星空の衣を着ているから分かるよ。ふーん、将来はかなりの大物になりそうだねぇ」
「占いで分かるんですか?」
とフルートが聞きました。
「ああ。あんたたちの目には見えないだろうけど、この子には、大魔法使いの印がはっきり見えているからね。ただ、その『力』が魔王に奪われているとなると、これはかなり危険だね」
そう言っておばばは眉をひそめました。
「ポポロの魔法は、一日に2回までしか使えないんです」
とフルートは言いました。
「ただ、その威力は、確かにものすごいです。空飛ぶドラゴンだって、一瞬で凍らせてしまうことができます」
「用心することだね」
おばばはそう言うと、フルートの手を離しました。
水晶玉の中がゆらめいて、ポポロの姿が消えました。
とたんに、フルートは何とも言えない不安な気持ちになりました。
ポチは、おばばの手に自分の前足を乗せて占ってもらいました。
水晶玉に映ったのは、もちろん、ポポロの飼い犬のルルです。
ルルも、黒い石の台の上にぐったりと横たわって動きませんでした。
「どうやら、みんな同じ部屋に集められているようだね」
とおばばが言いました。
「魔法で守られている部屋だから、寒さは関係ないらしい。魔王は別の部屋にいるようだね。魔王の存在は感じないよ」
「ウー・・・絶対に魔王を倒して、ルルたちを助け出します!」
ポチが低い声で唸りながらそう言いました。
「さて、待たせたね。次はいよいよあんたの姉さんの番だよ」
占いおばばがそう言って、最後にロキの手を取りました。
水晶玉の中にもやもやと影が映り始めます。
ところが、それは映像にはならずに、黒い渦巻きのようにぐるぐると回り始め・・・
ビシビシッ・・・パキーーーーン!!!
突然鋭い音を立てて、水晶玉が破裂してしまいました。
「うわっ!?」
「ひゃあ!!」
子どもたちはびっくりして悲鳴を上げました。
「水晶玉が・・・あたしの水晶玉が・・・・・・」
おばばは茫然と立ちつくしました。
そのとき、そりのすぐ後ろから、うおーっ!! というウィスルの怒鳴り声が上がりました。
振り返ったフルートたちは、思わず息をのみました。
いつの間に来ていたのか、ライオンのような体にワシのような頭の巨大な怪物が、おばばの大トナカイに襲いかかろうとしていたのです。
うおーっ! うおーっ! とウィスルが吠えるように怒鳴りながら、そばにあった棍棒で怪物に殴りかかっていきます。
それで初めて、子どもたちはウィスルがことばを話せないことに気がつきました。
怪物が大きな前足で、どすんとウィスルを押さえ込みました。
ウィスルは見るからに力の強そうな大男ですが、いくらもがいても、怪物から逃れることができません。
「危ねぇ!!」
ゼンが叫んでエルフの矢を怪物に撃ちました。
今にもウィスルを突き殺そうとしていた怪物は、頭を巡らすと、今度はゼンに向かって襲いかかってきました。
「逃げろ!!」
フルートは怒鳴りながらそりから飛び出すと、ダイヤモンドの盾で怪物のくちばしの一撃を受け止めました。
とたんに、フルートの体が後ろに吹っ飛んで、そりに激しくぶつかりました。魔法の鎧を着ていなければ、大怪我をしたところです。
ゼンはそりの上に立ち上がると、怪物に向かって矢を撃ち続けました。狙ったものは絶対に外さない、魔法の矢です。
ところが、怪物が黒い翼をばさりと打ち合わせると、どっと風が起こって、矢が吹き飛ばされてしまいました。
「あっ、くそっ・・・!」
ゼンは歯ぎしりをすると、弓を手放して、腰からショートソードを抜きました。
雪の上に立ち上がったフルートは、炎の剣を抜きながら言いました。
「ポチ! みんなを安全なところに避難させるんだ!」
「ワンワン! 分かりました!」
ポチは風の犬に変身すると、おばばとロキとウィスルを次々に背中に乗せて、怪物から離れた丘の陰へ運びました。
おばばの大トナカイが、自分でそりの引き具をふりほどいて、全速力で逃げていきます。
そりにつながれていなかったグーリーは、とっくにどこかに逃げていました。
それを見届けると、ポチはフルートのところに飛んで戻りました。
「フルート! 乗ってください!」
フルートがポチの背に飛び乗ると、ポチは怪物の頭上に飛び上がりました。
「ギャーオーオーン!」
怪物がつんざくような声を上げて、翼を激しく打ち合わせました。
強い風が巻き起こり、ポチの行く手をはばみます。
「フルート! つかまっていてください!」
ポチはそう叫ぶと、一度大きく怪物から離れ、ぐーんとUターンして、怪物に向き直りました。
「行きます!!」
そう言うなり、ポチはものすごい勢いで怪物めがけて突進していきました。怪物の翼が起こす強風の中を、錐もみしながら突き進んでいきます。
フルートは歯を食いしばりながらポチにしがみつき、怪物のわきを通り抜けざまに、炎の剣をふるいました。
「やぁーーーっ!」
「ギエエェエーーーン・・・!!!」
すさまじい鳴き声とともに怪物の黒い羽根が散り、ぼっと火を吹いて燃え出しました。剣は怪物の翼をかすったのです。
その隙に、ゼンもそりから飛び上がって怪物に切りつけました。
「でぇぇーいっっ!!!」
ばっと赤い血がほとばしり、白い雪の上に飛び散ります。
怪物はまた悲鳴を上げると、翼を打ち合わせて空に飛び上がりました。
そのまま、まっすぐ北を目ざして逃げ出します。
「あっ、待て!」
フルートはポチと一緒にあわてて後を追いましたが、怪物が振り返りざま翼の風を送ってきたので、それをやり過ごしているうちに、怪物に逃げられてしまいました。
フルートはゼンのそばに飛び降りると、北にそびえる山々を見上げました。
「あいつ、やっぱりサイカ山脈に飛んでいったね」
「ああ。魔王の元に戻ったんだな。くそっ。次にあいつにあったら、今度こそ行き先を突き止めてやる!」
ゼンはそう言って、悔しそうに自分の膝を叩きました。
フルートは山脈を見上げたまま、きりっと唇をかむと、誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやきました。
「きっと助ける・・・きっと助けるからね・・・・・・」
雪と氷に覆われたサイカ山脈は、冷たいガラスの山のように、白く光り続けていました。
(2004年8月3日)
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