「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

12.光と闇の戦い

「今から3ヶ月前のことさ」
占いおばばが、そりの中で子どもたちに話し始めました。
「あたしが占いで使う水晶の中に、不思議なものが現れた。暗い闇の中で金と銀と小さな星の3つの光が、黒い大きな光と戦っているんだ。3つの光は黒い光に今にも押しつぶされそうになっていた。ところが、突然闇の中に裂け目ができたかと思うと、外からまぶしいパワーが流れ込んでくるのが見えた。3つの光はたちまち力を取り戻して、黒い光を倒したのさ」

それを聞いて、フルートやゼンは目を丸くしました。
「それって・・・」
「俺たちが闇の中で魔王と戦ったときの話か?」
占いおばばはうなずきました。
「そう。金の光は金の石の勇者フルート、銀の光はゼン、小さな星の光はポチ、そして、黒い大きな光は魔王だったのさ。あんたたちは、外にいる味方から大きなパワーをもらって、見事魔王を倒した。それで何もかもが無事解決したように見えた。だがね・・・」
占いおばばは灰色の瞳で、じっとフルートたちを見ました。
「魔王が消滅する瞬間、ヤツの力の元だった黒い光が、ヤツから離れていくのが、水晶の中にははっきり見えていたのさ。邪悪で底なしに暗い光だ。その光は世界中をさまよって、何かを探し回っていた。そして、ついに新しい主を見つけて、そいつにとりついたのさ。つい1週間ほど前のことさね」
フルートとゼンは思わず顔を見合わせ、あわてておばばに尋ねました。
「それって、つまり、魔王が復活したってこと!?」
「邪悪な光が新しい体にとりついて、新しい魔王が誕生したってことかよ!?」
「まあ、そういうことになるねぇ」
占いおばばは静かに答えました。

フルートたちは思わず、また顔を見合わせました。
闇の中で、魔王はフルートたちの光の武器で深手を負って、本来の姿に戻りました。他人を信じようとしない、年とった小さなゴブリンが、その正体でした。
「あいつはデビルドラゴンの血を飲んで魔王になった、って言っていたけど・・・」
とフルートが言うと、おばばは、ふーむ、と唸りました。
「デビルドラゴンは、人間がまだこの世に現れなかった大昔に、この世界を光と闇の2つに分けた張本人だよ。聞いたことはあるかい?」
フルートたちは首を横に振りました。
「エルフの古い言い伝えさ。後からこの世に現れた人間やドワーフは知らないんだね。あたしたちトジー族は、エルフの血を引いているから、小さい頃から聞かされているんだが。ロキ、あんたもトジー族だから知ってるだろ。フルートたちに教えておやり」
おばばに急に指名されて、ロキは目を丸くしましたが、一生懸命思い出す顔になると、話を始めました。

「大昔、まだ世界がひとつながりだった頃、世界にはエルフ族と動物たちしか住んでいなかった。最初、世界には争いも戦いもなかったけれど、何千年も過ぎるうちに、水の底に泥がたまるように世界中の邪悪な想いが寄り集まって、1匹の邪悪な生き物が誕生した。真っ黒い蛇のような魔法の生き物で、デビルドラゴンと呼ばれるようになった。デビルドラゴンは、エルフ族の中に疑いの心を植え付けて、戦争を起こした。たくさんのエルフが死んで、世界は魔法で引き裂かれ、生き残ったエルフ族は散り散りになってしまった。北の大地に逃れたエルフ族は、やがて、雪と氷の大地での暮らしに慣れて、トジー族になっていった・・・って、この話のことかい?」
「そう。エルフ族は北の大地だけでなく、世界中のあちこちに散っていったのさ。海に行ったエルフは、今の海の民の先祖になった。空の上に国を作って移り住んだエルフもいる。今の天空の民の先祖さ。人間が住むようになった世界で、ひっそりと隠者のように暮らしているエルフたちもいるよ」
占いおばばの話を聞くうちに、フルートたちは、海王やメール、ポポロや天空王、白い石の丘のエルフたちを思い出しました。そういえば、みんな耳の先がとがっていて、肌の色が抜けるように白くて、どこか似たような顔立ちをしていました。みんな、先祖が同じエルフ族だったからなのでしょう。


少し離れた雪の上で、大男のウィスルがせっせと料理を続けていました。
時々ふたを取って鍋の中の様子をのぞくと、ふわーっと湯気がわき上がり、ぐつぐつと料理が煮えるおいしそうな音が聞こえてきます。
でも、フルートもゼンもポチもロキも、そんなものは全然目に入りませんでした。魔王とデビルドラゴンの関係を知ろうと、おばばの話に一生懸命耳を傾けていたからです。

「空の上に移り住んだのは、エルフ族の中でも特に心正しく、魔力も強い者たちだった」
とおばばは話し続けました。
「ところが、デビルドラゴンは、その天空の国の中に潜んでいたのさ。知らず知らずのうちに、天空の民の中で対立が起こっていった。光、つまり正義を理想にする者たちと、闇、つまり悪を理想とする者たちの戦いが、天の上で起こった。長い長い戦いの末、光の者たちが勝って、闇の一族は天空の国から追い出され、地底深く逃れて国を作り、そこから他の世界に手を伸ばすようになってきた。自分たちと同じ悪の心を持つ人間や生き物たちを集めて、力を増やして、再びこの地上に出てくるためにね。天空の民をはじめとする、光の一族は、それに対抗して正義の力で人間たちを守ってきた。時には、人間に直接力を貸すこともあった。フルートの金の石のようにね。金の石をくれた泉の長老は、闇の一族と直接戦った、いにしえの光の民の生き残りなんだよ」

そう言われてフルートは思わず自分の胸に手を当て、小さな声で言いました。
「でも、金の石は盗られてしまいました・・・」
「そう。光は闇の力に勝る。闇の勢力の者たちにとって、光の石は邪魔な存在なんだよ」
おばばはそう言ってから、そっとフルートの頭をなでてくれました。
「だが、そう悲観することもないさね。あんたたちにはまだ、守りの光が見えている。あんたたちに味方してくれる光の一族がいるんだろう?」
「白い石の丘のエルフが助けてくれました。それに、ぼくには心強い仲間たちもいます。ゼンと、ポチと・・・それから、ここにいるロキも」
「おいらも!?」
ロキが目をまん丸にして声を上げました。まさか、自分まで仲間と言ってもらえるとは思わなかったからです。
「だ、だって、おいら、なんの力もないぜ。剣も矢も使えないから怪物とだって戦えないし、魔法の道具だって持ってないし・・・」
「でも、ぼくたちを道案内してくれている。ロキがいなかったら、ぼくたちは今頃、どうやって進んでいいのか分からなくて、途方に暮れていたよ」
とフルートが言うと、ゼンもうんうん、とうなずきました。
「こうやって、暖かい服も手に入れてくれたしな。お前、ちっこい割には頼りになるヤツだぜ、ホント」
「ちっこい、って・・・ドワーフのゼンに言われたくないなぁ。おいら、ゼンと同じくらいの身長があるよ」
ロキがそう言って口をとがらせましたが、その言い方がとても子どもっぽかったので、一同はどっと笑い声を上げました。


「さて、いよいよ肝心のデビルドラゴンの話だけどね」
笑いがおさまると、おばばがまた話を続けました。
「光と闇の戦いの後、そいつは世界の果てに幽閉されることになった。闇の一族でさえ、こいつを解放しようとは考えなかった。そいつは悪そのものの化身だからね。こいつに住みつかれたら、闇の国の中にだって内乱が起きて、お互いに殺し合って全滅してしまうんだ。いくら闇の一族だって、そんな目にはあいたくないからね」
「でも、実際にゴブリンがデビルドラゴンの血を飲んで、魔王になりました」
とフルートが言いました。
「いいや。デビルドラゴンは、今でもまだ、世界の果てに閉じこめられているよ」
とおばばは言いました。
「もしも、そいつを解放したり、そいつのところに誰かが行ったりしたら、世界中の占い師たちがそれを感じ取るだろうさ。ヤツはまだ、世界の果てから出られないでいる。でも・・・光と闇の戦いからまた数千年がたっている。ヤツが少しずつ力を回復して、世界の果てから自分のパワーの一部を送り込んでいる・・・とは、考えられるのさ」
「じゃ、ゴブリンが飲んだのは、デビルドラゴンのパワーってことになるのか?」
とゼンが尋ねました。
「まあ、飲んだ、というか、とりつかれたんだろうねぇ。デビルドラゴンに。ゴブリンは闇の一族の仲間だからね。つけこまれる心の隙がたくさんあったんだろうさ」


「・・・・・・」
フルートとゼンとポチとロキは、それぞれに考え込んでしまいました。
おばばに聞いて確かめたいことはたくさんあります。たくさんありすぎて、どこから話していいのかわかなくなってしまったのです。

やがて、つぶやくように口を開いたのは、フルートでした。
「それじゃ、今度デビルドラゴンにとりつかれて、新しい魔王になったのは、誰なんだろう・・・」
それを聞いて、占いおばばは小さな肩をすくめて見せました。
「あたしも、それを知りたいのさ。新しい魔王は、どこからか強力な力を手に入れて、その力を使って北の大地の雪と氷を溶かしたり、海を狂わせようとしたりしている。でも、いくら占っても、ヤツが作る結界が強すぎて、水晶では何も見えないのさ。分かるのは、ヤツが今、あのサイカ山脈に潜んでいて、着々と世界に力を及ぼそうとしているってことだけだ・・・」
そう言って、おばばは悔しそうな顔で北にそびえる山々を見ました。

「魔王が手に入れている新しい力って、メールたちの力かもな・・・」
とゼンが言いました。
「うん、ぼくもそれを考えてた」
とフルートがうなずきました。
「今回の出来事、なんだか本当に、あのゴブリン魔王のやり方に似てる気がしてしょうがなかったんだ。魔王がデビルドラゴンに操られているのだとしたら、やり方が似ているのも当然だ。きっと、新しい魔王はメールやポポロたちの持つ力を取り込んで、それを使っているんだ。ポポロは強力な魔法使いだし、メールは花使いだし」
「ワン。ルルは風の犬に変身できる力があります」
とポチが言いました。
「ロキのお姉さんは? なにか特別な力を持っていたんじゃないかい?」
とフルートがロキに尋ねると、ロキは目をぱちくりさせてから、ぼそぼそと小さな声で答えました。
「姉貴は・・・透視の力を持ってる・・・。まだ若いから見習いだったけど、村の占い師より、本当は姉貴の占いの方がよく当たったんだ・・・」
「透視か。それで、ぼくたちが北の大地に来ることも、サイカ山脈を目ざすことも分かって、いろいろ邪魔をしてきたんだな」
とフルートは言いました。敵が強力な透視力も持っているとなると、油断はなりません。今こうして、占いおばばから話を聞いていることさえ、新しい魔王にはお見通しなのかも知れないからです。

けれども、それを話すと、占いおばばは、ほほほ、と笑いました。
「そりの後ろをごらんよ、金の石の勇者。静寂のランプに火がともっているだろう? これをつけていれば、魔王だって、そりの中での話は聞くことができないのさ。あたしたちの姿も見えないしね。ま、見えないなら見えないで、向こうもいろいろ疑っているだろうけどね。とりあえず、今は手出しできないだろうさ」

それから、おばばは明るい声で言いました。
「さあ、豆が煮えたようだよ。ウィスルの豆シチューは北の大地一おいしいんだ。これを食べ逃したら、一生後悔するよ。話の続きは後にして、まずは腹ごしらえといこうじゃないか」
とたんに、子どもたちのお腹がぐーっと鳴りました。
そう言えば、今日はみんな朝から何も食べていませんでした。
大男のウィスルが、ほかほかと湯気を立てるシチューの器を運んできてくれました。何とも言えない良い匂いがします。
「いっただきまーーーす!!!」
子どもたちは声を合わると、スプーンを握って、シチューを食べ始めました。






(2004年7月31日)



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