10.占いおばば
温泉で体と髪をきれいに洗ったゼンは、泥炭の火で体を乾かし、ロキが手に入れてきた毛皮の服を着込んでご機嫌になりました。
「あったけぇー! これでもう吹雪も氷も平気だぞ!」
フルートも、毛皮のマントをはおりました。魔法の鎧を着ているので寒くはないのですが、昨夜のようなことがあったとき、ポチをマントの中に守ってあげられると考えたのでした。
「そのマント、風が強いときには前をしめられるようになってるよ」
とロキが説明してくれました。
そのとき、突然ポチが身構えて、雪原に向かってウーッとうなり始めました。
「敵か!?」
フルートとゼンがすばやく剣や弓矢を構えると、ポチが何もない空間に向かって吠え始めました。
「ワンワンワン・・・そこにいるのは誰だ!?」
「ほほほ。見破られたかい。鋭いねぇ」
そんな声がして、フルートたちの目の前に1台のそりが現れました。グーリーと同じキタオオトナカイが引いているそりです。
座席には、毛皮の服を着込んだ小さな老婆と大男の2人が乗っていました。2人ともウサギのような耳をしたトジー族です。老婆は手に古ぼけたランプを持っていました。
「これはね、火をつけると半径2メートルの音や気配を消すことができる、静寂のランプってアイテムさ。姿も消せるから、これを使っていれば、雪原で一番臆病な白リスにだって近づけるんだけどね。やっぱり、勇者と旅している犬はただ者じゃないねぇ」
そう言って、老婆は、よっこいしょ、とそりから降りてきました。とても小柄で、ドワーフのゼンの半分くらいしか背丈がありません。
「あんた、誰だ!?」
ロキが尋ねました。
老婆はまた、ほほほ、と笑いました。
「あたしかい? あたしはね、ダイトの町の占いおばばだよ。金の石の勇者たちが北の大地に渡ってきたと占いに出たんで、一目見たくてはるばるそりを走らせてきたのさ」
「ダイトの!?」
ロキがびっくりした声を上げたので、フルートが聞きました。
「ダイトって、どこにあるんだい?」
「ここからそりを丸3日走らせたところさ。北の大地で一番大きな町だよ。そこの町の占い師ってことは、すごく偉いってことなんだけど・・・」
ロキはうさんくさそうに、じろじろと老婆を見ました。
「占い師は自分の町や村を離れちゃいけない決まりになっているだろ。占い師がいない間に猛吹雪になったり獣や怪物が襲ってきたら大変だから。あんた、本物なのかい?」
「ほっほ。うたぐりぶかいこと。でも、その用心は北の大地では大事だよねぇ。油断したら、あっという間に凍え死ぬか、雪オオカミの餌になっちまうんだから。ダイトはね、北の大地一の大きな都さ。占い師だって、あたしひとりじゃない。ちょいと抜け出して小旅行を楽しむくらいは、平気なんだよ」
そして、占いおばばは、フルートをじろじろと見回しました。
「ふーん、あんたが金の石の勇者かい。・・・なるほどねぇ、見た目はホントにただの子どもなんだねぇ」
「占いにぼくたちのことが出たんですか? ぼくたちが北の大地の雪や氷を溶かしている、とは出なかったんですか?」
とフルートは尋ねました。おばばが全然フルートたちに用心しないのが不思議だったのです。
占いおばばは、ふふん、と鼻で笑いました。
「ダイトの占い師をバカにするんじゃないよ。あんな偽のお告げに引っかかるのは、二流三流の占い師さ。あんたたちは光の子どもたちだ。そんなことするわけないじゃないか」
そういわれて、フルートとゼンとポチは突然、涙が出るくらい嬉しい気持ちになりました。
たとえ誤解でも、自分たちが悪いことをしているとトジー族から思われているのは、とてもつらかったからです。
「さてと、あんたたちと話したいことは山ほどあるんだけどねぇ」
占いおばばはそう言いながら、すぐそばに倒れている雪クジラの死体をあごで示しました。
「それ、その獲物の血のにおいをかぎつけて、雪オオカミの大群がこっちに向かってやってくるところだよ。ざっと100頭。とてもじゃないけど、戦っていたらきりがないだろうねぇ。見たところ、勇者は肝心の金の石も盗られてしまっているみたいだし」
フルートは、はっと胸を突かれた思いがして、思わず唇を噛みました。確かに、金の石の守りがないと、戦いはとても不利になります。
「あたしのそりにお乗り。もっと落ち着いて話せる場所に移動することにしよう」
おばばがそう言ったので、フルートたちはそりに乗り込みました。でも、ロキだけは最後まで用心していて、そりには乗ろうとしませんでした。
「おいらはグーリーに乗ってついて行くよ。・・・兄ちゃんたち。悪いけどおいら、兄ちゃんたちに何かあったら、すぐに自分だけで逃げるからね」
それを聞いて、占いおばばは面白そうに声を上げて笑いました。
「ほっほっほ。あたしが何をするって言うんだい。ま、好きにおし。あたしのトナカイは速いからね。おいて行かれるんじゃないよ」
とたんに、そりが走り始めました。本当に空を飛ぶようなスピードです。フルートのマントが、引きちぎられそうなくらい勢いよくはためきました。
「ひゃっほう!」
ゼンのご機嫌な声と一緒に、そりはどんどん雪原を走っていきました・・・。
(2004年7月15日)
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