「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

9.雪クジラ

吹雪がやみました。
冷え切った空気が、ぴーんと音を立てそうなほど張りつめています。

「兄ちゃーん! 兄ちゃんたちー・・・!!」
キタオオトナカイのグーリーに乗ったロキが、青ざめた顔で呼んでいました。
一面見渡す限りの銀世界。凍りついた雪に日の光が反射して、きらきらと輝いています。
昨日テントを張った場所は、雪に埋もれて、どこだかさっぱり見当がつきません。
「兄ちゃーーん、どこだよーーー・・・!」
ロキは半べそをかきながら呼び続けていました。

すると、小高い丘の上の雪の中から、突然火柱が吹き上がりました。
 ドウッ!!
とどろきを上げて雪が吹っ飛び、白い水蒸気が空に上ります。
その跡から立ち上がったのは、フルートでした。胸の中にはしっかりとポチを抱きしめています。
「ふう・・・なんとか助かったな」
フルートはそうつぶやくと、ポチを見下ろしました。
「大丈夫だったかい?」
「ワンワン。おかげさまで。それに、ぼくは風の犬に変身して元に戻ったとき、冬毛に生え替わったみたいなんです。寒くても平気になってきました」
とポチが答えました。
「それはよかった」
フルートは、ほっとしたように笑いました。

「フルート兄ちゃん!!」
ロキがフルートを見つけて、歓声を上げて駆け寄ってきました。
「大丈夫かい、兄ちゃん? 雪に穴を掘って隠れていたの? 吹雪のやり過ごし方をよく知っていたね・・・」
「いや。ただじっとしていたら、雪に埋まっちゃっただけだよ」
とフルートは答えました。
「でも、ぼくは魔法の鎧を着ているからね。暑さや寒さからは守られているんだよ」
「ワン。ぼくはフルートに抱いてもらっていたから平気でした」
とポチも言いました。

「ふえぇ・・・」
ロキは感心して目をぱちくりさせていましたが、ふと気がついて、言いました。
「あれ? ゼン兄ちゃんはどこ?」
とたんに、フルートとポチは顔つきを変えました。
「さらわれたんだ・・・例の怪物に」
フルートはそう言うと、悔しそうに唇をかみました。
シュン、とポチが風の犬に変身しました。
「追いかけましょう。ゼンも早く助けなくちゃ!」
そこで、フルートはロキと一緒にグーリーの背中に乗って、ゼンが連れ去られた方角へ走り始めました。


すると、1キロも行かないうちに、ポチが雪の上に何かを見つけました。
「ワンワン・・・黒い大きな羽根が何枚も落ちています。きっと、あの怪物の羽根ですよ!」
フルートは雪の上に飛び降りると、羽根を手に拾い上げました。
羽根は長さ50センチ以上もあって、中には、途中からすっぱりと切れているものもありました。
「剣で切った跡だ・・・ゼンがショートソードで切りつけたのかな」
フルートが首をひねっていると、ポチが突然空から舞い降りてきて小犬の姿に戻り、雪原の中の一カ所を猛烈な勢いで掘り始めました。
「ワンワン! 匂いがします! ゼンの匂いですよ!!」
「えっ!?」
フルートとロキは顔色を変えると、大あわてで一緒に雪を掘り始めました。
ゼンはフルートと違って寒さを防ぐものは何も着ていません。雪の中に埋まってしまったら、それこそ、すぐに凍死してしまいます。
やがて、雪の中から出てきたのは、ゼンの弓と矢筒でした。
ゼンはいません。ポチは弓矢に移ったゼンの匂いをかぎつけたのでした。
「ゼン・・・」
フルートは心配そうにあたりを見回しました。
ゼンが命の次に大切にしているエルフの弓矢が、雪の中に投げ出してあったというのは、良くない知らせのような気がしました。

 ブホーン・・・!
突然、グーリーが鳴き声を上げて、足下の雪をガツガツと蹴り始めました。
「どうした、グーリー?」
ロキが飛んでいって、あっと声を上げました。
白い雪の上に、真っ赤な血が飛び散っていました。
「グーリーが怪我をしたのか?」
フルートが尋ねると、ロキは首を振りました。
「いいや、グーリーはどこも何ともないよ。まさか、この血・・・・・・」
そう言いかけたきり、ロキは黙り込んでしまいました。
とても怖い想像が頭に浮かんでしまったからです。

すると、10メートルくらい先を行っていたポチが、ワンワンとフルートたちを呼びました。
「ここにも血があります! ・・・あっ、あっちにも!」
雪の上に赤い血が点々とこぼれていました。
血の跡はは雪の丘の向こう側までずっと続いています。
フルートとロキはものも言わずにグーリーに飛び乗ると、血の跡を追って走り出しました。ポチはまた風の犬になって、一足先に丘の向こうに飛んでいきました。
そのとたん――
「うわっ! なんだこれ!?」
ポチの叫び声が聞こえました。
フルートとロキは顔を見合わせると、グーリーを急がせて、丘の向こうに駆けつけました。


そこにいたのは、大きな大きな・・・とても大きな、動物でした。
小山のように大きくて丸い体には、白い長い毛がびっしり生えています。ちょうど、毛が生えたクジラそっくりの姿です。
寝ているようで、目をつぶって、雪の上にじっとしていました。
「これが・・・雪クジラかい?」
フルートはびっくりしながらロキに尋ねました。
ロキは真っ青な顔で、こくこくとうなずきました。
「に、逃げよう。雪クジラって、肉食なんだぜ。目を覚ましておいらたちに気がついたら、あっという間に襲われて食われちゃうよ」

そう言っている間に、雪クジラが目を開けました。
赤い目がぎろっと動いてロキを見たと思うと、次の瞬間、口が開いて長い舌が飛び出してきました。
「わーーーっ!!!」
ロキは雪クジラの舌でぐるぐる巻きにされて悲鳴を上げました。まるで、カエルかカメレオンが虫を捕まえたときのようです。
「でぇいっ!」
フルートは炎の剣で雪クジラの舌を断ち切りました。
 グエェーーーン!!
雪クジラが悲鳴を上げました。
「あち、あち、あち・・・!」
剣で切られた舌が燃えだしたので、ロキは大あわてで舌を振り払って逃げました。
雪クジラの本体は、さすがに大きいので、これくらいのことでは燃えたりしません。舌を切られた痛みに怒り狂って、フルートに向かって突進してきました。
雪クジラには短い4本足があって、意外にもすばやいのです。
「フルート!」
風の犬のポチが前に飛んできたので、フルートはその背中に飛び乗りました。
フルートが立っていた場所を、雪クジラがトレーラーのような勢いで走り抜けていきました。

「フルート、あれ!」
ポチが雪の上を見て叫びました。
雪クジラの通った跡に、点々と赤い血が落ちています。
「こいつの血だったのか・・・」
フルートはつぶやきました。
ゼンの血でなかったことが分かって、少しだけほっとした気持ちになりました。

すると、まったく突然、フルートたちの目の前で雪クジラが苦しみだしたのです。
大きな体が雪の上をのたうち回り、雪をかき蹴散らし、転げ回り・・・やがて、大きな腹を上にして、そのまま動かなくなってしまいました。
「ど、どうしたんだ・・・?」
フルートたちは目を丸くしてそばに近寄りました。
雪クジラは完全に死んでしまっています。

と。なじみのある声が聞こえてきました。
「ちっきしょう。思いっきり暴れやがって。危なく船酔いするところだったじゃねぇか・・・」
声は雪クジラの腹の中から聞こえていました。
「ゼン!!」
フルートたちはいっせいに叫びました。
すると、クジラの横腹から急に剣の先が飛び出してきて、腹の毛皮をぐいぐいと切り裂き始めました。
長さ1メートルほど切ったところで、剣先は引っ込み、代わりにその隙間から、ゼンがはい出してきました。体中、雪クジラの血と脂でべとべとに汚れていますが、元気です。
「よう、おはよう。俺を探しに来てくれたのか?」
ゼンはそう言うと、明るく笑いました。
「ゼン・・・!」
フルートは思わずゼンを抱きしめてしまいました。そのくらい、ゼンの無事な姿が嬉しかったのです。
ポチも大喜びで、風の犬の姿のままゼンにまとわりつき、ワンワンと鳴きました。

「ゼン兄ちゃん・・・雪クジラに食べられてたの? それで無事だったのかい?」
ロキがびっくりした顔で近づいて来ました。
ゼンはにやりと笑って見せました。
「まさか。いくら俺でも、食われたら消化されちまわぁ。・・・空飛ぶ怪物に剣で切りつけたらここに振り落とされたんだが、とにかく寒くてな。このままじゃ凍え死ぬと思っていたところに、この雪クジラが現れたから、脇腹を切って毛皮の下に隠れていたんだ。雪クジラって、皮下脂肪が厚さ2メートル以上もあるんだぜ。そこに切れ目を入れてもぐり込んで、寒さをしのいでいたのさ」
「ええっ。生きた雪クジラの体の中に隠れていたのかい?」
ロキはまた、びっくりするやら驚くやら。
すると、ゼンはまた自信たっぷりに笑って見せました。
「あのな、ロキ・・・北の大地の人間だけが、雪や寒さに詳しいわけじゃないんだぜ。俺が住んでいる北の峰だって、冬には相当な寒さになるんだ。俺たちは、冬の山の中だって狩りをして歩くからな。それなりに知恵ってのは持っているのさ」
「ふえぇ・・・」
ロキは目を白黒させて感心するばかりでした。

ゼンは目の前に倒れて死んでいる雪クジラを、満足そうに眺めました。
「親父やじいちゃんたちがしとめた雪クジラより、こっちの方がでかいな。・・・持って帰ってみんなに見せられないのが残念だ」
「体の中に隠れていて、どうやって倒したんだい?」
とフルートが聞きました。
「なぁに。俺が隠れた場所のすぐ近くに心臓があったんだ。こいつがフルートたちと戦っている音が聞こえたから、ショートソードで2,3回突いたら、簡単に死んだのさ」
とゼンが笑いました。
「さすがだね。おかげで助かったよ」
フルートはそう言うと、グーリーの背中に積んであったエルフの弓矢を示して見せました。
「君の弓矢は雪の中から掘り出しておいたよ」
「おっ、ありがとよ。怪物から振り落とされるときに落としちまったから、探しに戻らなくちゃいけないと思っていたんだ」
ゼンは喜んで弓矢を取り、矢筒を背負おうとして、突然派手なくしゃみをしました。
「でぇっくしょい!!!」
ゼンは夏服。そのうえ、服や体についた雪クジラの血が、寒さで凍り始めていました。

「あっ。おいら、村で暖かい服を手に入れてきたよ」
とロキがあわてて言いました。
「雪オオカミがいい値で売れたから、毛皮のマントも買えたんだ。・・・だけど、そのままじゃ、とても着られそうにないね」
ゼンは、雪クジラの血と脂で、頭の先からつま先までべとべとになっています。
う〜ん、とゼンは考え込みました。
「体を洗うって言っても、川は凍ってるし、風呂もないしなぁ・・・」
「いい方法があるよ」
フルートはそう言うと、炎の剣を抜いて、足下の雪に突き立てました。
炎の剣は突き刺したり切ったりしたものを燃やす、魔法の剣です。けれども、雪は燃えないので、代わりに剣の周りからどんどん溶けて水になり始めました。雪原の真ん中に水たまりができていきます。やがて、その水がほかほかと湯気を立て始め・・・

「温泉だぁ!」
ゼンとポチは声を上げました。
凍りついた雪野原の中に、暖かなお湯の池ができあがっていました。
「ひゃっほう! こりゃありがたいぜ!」
ゼンはたちまち服を脱ぎ捨てると、お湯の中に飛び込みました。
「いい湯加減だぜ。最高だ!」
ゼンはすっかり上機嫌でした。
「兄ちゃんたちって・・・なんか、ホントにすごいや・・・」
ロキはすっかり感心して、そうつぶやきました。

雪原の上は青空。
行く手には、サイカ山脈が白くくっきりとそびえ立っていました。



(2004年7月9日)



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