「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

7.雪原

北へ北へと進むうち、空がだんだん灰色になり、ひらり、ひらりと白いものが落ちてくるようになりました。
「雪だ! 雪が降ってきた!」
ロキが歓声を上げました。
キタオオトナカイのグーリーも、嬉しそうにブルルルと鼻を鳴らして頭を振っています。北の大地に生きるものたちには、雪や氷はなくてはならないのです。
そのうちに、地面はどんどん雪でおおわれて、黒い岩が見えなくなり・・・
気がつくと、あたりは一面真っ白な雪野原になっていました。

空からは、後から後から雪が降り続けています。
「これが北の大地の本当の姿なのかぁ」
フルートが感心したように言うと、ロキがくすくすと笑いました。
「まだまだ、こんなの序の口さ。これっぽっちの雪に驚いているようじゃ、きっとそのうち、兄ちゃんたちはびっくり仰天するよ」
「ぶぇっくしょん!!」
突然、ゼンが大きなくしゃみをしました。
ゼンたちの大陸は真夏だったので、ゼンは布の服の上に胸当てをつけただけの格好です。雪の中では寒くてしかたありません。
くしゅっ、とポチもくしゃみをしました。薄い夏毛の体に冷たい風が応えたのです。
「早く服を手に入れなくちゃね」
とフルートが言いました。フルートだけは魔法の鎧のおかげで寒さは平気なのですが、仲間たちのことを思うと、気が気ではありませんでした。

「兄ちゃんたちはとりあえずグーリーの毛の中に潜っていなよ。雪が降り出したから、きっとこの辺に村があるはずなんだ・・・」
そう言いながら、ロキは自分の荷物から防寒着を引っ張り出して着込みました。フードのついた分厚い毛皮のコートと毛皮のズボンで、それを着ると、ちょうどエスキモーのような格好になりました。フードにあいた二つの穴から、ウサギのような長い耳がにょっきりと外に出ています。
「耳は寒くないの?」
とフルートが聞くと、ロキはちょっと得意そうに、ぴこぴこっと耳を動かして見せました。
「平気さぁ。それに耳を出しておかなかったら、音が聞こえなくて危険なんだ」
「なるほどね」
フルートは、さっき襲ってきた雪オオカミを思い出しながらうなずきました。

雪はますます降り続きます。
ロキはグーリーの背中にまたがりながら、前方に目をこらしていました。
フルートがその後ろに座って、同じようにあたりに目を配っています。
ゼンとポチは、グーリーの長い毛の中に潜り込んで寒さをしのいでいました。大トナカイの毛皮の中は、毛布の中にいるように暖かでした。


「あった! 村だ!」
突然、ロキが伸び上がって叫びました。
指さす先に、白い小さな建物が数軒かたまっているのが、雪の中にかすんで見えます。近づいていくと、家は氷をレンガのように積み上げて作っているのが分かりました。
「氷の家だぁ・・・」
フルートがびっくりすると、ロキがまたくすくすと笑いました。
「おいらたちトジー族は、切り出した氷を積み上げて家を作るんだよ。材料ならどこにでもあるから、いつでも好きなところに移動して村を作るんだ」
「ずっと同じ場所に住むんじゃないんだ」
とフルートはまた驚きました。フルートたちにとって、町や村は、いつも同じ場所にあるものなのですが・・・。
「このへんのトジー族は大トナカイを飼っているんだ。そうでなければ、野生の動物を狩りして暮らしている。どっちにしても、雪原を移動して行かなくちゃ生活できないんだよ。ただ、おいらの住んでるガンヘン村みたいに、海辺で漁をして暮らしているトジー族は、港の近くにずっと住んでいて、あまり移動しないけどね。あのへんは、夏には雪や氷が溶けるから、その間だけはテントで生活するんだ」
「ふーん・・・」
フルートは、ただただ感心して、ロキの話を聞いていました。
住む場所が違うとこんなに生活が違うのか、と思わせられることばかりです。

「このへんではどんな獲物が捕れるんだ?」
とグーリーの毛皮の中から、ゼンが尋ねてきました。
ゼンは狩りが得意なので、そういう話題に興味があるのです。
「小さいものなら白ギツネや銀ウサギ、大物になるとさっきの雪オオカミやオオツノグマ、野生のキタオオトナカイ・・・吹雪の中には、雪クジラなんてのもいるよ。大きすぎて、まず捕まえられないけどね」
とロキが答えました。
ふーん、とゼンが言いました。
「俺、雪クジラなら、うんと小さい頃に一度見たことがあるぜ。それこそ、親父とじいちゃんがこの北の大地に狩りに来て、しとめて帰ってきたんだ。ものすごくばかでかくて、船が今にも沈みそうだったって言ってた。クルムの町に持って行って、とびきりいい値段で売れたんだ」
ゼンはそう言うと、かたわらのエルフの弓矢をそっとなでながら、つぶやきました。
「俺も、そういう大物をしとめてみたいよなぁ・・・」


そんな話をしている間に、氷でできた家の村は、すぐ目の前まで近づいていました。
ロキはフルートたちを振り返ると、言いました。
「あのさ、村には必ず占い師がいるものなんだ。兄ちゃんたちのせいで雪や氷が溶けているって、ここでも占い師が言っているかもしれない。危険だから、おいらひとりで行ってくるよ。で――」
ロキはグーリーの腰のあたりにしばりつけた4頭の雪オオカミを示して見せました。
「あいつらを運ぶのには、グーリーがいないと無理なんだ。悪いけどさ、兄ちゃんたちはここで待っててくれるかい?」
「え・・・」
フルートたちは思わず心配になりました。
あたりは雪が降りしきっています。こんなところに立っていたら、ゼンたちはたちまち凍え死んでしまいます。

すると、ロキはグーリーから飛び降りて、荷物の中から何かを下ろし始めました。
「大丈夫。ここにテントを張っていくからさ。中で火をたけば暖かくなるから、兄ちゃんたちはそこで待っていればいいよ」
そう言いながら、ロキは雪の上に丸い穴を掘り、その周りに3本の支柱を立てて、毛皮のテントを張りました。それから、テントの裾をめくって中にもぐり込むと、フルートたちに手招きをしました。
「兄ちゃんたちも、入っておいでよ」
フルートとゼンとポチが中にはいると、狭いテントの中はぎゅうぎゅう詰めになりました。

テントの床には毛皮が敷いてあって、ちょうど真ん中の雪を掘ったところにだけ、直径10センチくらいの丸い穴が開いています。ロキはその穴の中に深い皿のようなものを置いて、黒い固まりを載せ、火をつけました。
「これは泥炭っていって、燃える土なんだ。少しずつ燃えるようになってるから、これだけでも半日以上持つし、テントの中も暖かくなるよ。おいらが外に出たら、テントの裾を雪に埋めて、隙間ができないようにするんだ。外が見たいときには、そこの窓から。でも、あまり開けてばかりいると、テントの中がすぐに冷たくなるからね。なんだか吹雪になってきそうな空だから、もしかしたら、おいらは村に泊まるかもしれない。でも、心配しないで。このテントは大トナカイの毛皮で作った上等品だから、寒さにも吹雪にもびくともしないから」
てきぱきとそれだけ話すと、ロキはまたテントの外にはい出していきました。
そして、テントの裾から袋を中に押し込んでくると、言いました。
「兄ちゃんたちの晩ご飯だよ。さあ、後は裾をしっかり埋めておいてね」

フルートたちがテントの窓からのぞくと、ロキはちょっと手を振り返してから、グーリーにまたがって、まっすぐ村に入っていきました。
雪がどんどん降ってきます。少しずつ風も出てきました。
寒くなってきたので、フルートたちはテントの窓を閉めて内側から紐でしっかりしばり、テントの裾も雪にしっかり埋め込みました。


テントの中では、真ん中で泥炭がちろちろと燃えているだけですが、ロキの言うとおり、それだけでぽかぽかと暖かくなってきました。
「たいしたヤツだな、あいつ」
ゼンが感心したように言いました。
「あいつ」というのは、もちろん、ロキのことです。
うん、とフルートもうなずきました。
「いろんなことをよく知っているよね・・・両親がいないから、いろいろ覚えなくちゃいけなかったのかもしれないけどね」
「かもな。なんにしても、知恵がなかったら、北の大地でなんて生きていけないもんな。・・・おっ、晩ご飯って、これかよ」
ゼンがロキのよこした袋をのぞいて言いました。
中には干した小さな魚が4,5匹と、丸い小さなパンが2つ入っているだけでした。
「確か、エルフからもらったワインや干し果物が少し残っていたよな。よし、ちょっと待ってろ」
ゼンは自分の荷物から小さな鍋と食料を取り出すと、雪を溶かして水にして、泥炭の火の上でちょいちょいと料理を始めました。
まもなく、いい匂いがテントいっぱいに広がって、魚の煮込み料理ができあがりました。ゼンは料理が得意なのです。
「ぼくには、君もたいしたヤツに見えるよ、ゼン」
フルートは笑いながら言いました。

テントの中で、フルートたちは、暖かい夕食を取りました。
外では風がうなりを上げて吹き始めていました。ロキの言うとおり、吹雪になってきそうです。
フルートとゼンとポチは、狭いテントの中で体を寄せ合って寝ました。毛皮の上に横になると、少しも寒くなくて、とても快適でした。

「ポポロたちはどうしているだろう・・・」
フルートはふと、つぶやくように言いました。
でも、返事はありません。ゼンもポチも眠ってしまったのです。
フルートはひとりで考え続けました。
敵に捕まった女の子たちは、北の果てのサイカ山脈で、寒い思いをしていないだろうか。ひどい目に遭わされていたりしないだろうか・・・
それを思うと、今すぐにでもサイカ山脈まで駆けつけたい気持ちになるのですが、この北の大地では、そういうわけにもいきません。
フルートは唇をかむと、寝返りを打ちました。
「・・・必ず助け出すからね・・・」
そうつぶやくと、フルートは剣を握りしめて、堅く目をつぶりました。



(2004年7月1日)



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