5.ロキ
トジー族の村から少し離れた、別の丘の上で、ポチは風の犬から元の姿に戻りました。
「ちぇっ。いったいなんだって言うんだ。俺たちが何をした。いきなり襲ってきやがって」
ゼンはぷりぷり怒っていました。
「ワンワン。村人たちは敵に操られていたんでしょうか?」
とポチが言いました。
「うーん・・・」
フルートは腕組みをしました。
「よく分からないけれど、でも、操られていたっていうのとは、ちょっと違うような気がするな。まるで、ぼくたちが恐ろしい敵みたいな反応だった。でも、どうしてだろう・・・?」
フルートたちは、強力な武器や防具を身につけていますが、見た目は普通の男の子や小犬です。そんなに恐ろしそうには見えないはずなのに・・・。
すると、すぐ近くから突然、子どもの声がしました。
「そりゃ、あんたたちが大地の氷を溶かしたからさ。おいらたちから氷を奪ったら、おいらたちは生きていけないんだぞ」
フルートたちはびっくりして、声のした方を振り向きました。
見たこともない大きな生き物を連れた少年が、丘の上に上ってくるところでした。ウサギのような耳をした、トジー族の少年です。
フルートやゼンより少し年下のようでした。
「誰だ、おまえ!?」
ゼンが弓矢を構えて前に飛び出しました。
すると、少年はあわてたように両手を振って言いました。
「わわわ・・・やめろよ。こっちは無抵抗だぞ。武器も持っていないのに、撃つ気かよ。・・・おいらはロキ。今、兄ちゃんたちが立ちよったガンヘン村の男の子さ」
「ちぇっ。自分で自分を『男の子さ』なんて言うんじゃねぇや」
ゼンはうさんくさそうに、じろじろと少年を見回しました。なにしろ、ついさっき大人たちから攻撃されたばかりなので、全然信用する気になれなかったのです。
そんなゼンを抑えて、フルートが前に出ました。
「ロキ。君、今ぼくたちが大地の氷を溶かしたって言ったよね。それはどういう意味だい?」
すると、ロキは急ににやにやと笑い出しました。
「やだなぁ。隠さなくてもいいじゃないか。兄ちゃんたちがすごく強い魔法使いで、大地の雪と氷を魔法で溶かしているのは、ちゃーんと知っているんだよ」
フルートとゼンとポチは、思わず顔を見合わせてしまいました。とんでもない誤解です。
すると、その様子を見て、ロキが目を丸くしました。
「え・・・違うの・・・?」
フルートは肩をすくめました。
「全然違う。それこそ、ぼくたちもただの男の子さ。魔法使いなんかじゃないよ」
ロキは、ますます目を丸くすると、あわてたように言いました。
「で、でも、そこの犬は変身して空を飛んだじゃないか・・・。村のおばば様の占いにも出たんだぞ。大地の氷を溶かしているのは、空を飛ぶ犬を連れた2人の魔法使いだ、って。そいつらは男の子の姿をしていて、海の向こうから渡ってくる、って・・・。兄ちゃんたちのことに、間違いないじゃないか!」
フルートとゼンとポチは、また顔を見合わせてしまいました。
どうやら、これも敵のしわざのようです。
フルートたちが邪魔なので、氷を溶かしているのをフルートたちのせいにして、トジー族に殺させようとしているのに違いありません。
それを話して聞かせると、ロキは力が抜けたように、へなへなとその場に座り込んでしまいました。
「なんだよ・・・魔法使いじゃなかったのか・・・。おいら、あんたたちに助けてもらおうと思ったのに・・・」
「どういうこと?」
とフルートはたずねました。何かわけがありそうです。
すると、ロキはぼそぼそと、こんな話を聞かせてくれました。
ロキたちの住むガンヘン村は、もともとは海に面した岸辺にあって、大人たちは海で漁をしていました。ロキの両親も漁師でしたが、嵐の日に船が沈んで死んでしまい、ロキは4つ年上の姉と2人で暮らしていました。
ところが、3日前のこと、空から突然見たこともない怪物が舞い降りてきたと思うと、ロキの姉を捕まえて、そのままさらっていってしまったのです。
ロキは真っ青になって、村の大人たちに助けを求めましたが、ちょうどその頃、占い師の老婆がとんでもない予言をしていて、村は大騒ぎになっていました。海の向こうから2人の魔法使いが渡ってきて、北の大地の雪と氷を溶かしてしまう、というのです。
それを証明するように、北の大地の気温が上がり始めました。雪や氷が溶け始め、トジー族の人たちは生まれて初めて「雨」を見ました。
翌日には気温がますます上がり、これまでトジー族の人々が体験したことがないほどの暑さがやってきて、大地の雪と氷が一気に溶け出しました。大地のあちこちに大きな川ができ、動物たちは暑さに耐えかねて北へ北へと逃げ出しました。海の水も急に増え、村はたちまち海の底に沈んでしまいました。
大人たちは丘の上に避難したり、流された船を探したりするのに大騒ぎで、誰もロキの姉のことなど気にかけてもくれません。とうとう、ロキは自分で姉を助けに行く決心をしました。
でも、ロキには何も力がありません。弓矢も剣も習ったことがないので、戦うことさえできません。旅の仲間を捜していたところに、村にフルートたちがやってきたので、ロキは一緒に怪物退治を手伝ってもらおうと思いついたのでした。
「だって、この大地の氷を全部溶かせるくらい強力な魔法使いだって言うからさ、きっと、怪物も倒せるだろうと思ったんだ。だけど・・・ちぇっ・・・兄ちゃんたちも、ただの子どもだったのか」
ロキにそんなふうに言われて、負けず嫌いなゼンが、カチンときました。
「おい、俺たちは確かに魔法使いじゃないけどな、だからと言って、そんじょそこらの普通の子どもと一緒にするなよ。ここにいるフルートは、金の石の勇者なんだからな!」
「金の石の勇者? ・・・なんだい、それ?」
別の大陸に住むロキは、世界を救った勇者の噂を一度も聞いたことがないのでした。
ゼンは顔を真っ赤にして、これまでの冒険を話して聞かせようとしましたが、フルートが手を振ってそれを抑えました。
「その話は後でゆっくりしようよ・・・。それより、問題なのはロキのお姉さんをさらった怪物のことだ。たぶん、ポポロやメールやルルをさらったのと同じ怪物だろう。だとしたら、ロキとぼくたちの目的は同じだ。ロキ、空飛ぶ怪物がどっちの方向に行ったのか、分かるのかい?」
「分かるさ。北の彼方にある、サイカ山脈へ飛んでいったんだ。・・・兄ちゃんたちも、人を助けに行くところなの? そのポポロとかメールとかいうのは、誰?」
「ぼくたちの大事な友だちさ」
とフルートは答え、北を見ました。
遠くに真っ白な山々が連なっているのが見えます。
「あそこがサイカ山脈だね。ロキ、ぼくたちを案内してくれ。一緒に助けに行こう」
そうフルートに言われて、ロキは目をまん丸にしました。
「サイカ山脈は、この北の大地の中でも特に厳しい場所だよ。大人たちだって、あそこまでは行こうとしないんだ。北の北、最果ての場所なんだから・・・。それでも行くっていうの?」
「行くさ」
「行くとも」
「ワン! 行きます」
フルートとゼンとポチは、同時にそう言いました。
「ふーん・・・」
ロキはフルートたちをつくづくと眺めました。
なんだかよく分からないけど、でも、この兄ちゃんたちは本当に強いみたいだな、と心の中で考えているようでした。
ロキは、自分が連れていた大きな動物の背中にひらりと飛び乗ると、フルートたちに手招きをしました。
「乗りなよ。これはキタオオトナカイって動物で、名前はグーリー。力が強いから、おいらたち全員を軽々乗せていってくれるよ」
それはありがたい、とフルートたちが乗ると、大トナカイは、大きな体に見合わない身軽さで、ひょい、ひょいと岩から岩へ飛び移り、川を飛び越えて走り始めました。フルートたちの耳元を風がびゅうびゅううなりを上げて過ぎていきます。なかなかのスピードです。
「まっすぐサイカ山脈に向かうのかい?」
とフルートが聞くと、ロキは、へっ、とあきれたような笑い声を上げました。
「海の向こうの奴らって、ホントに北の大地のことを知らないんだな。いくら異常気象で暑くなっていたって、サイカにはあんなに雪が見えるんだぞ。兄ちゃんたちたちみたいな格好で行ったら、絶対に途中で凍え死んじゃうさ。まずは、服を手に入れなくちゃ」
どうやらフルートたちは、小さいけれど頼りになる道案内に出会えたようでした。
(2004年6月21日)
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