「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

3.北の大地

「起きなさい、子どもたち。夜明けだ」
白い石の丘のエルフにそう声をかけられて、フルート、ゼン、ポチの2人と1匹は目を覚ましました。
夜通し空を飛ぶ大ワシの背中で、彼らは眠ってしまっていたのでした。
風はごうごうとうなりを上げて吹きすぎていきます。身を切るような冷たい風です。
けれども、フルートたちはワシの羽毛に潜り込んでいたので、まるで羽布団にくるまったように暖かく、ぐっすりと眠れたのでした。

「ふわぁ・・・」
「すげえ・・・!」
ワシの羽毛からはい出したフルートとゼンは、辺りの景色を見て思わず声を上げました。
真下には一面暗い海が広がっています。夏でも冷たい潮が流れる海です。その上に広がる空に、東の水平線から朝日が差して、雲が端から金色に輝き出していました。みるみるうちに空は青く、海は緑色に変わっていきます。海の上では波がきらきら銀色に輝き始めました。
「きれいですねぇ・・・」
ポチが感激したように言いました。
フルートとゼンは、ことばもなくうなずきました。

その様子に、エルフが笑いました。
「これから恐ろしい敵と対決するというのに、海の夜明けが美しいと感動しているのか。まったく、おまえたちは大物だな。・・・そら、見えてきた。あれが北の大地だぞ」
そう言ってエルフが指さした先に、陸地が見え始めました。
黒い岩だらけの、ごつごつとした大陸です。

「変だな」
とゼンが言いました。
「俺は北の大地に来たことはないけどさ、そこは夏でも雪と氷で覆われた白い大地なんだ、って親父やじいちゃんたちから聞かされてていたんだぜ。なのに、あの陸地には雪も氷も見えないじゃないか」
「よく気づいた、ゼン」
とエルフが言いました。
「北の大地で異変が起きている。大地をおおう雪と氷が、どんどん溶け出してきているのだ。すでに、雪も氷も普段の三分の二ほどの量まで減ってきている」
そう話している間にも、大ワシはぐんぐん飛び続け、陸地が近づいてきました。
ワシが高度を下げたので、陸地の先端の岩壁が目の前に迫ってきます。
岩壁には、いたるところに滝ができていて、崖の上から何十メートルも下の海に向かって、水がどうどうと流れ落ちてました。海の上は、白い波と水煙でいっぱいです。
「溶け出した雪と氷が、水になって海に注ぎ込んでいるのだ」
とエルフが言いました。
それを聞いて、フルートは、はっとしました。
「それじゃ、世界中の海の水が増えだしたというのは・・・」
「うむ。この北の大地の雪と氷が溶け出したのが原因だ。急激に増えた海の水が、津波となって陸地を飲み込もうとしている。海王たちは、その海の勢いを鎮めるのに必死になっているのだ」
とエルフが答えました。

「ちっ。それってぇのも、北の大地の奥に住む敵のしわざなんだな」
とゼンが言いました。
「メールやポポロたちをさらったり、北の大地の雪や氷を溶かして世界中を水に沈めようとしたり・・・なんだか、やることが魔王とそっくりじゃねぇか」
「ワン。でも、魔王は死にましたよ。あの闇の中の戦いで、ぼくたちの目の前で消滅したじゃありませんか」
とポチが言いました。
「そりゃそうなんだけどさ・・・なんてぇか、手口が似てる気がするんだよ。なぁ、そう思わないか、フルート?」
「うーん・・・」
フルートは考え込んでしまいました。実は、フルート自身も、魔王が生き残っていて、北の大地の奥でまた世界征服をたくらんでいるのじゃないかと考え始めていたのです。

「敵の正体は、いずれ分かる」
とエルフが言いました。
「自分たちの進むべき道を見いだして、そこを進んでいけば、いずれ必ず敵と出会うことになる。さあ、あの岬のはずれに降りるぞ」
エルフが手綱を振ると、大ワシはぐんぐん高度を下げて、やがて、滑るように陸地のはずれの岬に着地しました。


フルートたちがワシの背中から地面に飛び降りると、白い石の丘のエルフはおごそかに言いました。
「私が一緒について行けるのはここまでだ。ここから先は、おまえたち自身の力で進まなくてはならない」
「はい、分かっています。ここまで送ってくださって、本当にありがとうございました」
とフルートたちは深々と頭を下げました。

ところが、フルートたちが歩き出そうとすると、エルフが引きとめました。
「待ちなさい、金の石の勇者よ」
フルートはちょっと苦笑いをして振り返りました。
「ぼくはもう金の石の勇者じゃありません。金の石を奪われましたから」
エルフはうなずきました。
「そのとおりだ。だから、代わりにおまえにエルフの守りを与えよう。金の石ほどの威力はないが、おまえたちが一番危ないときに、きっと力を貸してくれるだろう。この中から、好きなものを一つだけ取るがいい」
そう言って、エルフはフルートの目の前に、美しいペンダントを3つ差し出しました。ペンダントにはそれぞれ、赤、青、黄緑のすきとおった石が下がっています。

「どれを選んでもいいのですか?」
とフルートがたずねると、エルフは謎のようなことを言いました。
「どれでも良い。選ぶのはおまえではなく、石の方だからな」
そこで、フルートは青い石のペンダントを手に取りました。何となく、それが一番いいように感じたからです。
「ほう。それは『友情』の守り石だ。おまえたちに一番ふさわしいかもしれないな」
とエルフが言ったので、ゼンがたずねました。
「それじゃ、他の石はどんな守りだったんだ?」
「赤い石は『力』の守り、黄緑は『命』の守りだ」
「え? じゃあ、『命』の石の方がいいじゃねぇか。今から交換することはできないんですか?」
「それはできない。フルートの方が石に選ばれたのだからな。ああ、ゼン、おまえがもう一つ守りを持つというのも不可能だぞ。守りの石は、一つだけだ」
エルフに考えを見抜かれて、ゼンはチェッと舌打ちしました。
「俺たちの友情なら、石に守ってもらったりしなくても大丈夫なんだけどなぁ」
などとゼンは聞こえよがしにつぶやきましたが、エルフは知らんふりをしていました。

「さあ、それではここでお別れだ。おまえたちに神の加護があるように」
そう言って、エルフは大ワシの背に飛び乗りましたが、思い出したように、何かの包みをフルートに投げてよこしました。
「これもおまえたちに与えよう。きっと、すぐに役に立つぞ」
大ワシがばさっと大きな翼を打ち合わせたとたん、エルフとワシの姿は、あっという間に上空に飛び去っていました。そのまま、まっすぐ南へと戻っていきます。

その姿が見えなくなるまで見送ってから、ゼンはフルートにたずねました。
「なぁ、エルフは何をくれたんだ?」
「ワンワン。なんだかいい匂いがしますよ」
フルートは包みの口ひもをほどいて中をのぞき、とたんに吹き出してしまいました。
「たしかにすぐ役に立つものだよ・・・ぼくたちの朝ごはんさ!」
そう言って、フルートは袋の中から丸パン、チーズ、くんせい肉、青リンゴ、干した果物の入ったお菓子などの食べ物を取り出してみせました。
ひゃっほう! とゼンが歓声を上げ、ワンワン! とポチが喜んでほえました。みんな、おなかがぺこぺこだったことに気がついたのです。
「まずは腹ごしらえをしよう。おなかがすいてたら、歩くことも戦うこともできないもんね」
「おう、大賛成だぜ」
「ワンワン。異議なし!」
というわけで、フルート、ゼン、ポチの2人と1匹は、岩だらけの地面の上に座り込むと、エルフがくれた弁当を食べ始めました。

彼らのすぐ近くを、雪と氷が溶けた水を集めた大きな川がとうとうと流れて、崖の向こうに消えていきます。
川が滝になって海に注ぎ込むごう音が、あたり一面に響き渡っています。
そんな海に背を向けて大陸の奥に目を向けると、白く険しい山々がそびえ立っているのが見えます。
どうやら、フルートたちは、そこをめざして進んでいくことになるようでした。



(2004年6月8日)



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