「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

2.魔の森

魔の森は、昼なお暗く、恐ろしい怪物がたくさん住んでいる場所です。
風の犬に変身したポチは、その森の上をびゅーっとひとっ飛びで飛び越え、森の真ん中にある泉のほとりに降り立ちました。
暗い森の中、そこだけには明るい光が降り注いで、泉を取り囲む金色の石がきらきらまばゆく輝いています。

それを見て、ゼンが思わずため息をつきました。
「ちぇっ。これだけ金色の石があるてぇのに、盗まれた石の代わりにはならないのかよ」
フルートは、ポチの背中から降りながらうなずきました。
「うん。ぼくには分かる。ここにあるのはみんな、ただの金さ。きれいだけれど、なんの力も持ってない」
ゼンはポチから降りると、口をとがらせながら足下の石を拾い上げました。
「親父たちが見たら大喜びするんだろうな。大人のドワーフたちは金銀宝石が大好きなんだ。・・・でも、俺たちには用がねぇや」
そう言って、ゼンは金塊をぽーんと放り投げました。
石はポチャンと泉の中に落ちて、水面に大きな波紋を広げました。
そこに向かって、ゼンは呼びかけました。
「おーい、泉の長老! 出てきてくれよ! 一大事だぞ!!」

ところが。
泉はしーんと静まりかえっていて、いくら待っても、長老は姿を現しませんでした。
フルートとゼンとポチは顔を見合わせました。こんなことは、今までに一度もなかったことです。
今度はフルートが呼んでみました。
「長老、ぼくです! フルートです! 大事なお話があるんです!」
けれども、やはり誰も現れません。
フルートはきゅっとまゆをひそめて、きびしい顔になりました。
ゼンも険しい顔になって言いました。
「こいつぁ本当に一大事だぞ。長老までいなくなってるだなんて」
「うん。絶対に何かが起きてる。・・・どこで何が起きているのか、ってのが問題なんだけど」
そう言ってフルートが考え込んだときです。

後ろの森から、突然男の人の声がしました。
「そのとおりだ、子どもたち。世界中に危機が迫っている」
フルートたちは、はっと振り返りました。その声には聞き覚えがあります。確か・・・


「久しぶりだな、フルート、ゼン、ポチ」
そう言いながら森から出てきたのは、長い銀の髪に長いドレスのようなトーガという服を着たエルフでした。今までにも何度もフルートたちを助けて、知恵や道具を与えてくれた、白い石の丘の賢者です。
喜ぶフルートたちに、白い石の丘のエルフは言いました。
「今、世界中の海が大変なことになっている。海の水がどんどん水かさを増して、陸地を飲み込もうとしているのだ。海王と渦王が、世界中の水の主たちに呼びかけて、力を合わせて海の水を抑えようとしている。泉の長老も、海王の元にかけつけているのだ」
「海が・・・」
子どもたちはまた顔を見合わせました。
前回一緒に戦った海の仲間たちの顔が思い浮かびました。

「でも、メールは海から来たのに、そんなこと一言も話してなかったぜ」
とゼンがエルフに言いました。
「そんな大変なことが起こっているなら、俺たちのことも呼んでくれたっていいじゃないか」
すると、エルフは首を横に振りました。
「海に異変が起こり始めたのは、ここ数日のことだ。それに、敵が現れたわけではないのだ。海の水が増えてきても、おまえたちにはどうする力もない。海の民の友である天空の民が、海を抑えるために力を貸している。・・・だがな」
エルフはフルートとゼンとポチの前に立って、じっと子どもたちを見下ろしました。
「これは、罠でもあるのだ。今までにない、強大な敵が潜んでいる。あの魔王よりももっと力の強い、暗黒の敵だ。それは、おまえたちを恐れている。だから、フルートから金の石を奪い、ポポロやメールやルルをさらい、おまえたちを北と南に引き離そうとしたのだ。海の水があふれ出したのも、一つには、水や海や天空が、おまえたちに力を貸さないようにするためだ」

それを聞いて、フルートたちはびっくりしました。
「どうしてそこまでするんです? ぼくたちは、ただの子どもなのに」
すると、白い石の丘のエルフはおかしそうに声を立てて笑い出しました。
「おまえたちは、天空と海を魔王から守った勇者ではないか。それに、子どもだからこそ、大人のような欲には負けないまっすぐな心がある。人の欲につけ込んで力を伸ばそうとする暗黒のものたちには、おまえたちのような存在が、一番めざわりなのだろう」
「ふーん・・・」
フルートたちは、あいまいな顔でつぶやきました。大人になったら、自分たちも欲深くなったりするのかなぁ、などと考えたりもしましたが、それもよく分からない感じでした。


「敵は北の大地の奥に住みついている」
とエルフが重々しく言いました。
「ポポロもメールもルルも、そこにとらわれている。おまえたちはそこに行かなくてはならないだろう」
「もちろん、行きます!」
とフルートは即座に答えました。
「おうとも! メールたちを助け出すぞ!」
とゼンも大きくうなずきました。
「ワンワン! ぼくが北の大地まで運びます! フルート、ゼン、ぼくに乗って!」
とポチは急いで風の犬に変身しようとしました。
今にも飛び立とうとする子どもたちを、エルフが引きとめました。
「待ちなさい。ポチの体力では、北の大地に着く前に力尽きて海に落ちてしまう。・・・こっちに乗っていくがいい」
そう言ってエルフが後ろの森に手をさしのべたとたん、森の中から1羽の大きな鳥が飛び上がりました。
翼の先から先まで10メートル余りもある、巨大なワシでした。
くちばしに手綱をつけ、背中には鞍が乗っています。

エルフはひらりとワシの背中に飛び乗ると、フルートたちに言いました。
「さあ、乗りなさい。北の大地まで私が送ってあげよう」
「え、あなたが!?」
フルートたちはびっくりするやら喜ぶやら。賢者は知恵を貸してくれますが、こんなふうに、直接誰かを助けてくれるのはとても珍しいことなのです。
「泉の長老から頼まれているのだよ」
とエルフは静かに笑いながら言いました。
「それに、天空王、海王、渦王からも頼まれている。皆、おまえたちの力になれないことを心苦しく思っていた。さあ、早く乗りなさい。いくらこの大ワシでも、北の大地までは半日かかる。時間がかかればかかるほど、敵は勢力を伸ばしてくるのだ」

そこで、フルートとゼンとポチは、大ワシの背中に乗って、鞍に座りました。鞍は細い丸太を組み合わせてあって、ベンチのような形をしていました。
「夜通し飛ぶぞ。それ!」
エルフのかけ声とともに、大ワシが翼を打ち合わせて飛び上がりました。
あっという間に空高く舞い上がり、すばらしいスピードで飛び始めます。
夏の空は日暮れの時間を迎え、雲がバラ色に輝きだしていました。
一行は、それを左手に眺めながら、まっすぐ飛んでいきました。
北へ、北へ・・・敵が待ち受ける大地をめざして・・・・・・。



(2004年6月6日)



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