1.旅立ち
よく晴れた夏のある日。
フルートは小犬のポチと一緒に、家の中の大掃除をしていました。
はたきをかけて、床をはいて拭いて・・・
「ワンワン、明日ゼンたちが来るんですよね。楽しみだなぁ」
ちりとりを前足で押さえながら、ポチがそう言いました。ポチは人間のことばを話せる犬です。
フルートはほうきでちりとりにゴミを入れながら、うん、とうなずきました。
「メールが花のツバメにつけてよこした手紙に、明日の朝早く、花鳥に乗って北の山を出発するって書いてあったからね。明日の昼過ぎにはこっちに到着すると思うよ」
「ワン、花鳥は速いですからね。ああ、ポポロやルルにも会えるんだ。楽しみだなぁ」
ポチは待ちきれない、というように、パタパタとしっぽを大きく振りました。
ゼン、ポポロ、ルル、メール。みんな、フルートとポチの仲間です。
ゼンは北の山の洞窟に住むドワーフの少年。一番最初の冒険からフルートやポチと一緒に戦ってきた大親友です。
ポポロは天空の国に住む魔法使いの女の子。風の犬の戦いで一緒になって、魔王から天空の国を奪い返すときに大活躍をしました。ルルはその飼い犬で、風の犬に変身することができます。
メールは海で出会った、渦王(うずおう)の娘。半分森の民の血が入っているので、花を操って思い通りのものを作り上げ、動かすことができます。
彼らとフルート、ポチの4人と2匹は、謎の海の戦いで力を合わせて魔王と戦い、激闘の末、とうとう魔王を消滅させたのでした。
それから3ヶ月。
メールがポポロたちを誘って、ゼンやフルートたちのところに遊びに来ることになりました。
まず、メールが花で作った鳥の背に乗って天空の国のポポロとルルを迎えに行き、北の山のゼンの洞窟を訪ね、そこに数日泊まってから、もっと南にあるフルートの家に来て、また数日泊まっていく計画でした。北の山からはゼンも一緒に花鳥に乗ってくることになっていました。
仲間たちが泊まりに来るというので、フルートとポチは、一生懸命家の掃除をしていたのです。
「お父さんとお母さんが町でごちそうの材料をいっぱい買ってきてくれるってさ。明日の夜はパーティだよ」
とフルートがにこにこしながら言いました。
ポチはそれを聞いてますます大きくしっぽを振りました。
「すてきだなぁ。楽しみだなぁ。お母さんは特製ミートパイを作ってくれるかしら? あれ、すごくおいしいんだもの」
「うん、きっとね」
そう言いながら、フルートはゴミを捨てるために、ちりとりをもって家の外に出ました。
とても暑い日で、一歩家の外に出ただけで、頭がじりじり焼けるようでした。
「あーあ、また海に行きたいなぁ。海はきっと涼しいよね・・・」
フルートが思わずそう言って空を見上げたときです。
チリーン、チリーン、チリーン・・・・・・
鈴を鳴らすような音が、突然家の中から響いてきました。
フルートとポチは、はっと振り返りました。あの音は・・・!
チリーン、チリーン・・・音は鳴り続けています。
フルートはちりとりを放り出して、大急ぎで家の中に駆け込みました。ポチもそれについてきます。
フルートの机の引き出しの中で、金の石が強く弱く光りながら、チリーン、チリーンと鳴り続けていました。
金の石は、どんな怪我でもたちまち治し、邪悪なものの攻撃からフルートたちを守ってくれる魔法の石です。普段はなんの変哲もない灰色の石ころなのですが、この世界に大事件が迫ってくると、こんなふうに鈴が鳴るような音を立てて、金色に輝き出すのです。
「長老! 泉の長老ですか!?」
フルートは金の石に向かって呼びかけてみました。以前、この石を通じて、石をくれた泉の長老と話すことができたのです。
けれども、今回は石は何も言いませんでした。ただ、しばらくチリーン、チリーンと鳴り続けて、突然また静かになってしまいました。
「どうしたんでしょう?」
ポチが心配そうに言いました。
フルートは石をじっと見つめていました。音がやむと同時に石の輝きも止まりましたが、石は相変わらず金色のままです。
フルートはきびしい顔になって言いました。
「きっと、何かがこの世界に起こっているんだ。それが何なのかは、まだ分からないけど・・・ぼくは出かけなくちゃいけないんだ」
フルートは金の石の勇者。石に呼ばれたら、世界に迫る邪悪なものと戦わなくてはならないのです。
「ワン、今すぐにですか? 明日にはゼンたちが来るのに」
とポチがたずねました。
フルートはうなずきました。
「ぐずぐずしている間に取り返しのつかないことが起きるかもしれない。・・・ゼンたちには手紙を書いていくよ。お父さんたちにも。さあ、支度をしよう」
そこで、フルートたちは旅の支度を始めました。
フルートは戸棚から金の鎧と兜を取り出して身につけました。暑さ寒さからも身を守ってくれる魔法の防具です。次に、ベッドの下からダイヤモンドの盾を取りだし、壁にかけてあった2本の剣をおろして、背中に十字に背負いました。1本は炎の剣、もう1本はノーマルソード、どちらも最初の戦いからフルートが使っている愛用の剣です。最後に、机の引き出しから金の石がついた鎖を取り出して、首から下げました。
その間に、ポチは戸棚からリュックサックを引っ張り出し、家の中のあちこちから必要なものをくわえてきては、リュックサックに詰めていきました。食料、薬草、フルートの財布、着替え、水筒・・・。水筒にはフルートが水を入れました。
荷物の詰まったリュックサックを背中に背負い、その上に盾を取り付けると、旅支度は完成でした。
フルートは両親とゼンたちにあてて急いで手紙を書くと、居間のテーブルの上にそれを置きました。
うまくすれば、明日やってきたゼンたちが、手紙を見て後を追いかけてきてくれるかもしれません。
家の外に出ると、また強い日差しが照りつけてきました。
「まず、どこへ行くんですか?」
とポチがたずねました。
石は危機を知らせてきたけれど、どこで何が起こっているのか、皆目検討もつかないのです。
「魔の森に行って、泉の長老に会ってみよう。何か分かると思う」
とフルートは言うと、鎧の下から金の石を取り出して、もう一度、長老に呼びかけようとしました。
そのときです。
空の彼方から突然、黒い弾丸のようなものが飛んできて、フルートの金の石に激突しました。
「うわっ・・・!!」
フルートが思わず体をそらした拍子に、金の石をつないでいた鎖が切れて、石が吹っ飛びました。
すると、黒い弾丸のようなものが素早く引き返してきて、金の石をがっちりと捕まえ、そのまま飛び去っていったのです。
「ま、待て!!!」
「ワンワンワンワン・・・!!!」
フルートとポチは全速力で後を追いました。途中から、ポチは風の犬に変身して、空を飛んで追いかけました。ポチも、風の犬に変身できる首輪をつけているのです。
けれども、黒い弾丸は金の石をつかんだまま、どんどんフルートたちを引き離し、やがて、南の空に消えてしまいました。
「金の石をとられた・・・・・・」
フルートはぼうぜんと立ちつくしてしまいました。
金の石をなくした金の石の勇者。フルートは、いったいどうしたらよいのでしょう。
そこへ、ポチがハアハアあえぎながら帰ってきて、元の小犬の姿に戻りました。
「す、すみません、フルート。見失いました。・・・でも、ヤツの姿はしっかり見ましたよ。鳥みたいな頭と翼と足のある蛇でした」
「鳥のような頭と翼と足の蛇・・・聞いたことがある。バジリスクだ」
とつぶやいて、フルートは考え込みました。
バジリスクはもっと南の方にしかいない、とても珍しい怪物です。
金の石が危機を伝えてきたとたん、その珍しい怪物が突然現れて金の石を奪っていった。これは偶然でしょうか?
もしかしたら・・・いや、絶対に、敵のしわざに違いありません。金の石を持った勇者が邪魔なので、石を奪っていったのです。
「行こう、ポチ。後を追って、金の石を取り返すんだ」
フルートがそう言って、バジリスクが飛び去った方へ歩き出そうとしたときです。
遠く後ろの方から、フルートの名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
白い砂埃と一緒に、ものすごい勢いで何かが迫ってきます。
「ワンワン! ゼンだ! ゼンですよ、フルート!!」
耳と鼻のきくポチが、そう言って走り出しました。フルートもあわてて後を追って走り出しました。
道のない荒れ地を、足の長い鳥に乗ったゼンが、まっしぐらに走ってくるのが見えました。ゼンも、青い胸当てと盾を身につけ、エルフの弓矢を背中に背負い、腰にはショートソードを下げて、すっかり戦士の格好をしています。
「ゼンだけだ・・・メールもポポロもルルもいない・・・」
フルートはつぶやきました。胸の中に嫌な予感がむくむくとわき上がってきます。
はたして、その予感は的中しました。
フルートの前で急停止したゼンは、鳥の背中から転げ落ちるようにして降りると、フルートに飛びついて言ったのです。
「大変だ! みんなが怪物にさらわれた! ここに来ようと洞窟を出たとたん、突然大きな鳥みたいなヤツが飛んできて、メールとポポロとルルを連れ去ったんだ!」
フルートの頭にさっきのバジリスクのことが浮かびました。思わずバジリスクが飛び去った南の方を見ると、ゼンがどなりました。
「違う違う! そっちじゃない! 怪物は北へ飛んでいったんだ!!」
「北・・・・・・?」
フルートはびっくりして、北に目をやりました。
夏でも頂上に雪をいただく高い山々が、遠くにかすんで見えます。その中には、ゼンたちドワーフ族が住む北の山もあります。そこよりさらに北ということは・・・
「あんな怪物、俺たちは一度も見たことがない。きっと、北の大地にすむ怪物だぞ」
とゼンが言いました。
北の大地とは、フルートたちが住むロトの国よりもっと北の方、冷たい海の彼方にある雪と氷の大陸です。
「どうします、フルート?」
ポチが困ったような声でたずねてきました。
金の石を奪った怪物は南、メールたちをさらった怪物は北へ行ったのです。
「どうかしたのか?」
ゼンが、2人の様子がおかしいのに気がついて聞いてきました。
「金の石をバジリスクに奪われた。そいつは南に飛んでいったんだ」
とフルートは答えました。
「なんだってぇ!?」
ゼンはすっとんきょうな声を上げました。
「おい、金の石がなかったら怪我が治せねえぞ。バリアも張れねえし、暗いところも照らせねえし、アンデッドの怪物も追い返せねえし・・・それから、えーと・・・とにかく、大変だぞ!!」
「うん・・・」
さすがのフルートも困り切った顔をしました。
金の石を取り返すために南へ行くか、メールやポポロたちを助けるために北へ行くか・・・
すると、突然ゼンがこぶしで自分のひらをバンと叩きました。
「よし、分かった! フルート、おまえは金の石を取り返しに南へ行け! 俺は北に行ってメールたちを助け出してくる。もしも間に合うようなら、後から俺を追いかけてきてくれ」
「一人で助けに行くんですか!?」
ポチがびっくりして言いました。
「おう。この走り鳥に乗って北の海辺まで走っていって、あとは、何とかして海を渡って北の大地まで行く。俺にはこのエルフの弓矢とショートソードがある。こいつで怪物をしとめてやらぁ」
そう言うと、ゼンはエルフの弓に矢をつがえて、きりりと引き絞って見せました。
「いや、ぼくも一緒に北に行くよ」
とフルートは言いました。
「さっき、金の石が光って鳴ったんだ。この世界に危険が迫っている。ポポロやメールたちがさらわれたのも、きっとそれに関係があるんだよ。まず、ポポロたちを助けなくちゃ」
「だけど・・・大丈夫か?」
ゼンが心配そうに言ったので、フルートはちょっと笑いました。
「そういう君こそ、ひとりきりで北に行こうとしたじゃないか。大丈夫。金の石がなくたって、ぼくはちゃんと戦えるよ」
そう言って、フルートはすらりと炎の剣を抜いて見せました。切ったものを炎で燃やし、振れば炎が飛び出してくる魔法の剣です。
「確かに、北の大地に住む雪と氷の怪物たちにはよく効きそうだな」
と言って、ゼンも笑い出しました。
「さあ、そうと決まったら出発しよう。まずは・・・魔の森に行く。泉の長老に会うんだ」
フルートがそう言ったので、ゼンは目を丸くしました。
「どうしてだ? 金の石をもう一つ出してもらうのか?」
「いや、それはきっと無理だ。あの石は世界に一つしかないんだって、前に長老に言われたことがある。そうじゃなくて、長老の泉から北の大地まで送ってもらうんだよ。あの泉は、世界中のどこの水ともつながっている。きっと、北の大地の川か泉にもつながっているはずなんだよ」
「なぁるほど。そこを通っていけば、手っ取り早く北の大地に行けるか。俺たちは人魚の涙を飲んでいるから、水の中も平気だしな。・・・相変わらず頭がいいな、フルート」
「さあ、急ごう。日が暮れる前に泉に行くんだ」
とフルートが先に立って歩き出すと、ひゅうっと後ろで音がして、半分透き通った風の犬になったポチが、フルートの前に出てきました。
「ぼくに乗ってください。その方が早く着けます」
「ありがとう」
「おい、俺も乗っていいか? いくら走り鳥でも、風の犬のスピードにはついて行けねえからな」
「ワン。もちろんです」
というわけで、フルートとゼンは風の犬になったポチの背中に乗りました。
走り鳥はゼンにぽんと叩かれると、まっすぐ北の山めざして帰っていきました。
「それじゃ、行きます!」
ポチはそう言うと、びゅーっと空を飛び始めました。
最初の行き先は、フルートが住む町の近くにある魔の森。
夏の空は青くどこまでも晴れ渡っていました。
ということで、「勇者フルート」のお話がまた始まりました。1週間に2話程度のペースで更新していくつもりですが、予定通りには行かないこともありますので、ご了承くださいね。
それでは、次回をお楽しみに。 By 朝倉
(2004年5月31日)
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