「勇者フルートの冒険・3 〜謎の海の戦い〜」        

26.闇の戦い 〜最終決戦〜

真っ暗闇でした。
何も見えません。
何も聞こえません。
闇がどこまで続いているのか、自分が立っているのか座っているのか。
それさえも、何もわからない、深い深い闇でした。

「ポチ・・・?」
フルートは、そっと呼んでみました。
魔王の黒い闇のボールに吸い込まれたとき、ポチも確かに一緒だったはずです。
近くにポチもいるのでしょうか?

すると、突然、何かが空を切ってフルートのすぐわきをかすめていきました。
なにか、とても鋭いものの気配。
・・・剣だ!
フルートは一気に緊張して、身構えました。
誰かがフルートを狙って切りかかってきたのです。
続けて、また一撃。
今度はかろうじて受け止めることができました。剣と剣がぶつかり合って火花を散らします。
その一瞬の光の中に浮かび上がったのは、黒い剣を構えてフルートを切ろうとしている魔王の姿でした。

「やっぱりおまえか!」
フルートは叫びました。
闇の中に魔王の低い笑い声が響きました。
「ふふふ・・・人間というのは不便なものだな。暗闇の中では何も見えんのだから。ここは、わしが作り出した闇の結界の中だ。おまえたちの光の武器も、ここではノーマルな武器程度の力しか出せんぞ。そんなおまえたちが、わしにかなうものか」
 ギン!
剣と剣が音を立てて離れました。
フルートは大きく飛び下がると、光の剣を構え直しました。
魔王はどうやら、闇の中でもフルートが見えるようです。一方、フルートには何も見えません。
これでどうやって戦ったら良いのでしょう・・・


すると。
「ワンワンワンワンワン!!!」
激しいポチの鳴き声がすぐ近くから起こったと思うと、魔王が、ぎゃっ! と叫び声を上げました。
「このチビ犬め! 何をするか!!」
「キャウン!」
ポチの悲鳴が上がりました。
どさっとフルートの近くに何かが倒れます。
ポチです!
ポチが魔王にかみついて、逆に魔王にやられてしまったようです。

フルートはあわててしゃがみ込むと、手探りでポチを探しました。
小さな犬の体が手に触りました。毛がなまあたたかいもので濡れています。血です。
フルートは大急ぎで鎧の内側から金の石を取り出しました。

とたんに、ぼうっと石が金色に光って、あたりをぼんやり照らし出しました。
まわりは暗闇。本当に何も見えない、真っ黒な底なし闇。
その中に魔王が黒い剣を構えて立っていました。
フルートのすぐ目の前にはポチが倒れています。やっぱり魔王に切られて、背中に大怪我をしていました。赤い血がどくどく流れ出しています。
フルートはポチの傷に金の石を押し当てました。
金の石はどんな傷もたちどころに治してしまう魔法の石。
ところが、この時には、その魔法の力もなぜかあまり効き目がないようでした。流れ出す血は止まったのですが、傷がなかなか治らないのです。
ぐったりとしたままのポチに、フルートは呼びかけました。
「ポチ! ポチ! しっかりして!」
「無駄だ! 闇の中では、金の石の力も弱くなるのだ! 光の武器もない。金の石の守りもない。いいざまだな、金の石の勇者、フルートよ!」
魔王があざ笑いました。


ところが、そのとき、闇の中からひゅっと音を立てて一本の矢が飛んできたのです。
魔王は剣で矢を切り捨てると、いまいましそうに闇の中をにらみました。
「ゼンか」
「おう。俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
そう言いながら、ゼンが現れました。
「へへっ。暗くて何も見えなくてまいっていたら、おまえの馬鹿笑いが聞こえたんで、こっちに来てみたんだ」
「わざわざ殺されに飛び込んでくるとは、おまえこそ、とんだ馬鹿者だな」
と魔王が言うと、ゼンは、へへん、と笑いました。
「誰が殺されるって? 負けるのはおまえのほうだぜ、魔王。なにしろ、フルートと俺が揃ったんだからな!」

それから、ゼンは続けざまに光の矢を魔王に打ち込み、魔王がそれを切り捨てている隙に、魔王の脇をすり抜けて、フルートたちに駆けよりました。
「大丈夫か、ポチ?」
「ク〜ン・・・す、すみません・・・」
ポチが弱々しい声で答えました。なんとか命は取りとめたようです。
「ここだと、ぼくも風の犬に変身できないんです・・・だから・・・かみついて、戦おうと思ったんだけど・・・」
ポチはとても苦しそうでした。血をたくさん流したので、とても弱ってしまったのです。
フルートは、傷にさわらないように気をつけながら、そっとポチをなでてやりました。
「君があそこでかみついてくれなかったら、ぼくはきっと魔王に切られていたよ。助けてくれてありがとう。ここで休んでおいで。あとはぼくたちが戦うから」
「おう。暗闇がなんだってんだ」
ゼンも光の矢を構えて言いました。
ポチはまた頭を上げようとして、またぐったりと横になってしまいました。本当に、身動きするのも辛いようです。


「そら! いつまでもペットなんかをかまっていると、自分の命がなくなるぞ!」
魔王が笑いながら、剣をぶんぶん振り回して切りかかってきました。
フルートは跳ね起きると、盾を構えて前に飛び出していきました。
「ポチはペットじゃない! ぼくたちの仲間だ!」
そう言いながら、光の剣で切りかかっていきます。
 ガシーン!
剣と剣は鋭い音を立ててぶつかり合いました。

その隙に、ゼンが魔王めがけて矢を撃ち込みました。
ところが、魔王がさっと手を振ると、矢はたちまち勢いをなくして、ぱらぱらと下に落ちてしまいました。
「ちっくしょう! それじゃ、俺もこれで・・・」
ゼンは海の剣を手に取りましたが、剣は刃がなくなって柄だけになっていました。
魔王がまた大声で笑いました。
「無駄だ無駄だ! ここは闇の結界の中! どこにも、おまえたちに味方する光も水もありはせんのだ!」
それを聞いたゼンは、負けずに言い返しました。
「はーん。それじゃ、おまえもここでは海王の力を使うことはできないってわけだな。だったら、五分五分だぜ」
そして、ゼンは腰の青龍刀を抜きました。これはノーマルな武器なので、闇の中でも変わっていませんでした。

「五分五分か!」
魔王がとどろくような声で笑いました。
「おまえたちのような子どもと、このわしが、五分と五分の力だというのか! 笑わせてくれるわ!!」
そして、魔王は切りかかってくるゼンに向かって片手を上げました。
ドン! と黒い魔弾が飛び出してきて、ゼンに真っ正面からぶつかりました。
とっさにゼンが青いサファイヤの盾を構えたので、魔弾は盾に当たって炸裂し、その勢いでゼンは何メートルも飛ばされてしまいました。
「いってぇ〜・・・」
ゼンが頭を押さえて立ち上がろうとしたところに、また魔弾が飛んできました。
「うわっとっとっとぉ・・・!」
ゼンはあわてて転がって逃げ回りました。

「やめろ!」
フルートが光の剣でまた切りかかっていきました。
魔王の腕がざっくり切れました。
ところが、傷から血が出てこないのです。
魔王がにやぁっと笑うと、腕の傷は黒い光を放ちながら、ひとりでに治っていってしまいました。
「無駄だ、フルート。おまえの光の剣は、ノーマルソードと同じ威力だと言ったはずだぞ」
そう言って、魔王は今度はフルートに魔弾を打ち込みました。
フルートはダイヤモンドの盾で魔弾を防ぎましたが、ゼンと同じように吹き飛ばされて倒れてしまいました。
魔王がとどめの魔弾を打ち込もうとすると、ゼンが後ろから飛びかかって、青龍刀で切りかかってきました。
「うおっ・・・」
魔王がよろめいた隙に、フルートは立ち上がり、また剣と盾を構えました。

「ええい、ちょろちょろとうるさい奴らだ!」
魔王はいまいましそうにフルートとゼンをにらみつけると、両手を上げました。
とたんに、2つの魔弾が飛び出してきて、同時にフルートとゼンを打ちのめしました。
「うわぁっ!」
「ぎゃっ!」
フルートとゼンは悲鳴を上げて、下に倒れました。
2人とも魔法の防具をつけているので怪我はしませんでしたが、体がしびれて動けません。

フルートのわきに、魔王が立ちました。
「さあフルート、そろそろお遊びは終わりにしよう。わしにはやらねばならんことがあるのだ。いつまでも、おまえたちなどを相手にしているわけにはいかん」
フルートは歯を食いしばって光の剣を握りしめました。
でも、立ち上がろうとしても体に力が入りません。
魔王がそれを見て笑い出しました。
「いい格好だ。わしをさんざん手こずらせてくれたおまえには、ふさわしい最後だな。あの世とやらの勇者になれ、フルートよ!」
魔王が黒い大きな剣を振り上げました。
フルートは動けません。

「フルート!」
ゼンは叫ぼうとしました。
でも、ゼンも動くことができません。声も出ません。

「ウーッ・・・」
ポチが低いうなり声をあげると、ありったけの力を振り絞って立ち上がりました。
よろよろと魔王に向かって走り出します。
でも、ほんの数メートル走っただけで、足から力が抜けて、どさっと倒れてしまいました。
「フルート・・・フルートォ・・・」
ポチは泣きそうになりながらフルートを呼びました。



すると、どこからか、かすかに別の声が聞こえてきました。

「ポチ、ポチ、あたしの声が聞こえる・・・?」
ポポロの飼い犬、ルルの声でした。
ポチは耳をピンと立てて闇の中を見回しました。
ルルの姿はどこにも見えません。でも、声は確かに聞こえるのです。
ルルは必死で呼びかけていました。
「ポチ、あたしの声が聞こえたら返事をして! 天空王が力を貸してくれているの。あなたが返事をしてくれたら、そこに向かって、みんなで力を送るわ。だから・・・ポチ、返事をして!!」

ポチはもう一度、全身の力を振り絞って立ち上がりました。
そして、足を踏ん張ると、闇の中に響き渡る声で鳴きだしたのです。
「ワンワンワンワンワン・・・!!!!!」

今にもフルートに剣を振り下ろそうとしていた魔王が、ぎょっとしたようにポチを振り返りました。
ポチは、なおも鳴き続けました。
「ワンワンワンワンワンワン・・・!!!!!」

「ええい。うるさいぞ、チビ犬!」
魔王がポチに向かって魔弾を撃ちました。
「キャウン!」
ポチは弾に撃たれて倒れました。


けれども、その瞬間。

闇の中に裂け目ができて、そこからまぶしい光が差し込んできました。
光と共に、みんなの声がどっと流れ込んできます。

「ポチ、送るわよ!」
これは、犬のルルの声。
「フルート、あたしたちの力を受け取って!」
これは、ポポロの声。
「ゼン、あたいの力も送るよ!」
これはメールの声。
「海の守りはいつもおまえたちとある。水の心を受け取れ」
これは渦王の声。
「魚たちも勇者様たちの味方です!」
これはマグロの声。
そして、それをまとめるように遠くから響いてくる声・・・
「フルート、ゼン、ポチ。天空の国も、いつもおまえたちと共にある。我々天空の民の力と光を、しかと受け取るがいい」
天空王の声です。

闇の中に差し込む光が、どんどん強く明るくなっていきます。
それと同時に、フルートの胸の金の石も、強く輝き始めました。
闇の中が金色の光で満ちあふれ、外からの光と響き合うように、キラキラと輝き始めます。
金色の光がフルートたちを包み込んだとたん・・・


「あ、動ける!」
フルートのしびれていた体が、急に自由に動くようになりました。
「いやったぁ!」
ゼンも歓声を上げて飛び起きます。
「ワンワンワン! 元気が出てきました!」
ポチも嬉しそうにほえました。背中の傷はすっかり治っていました。

フルートの手の中で、光の剣がキラキラと輝き始めました。
ゼンの背中の矢筒でも、銀色の光の矢が、キラキラ輝いています。
フルートとゼンはうなずきあうと、それぞれに光の武器を構えました。


魔王は、急に差してきた光に目がくらんで、よろめいていました。
「行くぞ、魔王!」
フルートはそう言うと、魔王めがけて切りかかっていきました。
「むっ!」
魔王が黒い剣でそれを受け止めようとしました。
でも、フルートの光の剣は、光の中で力を取り戻していました。
羽のような軽さで魔王の剣をかわすと、魔王の脇をすり抜け、振り向きざまに魔王の背中を切りました。
「ぐおっ・・・な、なんの!」
魔王が魔法で自分の傷を治します。
けれども、それが治りきらないうちに、今度はゼンの光の矢が魔王の背中に突き刺さりました。
「ぐぉぉ・・・」
魔王は悲鳴を上げると、すさまじい顔つきで気合いを入れました。
背中の矢が溶けて、ぼとぼとと落ちていきます。
傷も、みるみるうちに治っていきます。
けれども、魔王は傷を治すだけで、かなりのエネルギーを使ってしまったようでした。大きかった魔王の体が、一回り小さくなっていきます・・・

「行けるぞ!」
ゼンが叫びました。
「光の武器でやられると、こいつはすごいダメージを受けるんだ!」
そして、ゼンは続けざまに光の矢を打ち込みました。
魔王が闇のバリアで矢を防ぎます。

「ワン! フルート、乗って下さい!」
ポチが風の犬に変身して、フルートの目の前に飛んできました。
「よし!」
フルートはポチに飛び乗ると、光の剣を構えて魔王の頭上に行きました。
魔王がフルートめがけて魔弾を撃ってきます。
けれども、ポチはひらりと身をかわすと、魔王の上に急降下しました。
「えーーーいっ!!!」
フルートは全身の力を込めて、魔王に切りつけました。
黒い闇のバリアが破れて、光の剣が魔王を切り裂きます。
魔王は、まるでろう人形のようにまっぷたつに切れて、黒い光を放ち始めました。
みるみるうちにその体が縮んでいき・・・

小さく小さく縮んでいき・・・

黒い光が消えたとき、後には一匹の小鬼がうずくまっていました。
年老いて、しわしわの、ちっぽけなゴブリンです。背丈はポチくらいしかありません。


フルートとゼンとポチは、目を丸くしながらゴブリンの前に立ちました。
「これがおまえの正体だったのかぁ」
とゼンが言うと、ゴブリンはぎょろりと目玉を動かし、いまいましそうにわめき始めました。
「よくもよくも・・・よくも、わしの夢を打ち砕いてくれたな! デビルドラゴンの血を飲んで、わしは無敵の力を手に入れていたのに! わしは魔王になったのに! そのわしが、なぜ、おまえたちのような子どもに敗れなくてはならんのだ!?」
すると、フルートが静かに言いました。
「ぼくには、おまえが負けたわけがわかるよ。・・・おまえはいつだって、他の誰かの力を自分のものにして、それを利用することしか考えなかった。いつだって、どんなときだって、おまえはひとりきりだったから、ぼくたちのように、助けてくれる仲間も、力を貸してくれる仲間もなかった。ひとりよりは大勢のほうが、いつだって強いものなんだよ」
「仲間!」
ゴブリンはあざ笑いました。
「仲間がなんだ! 誰だって、他人より自分のほうが大事ではないか! どんなに友だち面をしていたところで、自分が危ないとなれば、みんなたちまち態度を変えて自分の身を守り始めるぞ。みんな、自分こそが大事だからな。友情だと? 正義だと? 笑わせる、笑わせる・・・!」

そして、ゴブリンはいきなりフルートめがけて飛びかかってきました。
「こうなれば、おまえの力をいただいてやる! わしとおまえが合体すれば、誰もわしに手出しできんだろう!」
ところが、ゴブリンがフルートに飛びつく前に、フルートの胸で金の石が強く輝き出しました。
ゴブリンは、光にはねとばされて、闇の中に転がりました。
「ち、守りが強力か。それでは・・・」
ゴブリンは舌打ちをすると、今度はゼンに向かって飛びかかろうとしました。
けれども、それより早く、ポチが飛び出していって、ゴブリンにかみつきました。
また転がったゴブリンに、フルートが光の剣を振り下ろし、ゼンが光の矢を打ち込みました。

 ギャアアアアーーーーー・・・・・・・・・

闇にものすごい悲鳴が響き渡り、黒い炎が一瞬ぼっと燃え上がりました。

そして・・・

ゴブリンは跡形もなく消えました。


「やったね」
「ああ、やった」
「ワン、やりました」
フルートとゼンとポチは、顔を見合わせてうなずきました。
もう、どこにも魔王の気配はありません。
魔王はこの世から消滅したのです。

闇の中、フルートの金の石がキラキラ輝き続けていました。
そして、その中から、泉の長老の声が聞こえてきました。
「よくやった、フルート、ゼン、ポチ。皆が待っておるぞ。光をたどって、皆の元へ戻ってくるがいい」
金の石から、ぱーっと金色の光が前に出てきました。明るく行く手を照らします。
フルートたちは光の示す方向へ歩き出しました。
闇に差してくる光が、どんどん明るくなってきます。
どんどん、どんどん明るくなって・・・

フルートたちは無事、元の世界に戻ることができました。


というわけで・・・次回はいよいよ最終回です。
最後までよろしくお付き合いください。

(2003年10月29日)



前のページ   もくじ   次のページ