25.大渦巻き
海上には、魔王が合体したエレボスが起こした大きな渦巻き。
その渦のあちこちから、唐突に水の槍が飛び出してきます。
「うわ・・・わ・・・」
マグロに乗ったゼンが、渦に巻き込まれそうになって声を上げました。水の槍に串刺しにされてしまうかもしれません。
そのとき、フルートの頭に一つの考えがひらめきました。
「渦王、お願いです! この渦をもっと大きくして下さい!」
「なに・・・!?」
渦王は目をむいて驚きました。
フルートは言い続けました。
「渦をもっと激しくするんです! 魔王にもコントロールできないくらいに!」
それを聞いて、渦王は驚いた顔になり、それから、にやりと笑いました。
「なるほど。荒療治だが、効くかもしれんな」
そこで、渦王は呪文を唱え始めました。
呪文の声に合わせるように、渦巻きがどんどん大きく速くなっていきます。
なにしろ、王の名前は「渦王」。渦巻きは本来、彼の支配下にあるものなのです。
「ひゃー・・・助けてくれー・・・」
マグロとゼンが悲鳴を上げました。
ものすごいスピードでぐるぐると海上を回っています。
メールが空から花の網を投げてゼンとマグロを捕まえ、そのまま鳥に引かせて、渦の外に脱出させてやりました。
「あ・・・ありがとよ、メール」
ゼンがほっとしたように礼を言うと、メールは片目をつぶって見せました。
「おやすいご用。さっき助けてもらったお返しだよ」
それを聞くと、ゼンはちょっと苦笑いをしました。・・・借りなんて返してくれなくていいのにな、と考えているようでした。
海上の渦巻きは、ますます大きく速くなっていきました。
それにつれて、渦巻きの中央はどんどん深くなっていき・・・
とうとう、海底にある海王の城のてっぺんが見えるほどになりました。
もう、渦巻きから水の槍は飛び出してきません。
エレボスの姿も見えません。
海王の城の中から、青い水蛇のハイドラと銀の水蛇のネレウスが、吸い出されるように出てきて、渦に巻き込まれていきました。
この2匹も、もう戦うどころではありません。ぐるぐると渦と一緒に回転して、やがて、渦に溶けていくように見えなくなっていきました。あまりに渦の回転が速すぎて、蛇の姿をとっていられなくなったのです。
「ワン。これで魔王とエレボスをやっつけられないかなぁ」
とポチがつぶやきました。
「そうあってほしいけど、きっと、こんなことくらいでやられるような奴らじゃ――」
とフルートが言いかけたとき、渦の中から、ざばぁぁぁっ・・・!! と何か黒い大きなものが飛び出してきました。
魔王の顔をしたエレボスです。
ですが、その背中には黒い2枚の大きな翼があり、2本の腕と2本の足が生えていました。
エレボスは、水蛇から本来のドラゴンの姿に戻っていたのです。
「翼は前の戦いで切り落としたはずだぞ!」
とゼンが叫びました。
魔王−エレボスは、黒い翼をバサッバサッと打ち鳴らしながら空中に浮かぶと、不気味な笑いを見せました。
「わしと融合しているのだから、エレボスの翼を再生することなど、たやすいことだ。魔法も使うことができるぞ。それ!」
魔王が叫ぶと同時に、たちまち黒い影のようなかたまりが空中に現れて、ぐんぐんふくれあがっていきました。
そして――
バァァ・・・ン!!!
影のかたまりは、まるで花火のようにはじけると、たくさんの黒い魔弾を撃ちだしてきました。
魔弾はフルートたちに降りかかってきます。フルートたちはあわてて、ポポロに差す守りの光の中に逃げ込みました。
その光の中だけは、魔弾が届かないのです。
魔王がまた影を炸裂させます。
魔弾は雨あられと降りかかってきて、フルートたちはとても外には出られません。
すると、魔王が言いました。
「その光、天空の国から差しているのだな。では、天空の国を焼けば、その光も消えるというわけだ」
「やめて!」
ポポロが悲鳴のように叫びました。
けれども、魔王は天を振り仰ぐと、光が差してくる雲の隙間を狙って、口をかっと開けました。
そこから、太い黒い光がほとばしり、守りの光に当たりました。
ビシャァアァァアァァ・・・・・・!!!!!
稲妻が空を切り裂くときにも似た音が響き渡り、びりびりとあたりをふるわせました。
「天空の光と魔王の魔の光がぶつかり合っておる・・・!」
渦王が叫びました。
ここからでは見えないけれど、天空の国ではたくさんの人達が必死で魔法の力を合わせて、魔の光に対抗しているのでしょう。
けれども、海の半分の力まで手に入れた魔王の魔力は強大です。
みるみるうちに、黒い光は天空の金の光を圧倒して、上へ上へと上り始めました。
黒い光が雲の上に届いてしまえば、天空の国は魔王の魔力で破壊されてしまいます。
「ゼン、行こう!」
「おう!」
フルートとゼンは、光の武器を構えて飛び出していきました。まっすぐ魔王−エレボスに向かいます。
「あたいもいく!」
メールが花の鳥で後を追います。
皆でいっせいにエレボスにかかろうとしたとき・・・
ポポロの声が響きました。
「みんな! 下がって!!」
ポポロが、風の犬のルルの上に立ち上がって、まっすぐエレボスに向かって手を伸ばしていました。
フルートとゼンとポチは、はっとして、あわててエレボスから離れました。
メールが不思議そうな顔をして追いかけてきました。
「なんでヤツをやっつけないのさ!? 早くしないと、天空の国が・・・」
「レオコー!!!!!」
ポポロの声がまた空に響き渡りました。
すると。
空でゆうゆうと翼を打ち合わせていたエレボスの体が、一瞬のうちに凍りついてしまいました。
レオコーは、ポポロが使える最強魔法の一つ、敵を凍らせる魔法です。
しかも、ポポロの呪文はまだ続いていました。
「レオコー、テイツリオコ・・・ロケダク!!!」
ポポロの呪文の最後のことばが響いたとたん、
ガシャーーーン・・・・・・!!!
ガラスが砕けるような音をたてて、エレボスの凍ったからだが粉々に砕けました。
砕けた破片は、次々と海に落ちて沈んでいきます。
フルートたちはポポロを振り返りました。
「ポポロ、きみ、今日はもう一つ魔法を使っていたはずだろう? メールをもとの姿に戻すために。もっと使えるようになっていたの?」
フルートがたずねると、ポポロはただ恥ずかしそうにうなずきました。
犬のルルが、代わりに答えました。
「ポポロはね、またあなた達と戦うとき、もっと役に立ちたくて、この半年間ずっと魔法の修行を続けていたのよ。おかげでレベルアップして、一日2回まで魔法が使えるようになったし、魔法そのものも強力になったの」
「そうかぁ・・・」
フルートたちはすっかり感心してしまいました。
「魔王は死んだかな?」
ポチが海を見下ろしながら言いました。
しかし、海の上に立つ渦王が首を横に振りました。
「魔王はまだ生きておる・・・エレボスは粉々に砕けたが、魔王は寸前のところで自分だけを切り離したようだな」
すると、一度は消えかけていた海の渦巻きが、またいきなり激しく回り始めました。
前にも勝る勢いです。
「父上? どうしてまた渦巻きを作るのさ?」
メールが不思議そうにたずねると、渦王は答えました。
「わしがやっているのではない。魔王の仕業だ。・・・ヤツめ、何を考えておる」
すると、渦の中心から黒い影のボールのようなものがせりあがってきました。
その中から、魔王の声が聞こえます。
「フルートよ、いよいよこれで決まりだ。わしとおまえの一騎打ちと行こう」
影のボールの中に魔王の姿が見えてきました。魔の力でバリアをはっているようです。
フルートは光の剣を握り直して答えました。
「望むところだ! 行くぞ、魔王!」
「来い、フルート!」
言うと同時に魔王のバリアボールが空に浮かび上がって、自由に空を飛び回り始めました。
「ポチ!」
フルートはポチに魔王を追いかけさせました。
魔王が空中で向きを変え、フルートめがけて突進してきました。
魔王の手には大きな黒い刀が握られています。
フルートも光の剣を構えて急接近していきました。
刀と剣がぶつかり合った、と思った瞬間――
フルートとポチの体が、魔王の黒いバリアボールの中に吸い込まれ始めました。
「フルート!!」
「フルート、危ない!!」
見守っていた仲間たちはいっせいに声を上げました。
フルートとポチはどんどん黒いボールの中に吸い込まれていきます。
魔王の笑い声が響き渡りました。
「ははははは・・・かかったな、フルート! これできさまの命はわしの手の中だ!」
黒いボールは、フルートとポチをすっかり中に取り込むと、今度は急に小さくなり始めました。
ゼンは無我夢中でマグロの背中から飛び上がると、近くにいた花の鳥の背に飛び乗って、メールに言いました。
「あそこへ行くんだ! 早く!」
メールは、はっとして、あわてて花の鳥を黒い影のボールに近づけました。
ボールはどんどん小さくなって、今にも空から消えていきそうになっていました。
「フルート! ポチ!」
ゼンは花の鳥を蹴って、ボールに向かって飛び込んでいきました。
影のボールはゼンの体を吸い込むと、そのまま小さく小さくなって、空から消えていってしまいました。
魔王も、フルートも、ポチも、ゼンも、どこを見回してもいません。
後には青い海と空が広がっているばかり・・・・・・
残されたメールとポポロと渦王は、声もなく、ただお互いの顔を見合わせていました。
姿を消してしまった魔王とフルートたちは、どこへ行ってしまったのか・・・?
次回は、いよいよ本当の最終決戦です。
お楽しみに。
(2003年10月24日)
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