19.渦王
魔法で身動きができなくなったフルートたちに、銀の水蛇が近づいてきます。
魔王はそれを眺めながら笑い続けています。
「そうだ。全員の足を一本ずつ食ってやれ。次に全員の腕を一本ずつ。それから、またもう一本の足を・・・少しずつ食われていく痛みと恐怖を、チビ助どもに味わわせてやるのだ」
冗談じゃない!
フルートたちは叫ぼうとしました。
でも、声が出ません。本当に、まったく体が動かないのです。
水蛇がフルートのすぐ目の前に迫ってきました。鋭い牙の並ぶ口が、フルートの右足に近づいてきます。
すると。
突然、部屋の中にごおっと激しい水の流れが起こりました。
流れは突風のように部屋の中を通り抜け、銀の水蛇を押し返し、魔王をよろめかせました。
フルートたちも流れに巻き込まれて床に倒れましたが、その拍子に魔法が解けて、また体が動くようになりました。
フルートとゼンは素早く立ち上がると、剣や刀を構えながら、流れが来た方向を見ました。
・・・思った通り、渦王が台の上から起きあがって、魔王に向かって手をかざしているところでした。
今の流れは渦王が起こしたものだったのです。
「やれやれ、やっと動けるようになった」
そう言って、渦王はゆっくりと台から下り、フルートたちの方へ歩いてきました。
「かたじけない、フルート、ゼン、ポチ。おかげで助かったぞ」
「ぼくたちこそ、危ないところを助けていただきました」
とフルートは答えました。
その様子に魔王は歯ぎしりをして悔しがりました。
「おのれおのれ・・・まったく目障りなチビ助どもめ! かくなる上は、おまえたちを皆殺しにして、渦王の力をもう一度いただくまでだ! 行け、水蛇!」
魔王に命じられて、銀の水蛇がまた飛びかかってきました。
が、渦王が手をかざしたとたん、水蛇は見えない水の壁にさえぎられて立ち往生してしまいました。
渦王が見下すような目で言いました。
「兄上の水蛇のネレウスか。魔王の言いなりになるとは、まったくもって嘆かわしい。・・・来い、ハイドラ!」
渦王の声に応じるように、銀の水蛇の前に青い水が集まってきて、一匹の大きな水蛇に変わりました。青い水蛇・・・渦王の使うハイドラです。
青い水蛇のハイドラはと銀の水蛇のネレウスは、絡み合いもつれ合い、かみつき合って戦い始めました。
そのすさまじいこと。
太い蛇の尾が部屋の床を叩き、体が部屋の壁にぶつかるたびに、石が飛び散り天井から石が崩れ落ちます。
すると、フルートの胸の金の石がまた光って、フルートたちの上にバリアを張りました。
落ちてきた石がバリアに跳ね返されて脇に落ちていきます。
「おお、泉の長老の守りか。ありがたいな」
と渦王が言いました。
「でも、この金の石も魔王にはかないませんでした」
とフルートがちょっとしょんぼりして言うと、渦王は太い声で笑い出しました。
「なんの、こちらにはわしがいる。わしの力は、兄上の海王の力と五分五分だぞ。そこに泉の長老の守りがあって、なにより、勇者のおまえたちがいるではないか。わしたちと魔王のどちらが強いか、勝負だな」
それを聞いて、フルートとゼンとポチは、顔を見合わせてうなづき合いました。
魔王なんかに負けるもんか! みんなは心の中でそう叫んでいました。
魔王が呪文を唱えて激しい水の流れを作り出していました。
部屋の中のものを何もかも飲み込みそうな、大きな渦巻きです。
ところが、渦王が素早くそれに手を向けると、さーっと霧が晴れるように、大きな渦巻きが消えてしまいました。
「無駄だぞ、魔王。水の魔法ならわしの方が慣れておる。海王の力を手に入れたばかりのおまえに、その力が使いこなせるものか」
渦王はそう言って、からからと笑いました。まったく心強い味方です。
ところが、フルートたちが戦いに飛び出していこうとすると、渦王が引きとめて言ったのです。
「すまぬ。一つだけ聞かせてくれ。あれは・・・娘のメールは、どうなったのだ?」
フルートたちは、はっとしました。
ゼンがおずおずと胸当ての内側から緑色の貝を取り出して見せました。
「あの・・・メールは魔王の魔法で・・・・・・」
渦王は一瞬、何とも言えない表情をしました。深い深い悲しみの顔です。
でも、すぐに渦王は大きくうなづくと、ゼンたちに向かって言いました。
「よくぞここまで娘を連れてきてくれた。礼を言うぞ。この魔法は水の魔法ではないから、わしにも解くことはできん。頼む、魔王を倒して、娘を元に戻してくれ」
「はいっ!」
フルートとゼンとポチは声を合わせて返事をすると、いっせいに飛び出していきました。
部屋の向こう側に立つ、魔王に向かって――。
というところで、今日はここまで。
明後日のアップをめざして、続きをがんばりまーす。
(2003年10月9日)
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