10.作戦会議
さて、渦王はフルートとゼンとポチを館に招き入れると、大広間のテーブルの前に座らせました。
テーブルにはさまざまな海の食べ物が並んでいます。
魚料理、貝料理、海藻のサラダやスープ、温かい海辺で採れる珍しい果物・・・どれも、大陸育ちのフルートやポチには初めて見るようなものばかりでした。
それを食べながら、渦王とフルートたちの作戦会議が始まりました。
「兄上の海王が虹のサンゴ谷に立てこもっていることは、わしも連絡を受けていた」
と渦王が話し始めました。
「おまえたちとはぐれたマグロが、わしの元に立ち寄って、助けて欲しいと言ってきたからだ。そこで、勇者フルートをこの島に招こうと、水蛇のヒドラを迎えにやったのだが、ヒドラめ、勇者を間違えて、ゼンを連れてきおった」
すると、大広間の片隅を流れる水路から、突然青い大きな水の蛇がぬーっと現れて、フルートたちに向かって何度も頭を下げました。人違いをしてすみませんでした、と謝っているようでした。
「ま、俺は楽しかったけどな」
とゼンが言いました。元気で明るいゼンはたちまち島の住人たちに気に入られて、みんなと仲良くなっていたのでした。
「魔王が海に落ちてきたのは半年前だったんだけどね」
と今度はメールが話し始めました。
「ヤツがすぐ海底の岩山に隠れちゃったから、あたいたちは誰もそれに気がつかなかったんだよ。ヤツが突然、たくさんの怪物を送り出してきたのが1週間前のこと。伯父さんも海の連合軍もがんばったんだけど、負けちゃったんだよね。海中の生き物たちがなぞなぞしかしゃべれなくなったのは、そのときからだよ。無事だったのは、あたいたち、王のそばに住んでいたものと、王に作られた魔法の生き物たちだけさ」
「わしも兄上を助けに軍隊を繰り出すところだった。だが、わしたちが到着する前に、海王の城は魔王の手に落ちてしまったのだ」
と渦王が言いました。重い、悔しそうな声です。
「わしたちだけでは魔王には対抗できん。兄上と、外からの力の助けがなければ魔王は倒せない、と占いにも出た。だから、わしたちは待っておったのだ。外からの力がやってくるのを」
そして、渦王は、じっとフルートを見つめました。
フルートは、うなずきました。
「その力がぼくたちだと言われるんですね? もちろん、ぼくたちも魔王と戦います。一刻も早く虹のサンゴ谷に行って、海王と合流しましょう」
「ありがとう」
渦王は、本当に嬉しそうにそういうと、フルートの手を両手で握って握手しました。
渦王は、がっしりと大きい、温かい手をしていました。
それから、一同は作戦を練りました。
虹のサンゴ谷は、海の谷や岩山が複雑に入り組んでいる場所にあります。そこに行くまでには、激しい潮の流れや渦が邪魔している場所もあります。
「上からはサンゴ谷に入れないんだよ」
とメールが言いました。
「谷全体を嵐みたいな潮流が取り囲んでいるから、無理にそっちから入り込もうとしても流されちゃうんだ」
「虹のサンゴ谷に無事にたどり着けるルートは、たった一つしかない。そこを、我々は通り抜けて、兄上の元へ行く」
と渦王が言いました。
「わしはわしの軍勢を引き連れていく。海王の軍隊にも負けないくらいの精鋭揃いだぞ。兄上の元に残っている衛兵と合わせれば、かなりの勢力になるはずだ」
「でも・・・」
フルートは考え込むような顔で言いました。
「魔王はぼくたちが海王のところに行こうとしているのを知っていました。きっと、今だって、ぼくたちがここに来ていることに気がついているでしょう。ぼくたちが虹のサンゴの谷にまっすぐ行ってしまったら、魔王たちに谷の場所を知らせてしまうことになりませんか?」
「むろん、それは承知の上だ」
と渦王が答えました。
「だが、敵が攻めてくるとすれば、我々の後方からだけだ。そのときには、我々が後ろを向いて、敵を返り討ちにすれば良いだけのことだ」
「・・・・・・」
フルートとゼンは顔を見合わせました。
魔王の魔力は強大です。そんなことくらいでやっつけられるかな、と2人は思っていましたが、その場では口に出さないでおきました。
すると、メールが声を上げました。
「もちろん、あたいも一緒に行くからね! みんなと一緒に戦うんだ!」
「いや、おまえはダメだ」
と渦王が即座に答えました。
「おまえの魔力は花を操ることしかできん。海中にはおまえに使える花が咲いておらんからな」
「そぉんなぁ!!」
メールは金切り声を上げました。
「あたいは絶対に行くよ! 花が使えないなら、ナイフで戦うさ。あたいを甘く見ないでよね!」
「おまえこそ、戦闘を甘く見ている。おまえのような半人前が何を言うか。おまえは島で留守番だ。・・・いいな!?」
最後の「いいな!?」という渦王の声は、まるで雷のようにとどろいて、部屋中をびりびりとふるわせました。
さすがのメールも、青くなって黙り込んでしまいました。
「メールのヤツは、半分森の民なんだよ」
作戦会議が終わって、自分たちの部屋に戻ったとき、ゼンがフルートとポチに言いました。
「この島には海の民と森の民が半分ずつ住んでいてさ、渦王はもちろん海の民なんだけど、メールのおふくろさんは森の民だったんだ。メールが生まれてまもなく死んじゃったらしいけどな。で、メールはどっちかっていうと、森の民の血の方が強く出ているんだ。海の中でも自由に動けるけどさ、他の海の民ほど上手には泳げない。もちろん、戦う力だって、海の中ではたかがしれてる。渦王はそれが心配で、メールについてくるなって言ってるんだ」
「なるほどね」
フルートとポチはうなずきました。が、すぐに、フルートは心配そうに言いました。
「でもさ、あのメールがおとなしく島で留守番していたりするかな?」
「う、うーん・・・」
ゼンも、うなって腕組みしてしまいました。
「・・・きっと、渦王がちゃんとメールを残らせるさ」
とゼンは言いましたが、その声はちょっと自信がなさそうでした。
虹の谷に出発するのは、明日の早朝です。
「とにかく寝よう。体力を回復させておかないと、戦えないからね」
そう言うと、フルートとゼンとポチは、部屋のベッドに潜り込みました。
でも、あの魔王とまた対決することになるかと思うと、みんな、なかなか寝つけませんでした。
ふと、フルートはポポロを思い出しました。
天空の国で魔王と戦ったとき、フルートたちを助けてくれた、魔法使いの女の子ポポロ。
一日に一回しか魔法が使えなかったけれど、その魔力は魔王にも負けないほど強力でした。
あのときの戦いでは、天空の国の王から光の剣も借りることができました。
魔王の率いる闇の怪物たちには、光の武器がとてもよく効いたのです。
今、ゼンは光の矢を持っています。でも、フルートが持っている炎の剣では、魔王の軍団にはあまり効果がありません。
・・・でも、がんばるしかない。
フルートは自分自身にそう言い聞かせると、固く目をつぶりました。
渦王の軍勢はとても強いらしいから、きっと、魔王と互角に戦えるだろう。
だって、ここは海の中。海の軍勢の方が強いに決まっているんだから・・・・・・
そんなことを考えるうちに、フルートはとろとろと眠っていきました。
ゼンとポチも、もうぐっすりと眠っていました。
渦王の島は、つかの間の静けさに包まれていきした・・・。
というところで、今日はここまで。
次は日曜日にアップの予定です。
(2003年9月19日)
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