8.渦王の館
渦王の館(やかた)は、島の真ん中にありました。深い森の中、大きな青い湖が広がっていて、その真ん中の島に宮殿のような大きな屋敷が建っていたのです。
湖に近づくと、潮の香りがぷんとしました。海水の湖なのです。水の中には、クラゲやタコ、ヒトデといった海の生き物がたくさんいました。
「この湖は海に通じているんだよ」
とメールが、花のトラの背中にまたがったまま、一面の湖を指さして見せました。
「湖の底にトンネルがあって、普段はそこを通って海に出るのさ」
どうやら、魔の森の長老の泉と同じ仕組みになっているようです。
「ゼンは館の中にいるんだね?」
とフルートはメールに聞きました。
「いるいる、元気なもんさ。人違いされて連れてこられたって全然平気なんだから、たいしたヤツかもね」
「人違いだって?」
フルートが驚くと、メールが、あははっ、と笑いました。
「ヒドラのヤツったら、馬鹿なのさー。ああ、ヒドラってのは、父上の水蛇の名前だよ。勇者を連れてこい、って命令されたら、あんたじゃなく、水の防具をつけてたゼンの方を勇者だと思って連れてきちまったのさ。水の生き物にとっては、水のアイテムを身につけてるヤツの方が偉く見えるからね」
「水の防具?」
フルートは目を丸くしました。ゼンはそんなものを持っていたっけ・・・?
そして、思い出しました。
ゼンの身につけている青い胸当てと盾は、前の戦いの時、東の国の城に住むノームの鍛冶屋に強化してもらったものです。
魔法のサファイヤをちりばめたのですが、そのサファイヤは水にとても強い、とノームは言っていました。水の魔力を持つサファイヤだったのです。ゼンの胸当てや盾は、ゼンも知らないうちに、水系の防具になっていたのでした。
実は、魔法の真珠を吐き出してしまったゼンが海の中で生きていられたのも、その胸当てのおかげでした。水の胸当てをつけていると、水中でも普通に息ができるようになって、決して溺れなくなるのです。
「さ、行くよ」
メールはそう言うと、さっと手を振りました。
とたんに、フルートたちの下で、ざーっと花のトラが崩れ始めました。
トラはたちまち1羽の大きな鳥に姿を変え、花の翼を打ち合わせて空に舞い上がります。
ばさっ、ばさっ、ばさっ・・・
鳥はたちまち湖を渡り、真ん中の島に建つ、渦王の館の中庭に舞い降りました。
花の鳥の背中で、フルートはとまどってまわりを見回しました。
そこは、四角い石を敷き詰めた庭で、庭のまわりをぐるりと水路が取り囲んでいます。海水が流れる水路です。その水路の中にも、水路の外の石の上にも、たくさんの生き物たちがいました。タコ、カニ、エビ、魚・・・といった海の生き物たち、頭が魚で体が人間、全身をウロコで覆われた半魚人たち、反対に上半身が人間で下半身が魚の人魚たち・・・人魚はみんなとても美しい女の人の顔をしていました・・・青い衣を着た人たち、みどりの衣を着た人たち、そして、フルートたちが見たこともないような不思議な姿の怪物たち・・・
みんな、この島の住人たちでした。
そして、いちだんと高い場所には椅子があって、そこに立派な服を着た男の人が座っていました。男の人は青い髪に青い瞳、頭に小さな金の冠をつけて、ウロコのような模様の長い衣を着ています。
その男の人が、海王の弟で、メールのお父さんの渦王でした。
メールが、またさっと手を振りました。
すると、フルートたちが乗ってきた花の鳥がざーっと崩れて、たくさんの花になり、風と一緒に吹き飛ばされていきました。
後には、フルートとポチ、メール、そしてずっとついてきていたウミツバメだけが残されました。
「父上、連れてきたよ。これが金の石の勇者のフルートさ。それから、風の犬に変身できるポチと、ここまで勇者を連れてきたウミツバメだよ」
とメールが渦王に向かって言いました。
渦王はうなずくと、まずウミツバメに向かって言いました。
「魔王の魔法にかかって、なぞなぞしか言えない身でありながら、よくここまで道案内してきた。褒美に、おまえがこの島に住むことを許可するぞ」
ウミツバメは渦王に向かって深々と頭を下げると、フルートをちょっと振り向いてから、そのまま島のどこかに飛び去っていきました。
友だちのウミツバメが行ってしまったので、フルートはちょっと寂しいような気がしました。
そのとき、渦王の隣に一人の男の子が現れました。
青いサファイヤをちりばめた胸当てと盾を身につけ、背中にエルフの弓と矢筒を背負った少年・・・そう、ゼンです。
「ゼンー!」
フルートとポチは喜んでゼンに駆け寄ろうとしました。
ゼンは元気そうです。渦王にもらったのか、新しい青いサークレット(頭にはめる輪)をつけ、腰には立派な刀も下げています。
すると、渦王がゼンに向かって言いました。
「よし、ゼン。フルートと戦うのだ」
「えっ!?」
フルートとポチはびっくりして立ち止まりました。
けれども、もっとびっくりしたことには、ゼンが渦王の言うとおり、刀を抜いてフルートに近づいてきたのです。
青くとぎすまされた刃は、まるで氷のように光っています。
「ゼン! ゼン! どうしちゃったんだよ!?」
フルートは必死で呼びかけましたが、ゼンはまったく返事をしません。
ただ、刀を手に、じりじりとフルートに近づいてきます。
「さあ、面白くなってきた」
そうつぶやいて、メールがフルートから離れていきました。ニヤニヤと楽しそうに笑っています。
フルートはゼンに押されるように、じりじりと後ずさりして、とうとう庭の水路のところまで追いつめられてしまいました。
庭中に集まっていた島の住人たちが、いっせいに声を上げました。
「いけー! ゼンー! フルートをやっつけろー!!」
島中を揺るがすような大歓声です。
フルートとポチは、もう、何がなんだか分からなくなっていました。
渦王は海王の弟だから、渦王も島の住人たちもみんな味方だろうと思っていたのに・・・
「ゼンは魔法にかけられたんだ」
とフルートはポチに言いました。
「そうに違いない。だから、ぼくたちが分からないんだ。ゼンの魔法を解かないと」
そう言うと、フルートは素早く身をかわしました。
ゼンが振り下ろした刀が、すぐ脇をかすめていきます。
「くっ・・・」
フルートは歯を食いしばると、ゼンの第二撃をダイヤモンドの盾で防ぎました。
カキーン!
鋭い音が響き渡ります。
「だめだ。このままじゃ本当に殺される」
フルートはそう言うと、背中から自分の剣を抜きました。
手に取ったのは、炎の剣ではなく、ノーマルソードのほうでした。
「ゼン、目を覚ませ!!」
そう言うと、フルートは自分からゼンに飛びかかっていきました。
というところで、今日はここまで。
次は水曜日にアップの予定です。
(2003年9月15日)
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