7.花畑の戦い
渦王が住むという島は、海の真ん中にぽつんと浮かんでいました。
小さな島だけれど、緑の森があって、白い砂浜の入り江があります。
・・・入り江というのは、陸地がぐぅんと引っ込んで、海が入ってきているところね。
フルートとポチを乗せた波の馬は、その入り江の砂浜にフルートたちを下ろして言いました。
「渦王様は島の真ん中にある、水の館(やかた)に住んでいます。私たちは波の馬だから、陸地を一緒に行くことはできませんが、代わりにこのウミツバメがあなたたちを案内します。渦王様はちょっと乱暴な方だけれど、決して悪い方ではありません。どうか協力して、魔王を倒してください。お願いします」
そう言って、波の馬たちはまた海の向こうへ帰っていきました。
「ありがとう! さようならー!」
フルートとポチは、馬たちの姿が見えなくなるまで、砂浜に立って見送りました。
さあ、渦王に会いに行かなくては。
フルートとポチは、ウミツバメの後について、森の中へと入っていきました。
ポチは犬の姿に戻っていたので、歩きながらひくひく鼻を動かしては、「なんか、すごくいい匂いがするなぁ」と言っていました。
「どんな匂い?」
とフルートが聞きました。
「うーんとね・・・花の匂いかな。香水の匂いかな。いろんな種類の花の香りが、いっぱい混じっているよ」
とポチが答えました。
「花畑があるのかな?」
フルートがそう言ったとき、目の前が急にひらけて明るくなりました。
森の中に木のない空き地があって、本当にそこに花畑があったのです。赤、白、青、紫、ピンク、黄色、オレンジ・・・色とりどりの花が咲き乱れています。
「きれいだねー」
フルートたちがあたりを眺めながら花の中を歩いていると・・・
突然、花畑の真ん中から怪物が現れました。
見上げるような大男。ところが、その体は全部花でおおわれていて、目と口だけが花の中から見えているのです。
「な、なんだ、こいつは?」
フルートは素早く炎の剣を抜いて身構えました。
すると、大男がくわっ、と大きな口を開けて、フルートに向かって息を吹きかけてきました。フルートは、とっさにダイヤモンドの盾をあげて、それを防ぎました。
カンカンカン・・・!!
盾に堅いものが当たる音がして、何かがぱらぱらと足下に落ちました。
それは、ガラスのように堅い花でした。茎の先がまるで針のように鋭くなっています。大男は、針の花を口からフルートめがけて吐き出してきたのです。
くわっ! 大男が今度はポチめがけて口を開けました。
「ポチ、危ない!」
フルートはポチに駆けつけようとしましたが、それより早く、大男が針の花をポチめがけて吐き出してきました。
でも、大丈夫。ポチはたちまち風の犬に変身して、ごおっとつむじを巻いて空を駆けました。
針の花は、つむじ風に巻き取られて、あっという間に空のかなたに飛ばされてしまいました。
それを見た花の大男は、今度は素手でフルートにつかみかかってきました。
花でできた手なのに、すごい力です。
フルートは高々と持ち上げられて、そのまま放り出されてしまいました。
「わーっ!」
でも、これも大丈夫。風の犬のポチがすぐに飛んできて、フルートが地面にたたきつけられる前に背中に拾い上げてくれました。
「フルート、あいつ、体は大きいけど動きは鈍いですよ」
とポチが言いました。
「わかった。あいつのまわりを素早く飛び回ってくれ」
フルートはそう言うと、剣を構えながらポチの背中に立ち上がりました。
そして、大男のすぐわきを通り抜けながら・・・
ズバッ!
大男の首を切り落としました。
バッ!
大男の首は、何百という花に変わって、バラバラと花畑の上に散っていきました。
大男は全身が花の塊でできているようです。
ポチが空中でUターンして、また大男に迫りました。
ザシュッ!
フルートは今度は大男の胴体をまっぷたつ。
バラバラバラ・・・
まるで砂でできた山が崩れるみたいに、大男の体が崩れて、花になっていきます。
たくさんの花が、虹色の雨のように花畑に降り注ぎます。
そして、花の雨がすっかり消えたとき、その後には一人の女の子が立っていました。
目は海の色のような深い青。長い緑色の髪を後ろでひとつに束ねて、花畑のように色とりどりのシャツとウロコのような模様のズボンを身につけています。
年はフルートより少し上のようです。
その子がフルートたちに向かって言いました。
「あーあ、まいったまいった。あんたたち、強いねぇ」
言葉づかいはちょっと乱暴だけど、悪い人ではない感じです。
フルートはポチの背中から地面に下りると、女の子に聞きました。
「君は誰だい? なんでぼくたちを襲ったのさ?」
すると、空の高いところから様子を見ていたウミツバメが、さーっと舞い降りてきて言いました。
「なぞなぞ、なぞなぞ。この女の子は渦王の家族。だけど、息子じゃない。奥さんでもない。いとこでもないし、おばさんでもない。この女の子は、だーれだ?」
そのとたん、女の子がウミツバメを捕まえて、首根っこをぎゅっと締めつけました。
「うるさいね、ウミツバメ! そんなの、渦王の娘なのに決まってるじゃないか! もうちっとマシで気がきいたなぞなぞをお出しよ!」
ウミツバメは目を白黒させてピイピイ鳴きましたが、女の子が手を離すと、あわてて空の上まで飛んで逃げました。なかなか元気な・・・というか、おてんばな女の子みたいです。
女の子は、フルートに向かって言いました。
「あたいはメール。渦王の一番下の娘さ。あんたたち、フルートとポチだろ。父さんに言われて迎えに来てやったよ。ついでに力試しもさせてもらったけどね。ま、勇者というだけあって、けっこう強いじゃないか。これなら、父さんにも気に入られるかもね」
「渦王は強い人が好きなの?」
とフルートは聞きました。
「大好きさ。あたいも強い男が大好きだよ。ねぇさぁ、あんたと、あのゼンって子と、どっちが強いの?」
それを聞いて、フルートははっとしました。
「ゼンはやっぱりここにいるんだね!? ゼンは無事なの!?」
「無事もなにも」
とメールは笑いました。
「父さんとすっかり仲良くなっちゃってさぁ、一緒になって海に狩りに行ったり一緒に競技場に行ったりして楽しんでるよ」
「競技場?」
「スライムレースとか、大ダコと大イカのレスリングとか、いろいろあんのさ。あんたも行くかい?」
フルートは首を横に振りました。
なにもない平和なときなら、そういう遊びも面白そうだけれど、今は海を襲っている魔王を倒すことのほうが先決です。
「ゼンに会わせて」
とフルートは言いました。
「真面目だねぇ」
メールはくすくす笑うと、花畑に向かって呼びかけました。
「おいで、花たち! 館(やかた)に行くよ!」
すると、花畑で咲き乱れていた花が、いっせいにざーっと集まってきて、目の前で一頭の大きなトラの姿になりました。花のトラです。
びっくりしているフルートたちに、メールが笑って言いました。
「あたいは ”花使いのメール”って呼ばれてんだ。さっ、お乗りよ。大丈夫。あたいが一緒なら、トラは噛みついたりしないから。ウミツバメ、あんたもおいで! さっさとしないとおいてっちゃうよ!」
そう言われて、空からウミツバメも飛んできました。
花でできたトラは、背中にメールとフルートとポチを乗せ、頭にウミツバメをとまらせると、風のような勢いで森の中を走り始めました――
というところで、今日はここまで。
次は月曜日にアップの予定です。
(2003年9月13日)
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