「勇者フルートの冒険・3 〜謎の海の戦い〜」        

2.出発

町を出て数時間後、フルートとゼンとポチは、魔の森の真ん中にある、泉のほとりに立っていました。
途中、怪物が全然現れなかったので、ゼンが拍子抜けしたように言いました。
「なぁんだ。全然、魔物が出てこなかったじゃねぇか。どうしてここが魔の森なんだよ?」
「ここは泉の長老の森さ。悪い人や関係ない人が森に入ろうとすると、長老がよこした怪物に追っ払われるんだ。ぼくたちは長老に呼ばれたから、無事にここまで来られたんだと思うよ」
とフルートは答えました。

すると、泉の中央からゴボゴボと水が噴き上げてきて、泉の上にひとりのおじいさんが現れました。
長い白い髪とひげの、泉の長老でした。
「よく来てくれた、フルート、ゼン、ポチ」
と長老は言いました。
ゼンは長老と会うのが初めてだったので、目を丸くしました。
「あれ? なんで俺のことも知ってるの?」
すると、長老が笑いました。
「わしは水の守り主じゃ。わしの泉は世界中のどこの水ともつながっている。水の近くや水の中で起こっとることは、なんでも知っておるぞ」
それを聞いて、ゼンはちょっと青くなりました。
「・・・じゃ、この間、俺が川に小便をして、父ちゃんに大目玉食らったのも・・・?」
「もちろん、見ておった。水は清いものじゃ。たくさんの命を育んでおる。汚してはいかんぞ」
と長老に言われて、ゼンは、うひゃぁ、と首をすくめました。


「さて、お前たちを呼び寄せた理由じゃが」
と長老が言いました。
「実は、このものが助けを求めてやってきたのじゃ。ぜひ会って、話を聞いてやってくれ。世界の一大事なのじゃ」
「世界の一大事?」
フルートたちが驚いていると、突然泉の中から1匹の魚が飛び出してきました。
その大きいこと! 頭の先からしっぽまで、ゆうにフルートの背丈の2倍はあります。
魚は体を青黒く光らせながら空中で一回転すると・・・ザッパーーーン!!!・・・また泉に飛び込みました。
大きなしぶきが高々と上がり、ゼンもポチもフルートも、頭から水をかぶってずぶぬれになりました。
「うひゃあ!」
「キャン!」
「うぷっ・・・なんだ、この水!? しょっぱいぞ!」
フルートが驚いて言いました。顔にかかった泉の水をなめたら、とてもしょっぱかったのです。

「これは海にすむマグロという魚じゃ。今、この泉は海とつながっておる」
と長老が言いました。
「海!」
フルートたちはまたびっくり。大陸育ちのフルートたちは、湖や沼や泉は知っていましたが、海はまだ一度も見たことがなかったのです。

すると、マグロが泉の上にまた顔を出しました。
そして、金の鎧を着ているフルートを見ると、その前まで泳いできて、深々と頭を下げました。
「はじめまして、金の石の勇者様。私は、海を治める海王様に命じられて、あなた様にお願いにまいりました。今、海に恐ろしいことが起ころうとしております。私たちではとても対抗できません。どうか、お助けください」
マグロの大きな丸い目が、じっとフルートを見つめていました。とても真剣で一生懸命な目でした。マグロの顔は水でぬれているのでよく分からなかったのですが、もしかしたら涙も流していたのかもしれません。

フルートは泉の縁に膝をつくと、マグロに向かって話しかけました。
「海に何が起こっているの? ぼくたちに、何かできることはあるのかな?」
「恐ろしい敵が現れたのです」
とマグロは言いました。
「そいつは、ある日突然、空から落ちてきて、そのまま海底の岩山に隠れました。・・・ええ、海の中にも山はあるんですよ。谷だって、平野だって、花畑だってあります。海の中はそれは美しい世界なのです。そいつは、美しい海を自分のものにしようと考えました。そして、海の中の生き物たちを怪物に変えて、海の住人を襲い始めたんです」
マグロの声は真剣そのものでした。フルートたちは何も言わずにマグロの話に聞き入りました。

「我々は海の連合軍を作って戦いましたが、怪物たちの力にはかないませんでした。とうとう、海王様の城は乗っ取られて、我々は、虹のサンゴ谷に隠れすむようになりました。でも、そこが敵に見つかってしまうのも時間の問題です。そこで、海王様は友だちの、天空の国の王様に相談しました。天空の国の人たちは海の底まで助けに来ることはできませんが、代わりに、金の石の勇者のことを教えてくれました。それで、泳ぎが早くて力が強い私が、助けを求めにここまでやってきたのです」

「・・・おい」
と、ゼンがフルートを後ろからつつきました。
「なんかさ、その敵って、誰かに似ていると思わないか? 世界を乗っ取って自分のものにしようとするとか、いいヤツを怪物に変えて襲わせてくるとか、城を乗っ取ってしまうとか・・・まるで・・・」
「うん、あいつのやり方にそっくりだ」
と、フルートも言いました。
あいつ。
天空の国を自分のものにしようとして、すべての魔力を奪い、おとなしかった風の犬を凶暴な怪物に変えて地上の世界を襲わせていた、恐ろしいあいつ・・・

「その敵の名前はわかりますか?」
とフルートはマグロに聞いてみました。
マグロは、ぶるっと身震いをすると・・・怖かったんだね・・・震える声で言いました。
「そいつは自分を『魔王』だと言っています。空からは、大きな黒いドラゴンも落ちてきました。そいつは海の中で一匹の大蛇に変わったらしいです。今は、魔王の住む城を守っています」

やっぱり! とフルートたちは顔を見合わせました。
あのとき、天空の城の上空でフルートたちと戦って敗れた魔王は、まっすぐ海に落ちていって、そのまま、今度は海を襲い始めたのです。
「放ってはおけない!」
とフルートはすぐに立ち上がりました。 「急いで助けに行かなくちゃ! 行くよ、ゼン、ポチ!」
「おうとも!」
「ワン!」
ゼンとポチも威勢よく返事をしました。
・・・が、すぐにみんなは、はたと気がつきました。

「海の底の城っていうと、水の中だよね。ぼくたち、そんなに長く息が続かないよ。泳ぎだって、そんなに得意じゃないし・・・」
とフルートが言うと
「俺はカナヅチだ」
とゼンが困ったように言いました。カナヅチ、というのは、全然泳げない人のことです。
「キューン、ぼくも水の中では風の犬に変身できません」
ポチも困った顔で言いました。
フルートたちは陸の生き物。海の中では生きられないのです。

すると、マグロが言いました。
「海王様からお預かりしてきたものがあります。これがあれば大丈夫ですよ」
そして、マグロはヒレの下に抱えていた小さな箱をポイッと泉の岸に投げ上げてきました。
フルートが箱を開けてみると、中には綺麗な青い真珠が3粒入っていました。
「人魚の涙、と呼ばれる魔法の真珠です。これを飲めば、陸のものも水の中で我々と同じように息ができるようになります」
そこで、フルートたちは粒の薬を飲むように、それぞれ真珠を一粒ずつ飲みました。
「うえ〜。俺、薬は大キライなんだよな。いつも途中で引っかかるんだ」
とゼンはブツブツ言いましたが、それでもがんばって真珠を飲み込みました。

「水の中では動きも陸上のようにはできないものじゃ」
と泉の長老が言いました。
「わしからは、この魔法を贈ろう。水の抵抗に負けることなく、動けるようになるじゃろう」
そう言って、長老はフルートたちに向かって手を振りました。
キラキラッと水しぶきのような光がほとばしって、フルートたちの上に降りかかりました。でも、少しも冷たくありません。
見た目には何も変化がないので、これで本当に魔法がかかったのかな? と、フルートたちはちょっと心配になりました。

「さあ、行くがよい」
と長老が言いました。
「海の声を聞き、水の力を借りるのじゃ。水は命の源。上手に水の力を借りながら戦えば、必ず水はお前たちに味方してくれるじゃろう」
「ありがとう、長老」
フルートはお礼を言うと、泉の縁に立ちました。ゼンとポチもそれに並びます。
そして、2人と1匹は、せーの、で水に飛び込みました。

「あれっ?」
フルートたちはびっくりしました。
水に飛び込んだのに、体や服がぬれた気がしません。まわりの水も、全然冷たく感じられません。
泉の長老の魔法の力でした。

マグロが言いました。
「私が皆さんを海王様の元へお連れします。水にもぐって、私のヒレをしっかりつかんでください。いいですか、絶対に手を離さないでくださいよ」
そこで、フルートたちは泉の中にもぐって、マグロの背ビレにしがみつきました。確かに、水の中でも普通に息ができます。
小犬のポチはヒレにしがみつけなかったので、フルートのリュックサックの中にもぐり込みました。
「準備はいいですか? では、行きますよ!」
そう言うと、マグロは身をひるがえし、ものすごい勢いで泉の底めざして泳ぎ始めました。その速いこと! まるで弾丸のようなスピードです。
泉の底には暗い深いトンネルが、ぽっかりと口を開けていました。
海の水は、そこからわき出しています。きっと、海につながっているのでしょう。
マグロはフルートたちをしがみつかせたまま、まっすぐにトンネルの中に飛び込んでいきました――


いよいよ冒険の旅が始まりました。今回の行き先は海。どんな旅になるでしょう。
この続きはまた明後日の予定です。

(2003年9月3日)



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