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第28巻「闇の竜の戦い」

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224.大団円

 荒野を近づいてくる幌馬車から、メールやポポロが大きく手を振っていました。ゼンは御者席で二頭の馬の手綱を握っています。

 フルートとポチが喜んで出迎えようとすると、馬車の中から変身したルルが飛び出してきました。つむじ風のように飛んでくると、雌犬に戻ってポチを押さえ込んでしまいます。

「ワン、な、なに急に? どうしたのさ、ルル?」

 驚くポチに、ルルは牙をむいてどなりました。

「どうしたのじゃないわよ! あなた、白い石の丘のエルフのところに行って、賢者の修行をするつもりなんですって!? ゼンから聞いたわ! どうしてひとことも教えてくれなかったのよ!」

 ルルがかんかんに怒っているので、ポチは返事ができません。

 そこへ馬車が到着しました。

「悪ぃ、ポチ、フルート。着くまで内緒にしておくつもりだったんだが、こいつらがやたら鋭くてよ」

 とゼンが少女たちを指さすと、メールが馬車から降りながら言い返しました。

「ゼンは隠し事が下手すぎんだよ! でもさ、ホントかい、ポチ? ホントにひとりだけで白い石の丘に行くつもりなのかい?」

「本当です──。隠してたわけじゃないよ、ルル。直接ぼくの口から言うつもりだったんだ。そんなに怒らないで」

「だって、だって……!」

 ルルはまだ目に涙を浮かべて腹をたてています。

 フルートがなだめるように言いました。

「ぼくやゼンも昨日ポチに教えてもらったばかりなんだよ。しばらく前から考えていたらしいんだけど、とうとう決心したんだってさ」

 ルルが足を下ろしてくれたので、ポチはやっと立てるようになりました。ぺろりとルルの顔をなめてから話し出します。

「悩んだんだけどね。ぼくはやっぱりもう一度エルフのところに行って、あそこにある膨大な本を読んでみたいんだ。あそこには世界中の知識と歴史がぎっしり詰まってる。ぼくはそれが知りたいし、世界がどんなふうになっていて、どんなふうに動いているのかを考えてみたい。それって賢者になりたいってことなのかな、と思ったし、だとしたら、白い石の丘のエルフに弟子入りするのが一番いいのかな、と思ったんだよ」

「エルフはポチを弟子にしてくれると思う?」

 とフルートはポポロに尋ねました。ポポロは以前、天空の国から迷子になったときに、数か月間白い石の丘でエルフと一緒に暮らしたのです。

 ポポロは首を傾げました。

「おじさんは弟子は取らないのよ。ただ、おじさんの元に来たものは絶対追い返さないわ。『何かの役目があって自分のところに来たのだから、また旅立つまでは、ここにいていいんだ』っていつも言っていたの。だから、ポチのことも受け入れてくれると思うけど……エルフたちが言う賢者って、なるのがとても大変なのよ。修行にとても長い時間がかかるんですって。一生修行する人もいるって聞くわ」

 一生……とフルートたちはポチを見ました。ルルはまた泣きそうになります。

 ポチはぺろりとまたルルの顔をなめました。

「もちろん一生修行するつもりはないよ。ただ、やりたいことをあきらめたくはないんだ。知りたいことも学びたいこともたくさんあるし、それを知ることで、もっともっとみんなの役に立てるかもしれないから」

 大真面目に話すポチは、途中で一度もワン、と鳴きませんでした。鼻面が伸びてきた頭は、だんだん大人の犬の顔になってきています。

 

 ルルは本当にまた泣きそうになって、ぐっとそれをこらえました。ぶるるっと身震いすると、頭を上げて言います。

「わかったわ、ポチ。それだけ決心してるなら許してあげる。その代わり私も一緒に行くわ。白い石の丘のエルフのところに」

 えっとポチは声を上げ、仲間たちも驚きました。

「それって、ルルもポポロから離れるってことかい?」

 とメールが尋ねます。

 ポポロは目を大きく見張っていました。急な話に今度はこちらが泣きそうになっています。

 そんなポポロをルルは優しく見上げました。

「大丈夫よ。私だってずっと離れてるわけじゃないわ。それに、ポポロにはもうフルートがいるもの。私がそばにいなくたって大丈夫だわ」

 ポポロはフルートと顔を見合わせました。赤くなった拍子に涙は引っ込んでしまいます。

 ポチがくんくんとルルの匂いを嗅いでから言いました。

「本気で言ってくれてるんですね、ルル。だとしたら、ぼくも嬉しいな」

「もちろんよ! あなたと何年も離れるなんて絶対嫌だもの!」

 とルルはポチをなめ返します。

 えぇっと……とメールは首をひねりました。

「ポチとルルが白い石の丘に行っちゃったらさ、フルートとポポロはどうやって会えばいいんだい? フルートは地上にいるし、ポポロは天空の国だろ? 会いたくても会えなくなるじゃないか」

 それはそのとおりでした。デビルドラゴンとの最後の戦いから三ヶ月が過ぎていますが、それまでの間、フルートとポポロはポチやルルに乗って、何度も互いの家を行き来していたのです。二匹が行ってしまったら、その手段がなくなってしまいます。

「じゃあ、今度はレオンに頼んでビーラーに運んでもらうのはどうだ?」

「レオンは天空王になる勉強が始まって忙しいんだよ。なかなか会えないってペルラが愚痴ってたからね」

 とゼンとメールが話し合います。

 すると、ポポロが急に決心の顔になりました。

「あたしも地上に降りるわ。フルートのご両親にお願いして、一緒にいさせてもらう。いつかはそうさせてもらうつもりで、魔力の制限を申請していたんだもの。予定が少し早くなるだけだわ」

「魔力の制限? そんなのが必要なのかい?」

 とメールが聞き返しました。

「ええ、天空の民が地上に降りて暮らそうと思ったら、魔力を制限してもらわなくちゃいけないのよ。そうしないと地上を混乱させちゃうから。あたしの魔力はイベンセに奪われて弱くなったけど、それでも人間界で暮らすには強すぎるわ。だから、天空王様に制限をお願いしていたの……。でも、平気よ。あたしは元々魔法が二回しか使えないし、昔は魔法がものすごく下手だったから、魔法を使わないで生活するやり方を、お母さんからいろいろ教わってきたんだもの。地上に降りたって大丈夫だわ」

 ひゅぅ! とゼンは口笛を鳴らしました。

「するってぇと、フルートとポポロは親公認で同棲か! それとももう結婚しちまうとか? ポチとルルもエルフんとこで一緒になるし。ん? てぇことは俺たちが一番最後なのか。ちぇ」

「しかたないだろ。ゼンたちドワーフは十八になるまで結婚できないんだからさ」

 とメールが言うと、フルートが顔を赤くして言いました。

「ぼくたちだってそうだよ。ロムド国では男は十八にならないと結婚を認めてもらえないんだ。女性は十六から結婚できるけど」

「お、同じだったか。いいぞ、お互いもう少し我慢しようぜ」

 とゼンが意味ありげに言ってフルートの肩に手をかけたので、何をだよ!? とフルートが言い返します。

「あたしは地上の暮らしのことをもっともっと知らなくちゃいけないわ。フルートのお父さんやお母さんから、いろいろ教えてもらわなくちゃ……。フルートと一緒に生きていけるように」

 とポポロが真剣な顔で言ったので、フルートはますます赤くなります。

 

「ワン、それじゃまずロムド城に行きましょう。そのあとのことは馬車の中でゆっくり話すことにして」

 とポチが言いました。彼らはロムド城で執りおこなわれる式典に出席するために集まったのです。

 たちまち賑やかなやりとりが始まりました。

「おっ、そうだそうだ。早く出発しねえと間に合わなくなっちまうぞ」

「白さんと青さんの結婚式だもん、絶対出なくちゃだよね!」

「白さんの花嫁姿、綺麗でしょうねぇ……」

「あ、でも、結婚しちゃったら白さんは魔法軍団を辞めなくちゃいけないんでしょう? 白さんは神官のままでは結婚できないし、神官をやめたら魔法も使えなくなるって聞いたわよ」

 すると、フルートが言いました。

「それが大丈夫になったんだよ。ミコンの宝物殿に秘蔵の杖があるらしくてね、強い魔力を持つ人が信仰と共にそれを使うと、神官の契約がなくても聖なる魔法が発揮できるらしいんだ。世界を守って戦った褒美として、大司祭長が白さんにその杖を貸与してくれることになったんだよ。貸与は一代限りで、白さんが魔法使いをやめるときにはミコンに返さなくちゃいけないんだけど、とりあえず白さんは結婚してからもロムドの四大魔法使いだし、魔法軍団の長でいられるんだ」

「へぇ、良かったじゃん!」

「それならロムドはこれからも安心ね!」

「まったくだ。大司祭長も味な真似するよな」

 口々に喜ぶ仲間たちの横で、ポポロがそっとフルートの袖を引きました。

「その杖、ミコンじゃなくて天空城にあるものだわ……。もしかして、フルートのしわざ? フルートは今回の戦いのご褒美を何も受け取らなかったでしょう? 自分のご褒美をお願いする代わりに、天空王様に頼んで、大司祭長を通じて白さんが杖を使えるようにしたんじゃないの……?」

 フルートは思わずにっこりしました。ポポロが推察したとおりだったのですが、口に出してはこう言います。

「ぼくもご褒美はもらったよ。それも、ものすごくたくさん。一番嬉しいご褒美は、やっぱり君がぼくといてくれることだな」

 ポポロはたちまち真っ赤になって両手を頬に当てました。ゼンたちが聞きつけてはやし立てます。

「おい、そこの色男! キザなセリフ言いやがって! キースに習ったのかよ!?」

「フルートは相変わらずポポロにだけはデレデレだよねぇ」

「一緒にいるようになったら、ますますそうなるんじゃないの?」

「ワン、ぼくとルルは白い石の丘に行ってちょうどいいのかもなぁ。豚にかまれたくないもの」

 ポポロは恥ずかしがって顔を両手でおおってしまいました。フルートも何と返していいのかわからなくなったので、あわてて背中を向けます。

「えぇと……家から荷物を取ってくるよ!」

 それを聞いて、仲間たちがどっと笑います。

 家に走るフルートの背後で、賑やかなやりとりは続いていました。

「ゼンは荷物を取ってこなくていいのかい?」

「俺の荷物はこれだけだ。最低限の持ち物をいつでも身につけておくのが猟師だからな」

「ワン、ロムド城に行く途中でロキの家に回りましょう。さっき、キースとアリアンがグーリーを連れてきたんですよ」

「あら、子犬に生まれ変わったっていう──!? どんな子犬だったの?」

「ワン、毛の色はクリーム色で、長さはぼくとルルの中間くらいでしたよ。耳は垂れてました。ぼくよりもっとずっとずっと小さい、本当の子犬です」

「ロキもグーリーも喜んだでしょうね。良かった……」

 フルートが家に入って玄関の戸を閉めると、仲間たちの声が遠ざかります。

 

 外は日射しが強くてかなりの暑さですが、家の中はひんやりしていて静かでした。

 お父さんは牧場で働いているし、お母さんは用事で町中に出かけているのです。二人ともフルートたちが今日ディーラへ出発することは知っています。

 フルートは自分の部屋に入ってベッドの下から荷物の袋を引っ張り出しました。旅の間ずっと使っていたリュックサックはかなり傷んでいたので、新調したばかりの荷袋でした。中には着替えなどが入っています。

 袋を取り出すと、ベッドの下は空っぽになりました。以前はそこに金の鎧兜と盾も置いてあったのですが、今はもうありません。鍛冶の長のピランが、次の使い手のために修理しているのです。

 部屋の壁にはロングソードが掛けてありました。六年前、フルートが最初の旅に出たときに、ゴーリスが餞別(せんべつ)にくれた剣でした。光の剣は天空の国に戻ったし、炎の剣も火の山の地下のクフの元に運ばれましたが、この剣だけはフルートの手元に残ったのです。

 ただ、剣を使って戦うような場面はあれ以来まったくありませんでした。セイロスと金の石の守りの光が世界中を巡ったので、地上にいた闇の怪物のほとんどは焼き尽くされてしまいました。強盗のような凶悪犯も、何かに怯えたように鳴りをひそめてしまったので、世間は本当に平和になっていたのです。出番がなくなった剣は飾り物のように壁に掲げられていました。

 

「世界にはまだ聖なる光の余韻が残っております。今しばらくは、このような平和な時期が続くことでしょう」

 三ヶ月前、ロムド城を離れるときに、占者のユギルはフルートに話してくれました。

「ただ、それは一時的なものでございます。世界にはいつの間にかまた闇の心を持つものが現れますし、闇の怪物も出現いたします。唯一違うのは、その闇の想いが寄り集まって闇の竜とはならないことです。闇の竜はもう二度と出現いたしません。その代わりに、それぞれの人の心に闇の想いが巣くうのです。人は光と闇の両方を内に持つものでございます。その定めから逃れることはできません」

「闇の想いをなくすことはできないから、それに負けないようにしなくちゃいけないんですね」

 とフルートが言うと、ユギルは銀の髪を揺らしてうなずきました。

「そうでございますね。人が今まで何万年と繰り返してきた心の戦いを、これからもそれぞれが続けなくてはならない、ということなのでございましょう。ですが、その心の戦いを勇気づけてくださるものがございます」

 それは? と聞き返したフルートに、ユギルは色違いの目を細めました。

「勇者殿たちの存在でございますよ──。人々は今ではセイロスのことを、古(いにしえ)の金の石の勇者と呼んでおります。一度は悪の道に堕ちたものの、光に立ち返り聖なる魔法で闇の竜を駆逐して天に昇っていった──と彼らは語っております。ですが、セイロスを光に引き戻したのは、もうひとりの金の石の勇者とその仲間たちだったと、人々はちゃんと知っております。皆様方の姿はこれからも語り継がれ、闇の想いに負けそうになった人々に、抵抗して光に立ち返る力を与えることでございましょう……」

 

 ぼくたちに本当にそんな力があるのかな、とフルートは考えました。ユギルとのやりとりを思い出すたびに、苦笑いをしてしまいます。

 自分たちとはかけ離れた理想の勇者の一行像が、噂と一緒にひとり歩きしていきそうな気がします。以前噂されていたような、立派な大人の姿をした勇者やライオン、小人や魔女や人魚の一行になっていくのかもしれません。まるでおとぎ話のように。

「みんながそれで勇気を持てるっていうんなら、それでもいいんだけどね」

 とフルートはひとりごとを言いました。家の中には誰もいないので、返事をする人はいません。

 最後にフルートは机の引き出しを開けました。財布が入れてあったからです。

 財布を出すと、引き出しの中も空っぽになりました。以前はそこに金のペンダントがしまってありましたが、ペンダントは泉の長老にお返ししたので、もうありませんでした。

 戦いが終わって、魔の森はまた地上に姿を現し、泉の長老も森の中心の泉に戻っていました。透かし彫りの中から金の石が消えたペンダントを、長老は静かに受け取ってくれたのです。

「よう世界を守ってくれたな」

 とフルートに言って……。

 

「おい、なにぼーっとしてんだ!? 出発するぞ!」

 突然窓からゼンの声が飛び込んできました。ゼンが部屋をのぞき込んでいます。

 フルートは急いで引き出しを閉めました。

「ぼーっとなんかしてるか!」

 と窓に駆け寄ると、外にはもう馬車が来ていました。待ちきれなくて、馬車を家のすぐそばまで回してきたのです。

 ゼンは、へっと笑うと馬車に駆け戻り、御者席で馬の手綱を握りました。馬車を引いているのは、フルートの馬のコリンとポポロの馬のクレラです。ゼンの馬の黒星やメールの馬のゴマザメも、フルートの父親の牧場にいるのですが、今回は留守番でした。馬車の座席にはメールやポポロや犬たちが乗り込んでいます。

 フルートは窓を乗り越えて走っていこうとして──寸前でやめました。

「待っててくれ。今行くから!」

 と仲間たちに言うと窓の鎧戸(よろいど)を閉め、荷物を持って部屋を出ます。

 完全に閉まっていなかった鎧戸の隙間から外の光が射して、壁の剣を照らしました。暗い部屋の中に、剣だけが明るく浮かび上がって見えます。

 窓の外で風が吹き、若者たちの賑やかな声を運んできました。車輪の音を響かせて馬車が走り出します。

 

 風が窓に吹きつけて鎧戸を押しました。

 剣に射す光の帯は窓が閉じるに従ってだんだん細くなり──

 やがて、部屋は静かに暗くなりました。

The End

2023年8月23日
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