「何故ダ!?」
地の底から大地と空気を震わせて、デビルドラゴンがわめき出しました。
「何故ソンナコトヲ言ウ、せいろす!? アトホンノ一押シデ、オマエハ勝利スルノダゾ! 部下ヤ友ガイナイムナシサヲ思イ出シタ!? ソンナモノハ世界ヲ我ガモノトスレバ、イクラデモ補充デキルノダゾ!」
セイロスはまた皮肉な笑い顔に戻りました。
「本気でそう言っているな。だが、力と恐怖で世界を支配しても、真の友人は手に入らん。真に私を愛する者もな──。おまえには永遠に理解できないことだ、闇の竜」
そのやりとりを聞いて、二人の精霊が話し出しました。
「セイロスは本気で我々を呼んでいるらしい。どうするつもりだ、守護の」
「願いのこそ、どうするんだ? 彼の最初の願いの取り下げは認められるのか?」
「まあ──認められるかもしれない。セイロスの言うとおり、願いはまだ実現されてはいなかったからな」
金の石の精霊は肩をすくめました。セイロスを見ると、彼のほうでもこちらを見ています。
セイロスが言いました。
「二千年待たせてしまったな。すまない」
精霊の少年はまた肩をすくめました。後ろに立っていたフルートへ言います。
「セイロスは本気で闇の竜を倒して世界を守るつもりでいる。ぼくは守りの石だ。守りの想いの強いほうに行かせてもらうよ」
「金の石!?」
フルートは精霊を引き留めようと手を伸ばしましたが、その拍子に握りしめていたペンダントを放してしまいました。金の透かし彫りの間から、金の石が溶けるように流れ出し、金色の輝きになって宙に浮きます。
それを見て願い石の精霊も言いました。
「では、私も行くことにしよう。守護のだけでは闇の竜を消滅させることはできないからな」
赤いドレスを揺らして一歩進んだとたん、精霊の女性はもうセイロスの横に行っていました。フルートが引き留める余裕もありません。
金の石の精霊は金色の輝きを周囲にまといながら、フルートに言いました。
「ぼくはセイロスと光になりに行く。光が爆発したら、できるだけ身を守るんだ。ここは光の中心から近すぎるからな」
「金の石──!」
それはぼくの役目だ、とフルートは言いそうになりました。どんなに頭ではわかっているつもりでも、心の奥底ではずっとそう思い続けていたのです。自分は金の石の勇者だ、世界を守るために光になるのが役目なんだ、と。
けれども、金の石の精霊を捕まえようとしたとたん、ぐっと体が後ろから引っ張られました。ポポロがまだフルートを抱きしめていたのです。
「だめよ、フルート……! 行っちゃだめ……!」
ポポロが必死で繰り返します。
うん、と金の石の精霊はうなずきました。
「そうだ、ポポロ。フルートを捕まえておいてくれ。彼は君たちと生きていくべき人なんだから──」
話すうちに、精霊の姿が変わっていきました。急に背が伸び、黄金の髪も伸び、顔つきも服も変わっていって、少年から若い女性になってしまいます。
絶句したフルートたちに、娘に変わった金の石の精霊は言いました。
「セイロスはこちら側に帰ってきた。君たちのおかげだ、ありがとう。だから──君たちも、幸せにね」
石の精霊とは思えないほほえみを残して、金の石の精霊もセイロスの元へ飛んでいきました。
赤いドレスの願い石の精霊と、娘の姿になった金の石の精霊。二人と対面したセイロスが金の石の精霊にうなずき、彼女がまたほほえんだのを、フルートたちは見ました。
「ちくしょう。あいつ、あんなに嬉しそうにしやがって……」
とゼンがつぶやきます。
メールとルルは涙ぐんでいたし、フルートも泣いていました。
ポポロだけはまだ必死にフルートを抱き留めています。
すると、そんなポポロへセイロスが一瞬目を向けました。
とたんに強い感情の匂いが流れてきたので、ポチははっとしました。エリーテ、というセイロスの声が聞こえた気がしましたが、感情の匂いも声もたちまち消えていってしまいます──。
「サセン! サセンゾ、せいろす!」
デビルドラゴンの頭がわめいて宙に飛び上がりました。牙をむいてセイロスと精霊たちに食いついていきますが、広がった赤い光に跳ね返されてしまいました。
セイロスと精霊たちは赤い光の中に見えなくなりました。光がしぼんでいったので、デビルドラゴンがまた食いつきますが、やっぱり跳ね返されてしまいます。
竜の頭は向きを変えると、今度は一目散にその場を離れ始めました。逃げ出したのです。
ところが、空の真ん中で竜の頭は停まってしまいました。
どこからかセイロスの声が聞こえてきます。
「無駄だ、逃げられない。なにしろ、私はおまえ、おまえは私なのだからな。一緒に行こうではないか、闇の竜。消滅した先の、無の王国へ──」
赤い光が消えた場所から、今度は金色の光が湧き上がってきました。たちまち広がって、あたりを照らし始めます。
明るく強く、強く強く強く強く──!!!!
フルートたちは悲鳴を上げました。突き刺さってくる光に、焼かれるような熱と痛みを感じたのです。生命の危険さえ感じる強烈な光でした。全員が一カ所に寄り集まりますが、それでも光は容赦なく降り注いできます。
すると、どこからかまた声が聞こえてきました。
「ゼン、メール、指輪をかざせ」
今度は年を経た男性の声でした。時の翁や天空王の声ではありません。
「王様の樹!」
とメールは叫び、ゼンの左手を左手でつかみました。そのまま高く差し上げると、緑の霧のようなものが降ってきて彼らを包みました。とたんに光が和らぎ、熱と痛みが引いていきます。
「それは……?」
ポポロがゼンとメールの左手を見て言いました。薄緑色の細い枝を編んだ指輪が、二人の薬指にはまっていたのです。霧のようなものは指輪から湧き出していました。
「俺たちの婚約指輪だ。北の峰の王様の樹がくれたんだ」
とゼンは言って、指輪から降り注ぐ緑の霧を眺めました。霧が強烈な光を和らげて、彼らを守ってくれています。
霧のベールの外では金色の光がますます強くなっていました。
ガラスのような結界の壁を溶かし、再びつながった世界へ広がっていきます。
ガァァァァ!!!!
デビルドラゴンの頭が空中で吼えました。光を浴びた輪郭が薄れ始めています。神竜と絡み合っていた体も、降り注ぐ金の光に溶けだしていました。
「許サン、せいろす! 許サン!!」
デビルドラゴンの頭は向きを変えると、信じられないほど大きく口を開けました。金の光を大元から呑み込もうというのです。
けれども、竜が食いつく前に、強烈な光が竜の口を貫きました。光はさらに強く明るくなって、ついに霧のベール越しにも見ていられないほどまぶしくなります。
耐えきれずに目を閉じた勇者の一行が聞いたのは、デビルドラゴンの最後の咆吼(ほうこう)でした。
オオオオォーーーーオオォォォォーー……
恨みの余韻を響かせますが、それも次第に小さく弱くなっていって──
ついに、何も聞こえなくなってしまいました。