フルートたちは仰天して立ちすくみました。
セイロスの命令に従うように見えたロズキが、いきなり突進して光の剣でセイロスを刺したのです。
聖なる刃がセイロスを防具ごと貫いて背中に飛び出します。
かっと目を開いてにらみつけたセイロスに、ロズキは言いました。
「まいりましょう、セイロス様……肉体を闇の竜ごと脱ぎ捨てて。私はどこまでもお供いたします……」
セイロスの腹が剣に貫かれているように、ロズキの腹は黒い触手に貫かれていました。触手はセイロスの髪の毛です。みるみるロズキの顔が青ざめていきます。
すると、光の剣がずずっと動き出しました。押し返されるようにセイロスの腹から抜け始めます。ロズキは懸命に刺し直そうとしますが力が及びませんでした。剣はどんどん抜けていきます──
と。
セイロスの腹からいきなりデビルドラゴンの頭が現れました。牙の間に光の剣の先端をくわえています。
「ソンナ剣一本デ我ラヲ倒スコトハデキナイト言ッタハズダ。せいろすハ我。我ハせいろす。我ニ傷ヲツケタ者ガ黄泉ノ門ニ下ルコトハ許サン。消滅シロ、ろずき!」
地の底から響く声と共に光の剣の刃が砕けました。デビルドラゴンの頭が伸びて襲いかかっていきます。
「ロズキさん!!」
フルートは近くに落ちていた炎の剣に飛びつき、ゼンは光の矢を引き絞りましたが、間に合いませんでした。牙の並んだ巨大な口が、ロズキを呑み込もうとします。
ところが、黒い大剣がいきなり竜の首を切断しました。デビルドラゴンの頭が地響きをたてて落ちていきます。
大剣を握っていたのはセイロスでした。さらにロズキの腹に刺さっていた触手も断ち切ったので、フルートたちは呆気にとられてしまいます。
「ワン、あれ!」
とポチが障壁の向こうの騒ぎに気づいて言いました。神竜と絡み合ったデビルドラゴンから頭部が消えていたのです。残された体と首がもだえるように激しく動き回っています。
「何ヲスル、せいろす!!?」
あたりを震わせて、デビルドラゴンの頭がどなりました。
セイロス自身も腹を押さえて苦しそうにしていましたが、竜の頭が自力で動き出そうとしたので、鎧の脚で踏みつけました。
「勝手な真似をするなと言っているのだ! おまえが私だというのなら、私の言うとおりにしろ!」
「セイロス様……」
ロズキは呆然としながら言いました。セイロスは確かに彼をデビルドラゴンから助けたのです。自分自身を断ち切るような行動で。
けれども、セイロスはやっぱり冷ややかな顔と声のままでした。
「これが最後の通告だ。ただちに黄泉の門へ下れ、ロズキ。おまえに私を殺すことは不可能だ」
立ちつくしたロズキを見えない手が突き飛ばしました。ロズキが吹き飛ばされていきます──。
そこへ突然、一頭の白馬が現れました。たてがみと尾は金色、背中に純白の大きな翼があるペガサスです。ただ、その体は半ば透き通っていました。ロズキに駆けつけ、あっという間に背中に乗せて戻ってきます。
「ゴグ! ゴグじゃないか!?」
ロズキは驚いてペガサスの首を抱きました。
「どうしておまえがここに!? どこからやってきたんだ!?」
すると、天の馬は男性の声で答えました。
「私は私の子孫の中で待っていたのだ。こうしてまたおまえに巡り会えるときが来るのをな」
ゴグ……? とフルートたちは首を傾げました。どこかで聞いたことがある名前です。
すると、ポチが言いました。
「ワン、二千年前にロズキさんを乗せて一緒に戦ったペガサスですよ。ロズキさんの友だちです。その子孫は、ぼくたちが会ったことがある天空の国のペガサスで、やっぱりゴグって名前だったんです──」
フルートたちは気がついていませんでしたが、子孫に当たるペガサスのゴグはオリバンを乗せてこの戦場に来ていました。ガラスの障壁の向こうから、こちらの様子をずっと見守っていたのですが、その体から急に透き通ったもう一頭のペガサスが抜け出していったのです。これにはペガサスたちだけでなく、オリバンたちもとても驚きましたが、その騒ぎは障壁のこちら側には伝わっていませんでした。
「おまえを迎えに来たぞ、ロズキ」
と幽霊のペガサスは言って、嫌だというように首を振るロズキに話し続けました。
「もういい。おまえは充分に尽くした。おまえも休息するときだ。私と一緒に黄泉の門の向こうへ行こう。セイロスには彼の運命を歩ませるんだ」
「だが──」
なおも抵抗しようとするロズキに、ゴグは言い聞かせました。
「セイロスを黄泉の門の向こうへ連れていくことはできない。彼は闇の竜とひとつになって、強く結びついてしまった。それを引き離すことは不可能だ。闇の竜は黄泉の門をくぐることができないから、彼も死者の国には行けない。そういうことなんだ」
「死者の国へ行けない……」
ロズキは愕然としてセイロスを見ました。
セイロスのほうは冷ややかにまた言います。
「去れ、ロズキ」
ロズキは悲しい顔でうなだれました。
もうひとりの青年がロズキから抜け出してペガサスの足元に横たわります。二本角の兜をかぶったギーでした。
ゴグは翼を広げて空へ舞い上がりました。ペガサスとロズキの姿が青空の中に消えていきます──。
すると、倒れていたギーが立ち上がりました。
ロズキたちが駆け去った空を眺めると、セイロスに向き直って言います。
「あいつが俺の中にいる間、俺は何もできなかったけれど、話は聞こえていたよ。あいつはセイロスの昔の部下だったんだな……?」
「そうだ」
とセイロスは素っ気なく答えました。ロズキが去ったほうを見ようともしません。
ギーは急に自信がなさそうな顔になると、おそるおそるこう言いました。
「なあセイロス、俺は……? 俺はあんたの友だちか……?」
セイロスとロズキのやりとりを聞いて不安になったのです。セイロスが彼にも見下すような目を向けたので、あわててまた言います。
「俺はあんたと一緒に島を出て、ここまでずっと一緒に来たんだ。誰よりもあんたのそばにいたし、あんただって……。なあ、俺はあんたの友だちだよな? あいつとは違うよな?」
不安から急き込むように尋ねるギーを、セイロスは黙って見つめています。
とうとうメールが我慢できなくなりました。
「ギー、あんたさ、まだセイロスの正体がわからないのかい!? いい加減目を覚ましなよ! こいつは世界を司る立派な王様なんかじゃない! 世界を破壊しようとしてる闇の竜なんだよ! いつまでだまされてんのさ!?」
とたんにセイロスがメールへ殺気を向けました。フルートとゼンが察してメールの前に飛び出します。
ところが、セイロスが攻撃する前に、ギーがどなり返しました。
「それがなんだ!? セイロスの正体がなんでも俺には関係ない! セイロスは世界中を支配できる立派な男だし、竜だって子分にしている! 俺はそんなセイロスの親友なんだ! 親友はどんなことがあったって信じるものだからな! おまえたちの悪口なんかで俺たちの友情を引き裂けると思うな!」
ギーは頑固に言い張って取りつく島がありませんでした。それでもメールは反論しようとしましたが、ゼンが肩をたたいてやめさせました。
「無駄だ。こういう馬鹿には何を言ったって通じねえんだよ──」
ところが、セイロスがギーに言いました。
「私には友などというものは必要ない。おまえもただの部下だ。思い上がるな」
ギーはたちまち青ざめ、すぐに顔を真っ赤にしました。
「そ、そんなの俺は認めないぞ! おれはあんたの唯一無二の友だちだ! あんたがなんと言おうと俺は──俺は──!」
泣き出しそうになりながら駆け寄ってきたギーに、セイロスは言い放ちました。
「部下の分際で私に友情など求めるな、疎ましい奴! さっさと自分の島に帰れ!」
とたんにギーの姿がかき消えました。どこを見回してもギーが見つからなくなります。
「魔法で転移させたんだわ。たぶんギーが住んでいた島に……」
とポポロが言ったので、ゼンは歯ぎしりし、ルルやメールは身を震わせて怒りました。
「やっぱりてめぇはクズだな」
「とことん最低な奴よね! とうとうギーまで追い払っちゃって!」
「どうするつもりさ!? もうあんたの周りには誰もいないよ! ホントのひとりぼっちじゃないか!」
すると、セイロスはまた冷ややかに笑いました。
「私には友など必要はない。私の内には世界最強の闇の竜があるのだからな」
キェェェェ……!!!
デビルドラゴンの頭が地面の上で鳴きました。勝ち誇った声です。
ところが、フルートは心の中で首を傾げていました。なんだかセイロスがわざとロズキやギーを追い払ったように感じたのです。
隣ではポチも風の頭を傾げていました。やはり同じようなことを感じていたのです。思わず顔を見合わせてしまいます。
すると、セイロスがフルートに言いました。
「勇者気取りの生意気な小僧。貴様に身の程を知らせてやろう。貴様が最も大事にしているものを、私が奪い取ってやる」
フルートは顔色を変えました。とっさに前に出て仲間たちをかばいます。
「馬鹿野郎、おまえだけ出るなと言ってんだろうが!」
とゼンがすぐまた並んで弓を構えました。
「そうさ、あいつはフルートが一番目障りなんだよ!」
とメールも飛び出してきます。
「ワン、ルル、星の花で壁だ!」
「もうやってるわ! ポチは上をお願いよ!」
と犬たちは周りで渦を巻きました。ポポロはフルートの背中にしがみついて、願い石のところへ行ったりしないように引き留め続けます。
それを見て、セイロスは顔を歪めました。強烈な感情の匂いがまたポチに伝わってきます。それは焼け付くような羨望(せんぼう)でした。
うらやましい、妬ましい、悔しい。欲しい、欲しかった──!
感情がそんなことばに変わって押し寄せてきたので、ポチはびっくりします。
けれども、それは一瞬でした。
セイロスはまた表情と感情をかき消すと、フルートに手を突きつけて言いました。
「私の元へ来い、願い石! おまえの真の主は私だ──!」