ギーの姿が突然別人に変わっていったので、フルートたちも驚いていました。
ギーは革の鎧と胸当てをつけて二本角の兜をかぶっていましたが、それが銀の鎧と赤い胸当てに変わり、兜は消えていきました。体もひとまわり大きくなって、肩まで伸びた赤褐色の髪の青年になります。
「ロズキさん!!」
よく知る人物の出現に、勇者の一行は思わず叫びました。どうしてここに? と誰もが混乱します。
「ワン、ロズキさんは火の山の地下にいるはずじゃないですか! フルートの頼みで、クフと一緒に光炎の剣を鍛えてくれたのに!」
とポチが言いました。
「そうだぜ! あんとき光炎の剣をフルートに渡して、俺たちのことを見送って──」
とゼンは言いかけて、はっとしました。
フルートも思い出して言います。
「違う。あのときロズキさんはぼくたちを見送ってくれなかった。クフだけが鍛えた光炎の剣を持ってきてくれたんだ。ロズキさんは相槌を打つのに疲れてしまったからって……」
ゼンはそれを聞いて、がしがしと頭をかきむしりました。
「とんでもねえ技術だとは思ったんだ。二本の魔剣を一本にするなんてよ。普通だったら剣たちが絶対承知しねえんだから。ロズキさんが入り込んで、二本の剣をつなぎ合わせてやがったのか」
フルートは自分が握っている光の剣を見ました。手にひんやりとなじむ細身の剣は、闇の敵を目の前にしても、フルートに「戦え」「倒せ」とは言ってきません。光炎の剣のときには戦闘中ずっと「闇の敵を倒せ!」と言っていたのに。
あれはロズキさんの声だったのか──とフルートは考えて、目の前に立つ戦士の背中を見つめました。フルートたちのやりとりは彼にも聞こえているはずでしたが、こちらを振り向いてはくれません。片手を上げたままセイロスと向き合っています。
セイロスが冷ややかに言いました。
「何故また現れた、ロズキ。貴様は二千年も昔に死んだのだぞ。あさましい姿となって何をしに来た」
「他者の肉体を借りたあさましき姿であることは、なにとぞお許しください。こうしなければ、私は地上に戻ることがかないませんでした」
とロズキが言いました。丁寧な口調ですが、彼がどんな表情をしているのか、後ろにいるフルートたちには見ることができません。
ふん、とセイロスは冷笑しました。
「なんのために戻ってきたと訊いている。恨み言か、復讐か。やってみるがいい。今度こそ魂まで消滅させてやろう」
はっとフルートたちはまた身構えました。セイロスがロズキを攻撃しようとしたら飛び出そうと、武器を握り直します。
けれども、ロズキは立っているだけでした。すぐ近くの足元に炎の剣が転がっていましたが、拾い上げることもなく話し続けます。
「私は恨みを晴らすためにやってきたのではありません、セイロス様。二千年前にできなかったことを、今度こそ実現するために来たのです」
「二千年前に実現できなかったことだと?」
セイロスの声は相変わらず冷たく響きます。
ロズキは上げていた腕を下ろしました。覚悟を感じさせる口調で言います。
「私はセイロス様をお止めしにまいりました。もうおやめください。あなた様は正義の君。闇の竜に加担して闇の陣営に下るなど、あなた様がなさることではないのです」
今さらのような説得に、ふん、とセイロスはまた冷笑しました。
「亡霊の世迷い言だな。さっさと黄泉の門へ下れ。この世には貴様にできることなど何ひとつない」
ところがそこへ地の底から響く声が重なりました。
「今度コソろずきヲ消滅サセロ。ソレハ裏切リ者。我々ニハ不要ナ者ダ──」
セイロスは、障壁の向こうのデビルドラゴンをじろりとにらみました。
「私に命令するな。私がすることは私自身が決める。それにこの男が使っているのはギーの体だ」
「ダカラコソ消滅サセロト言ッテイル」
とデビルドラゴンは言い、顔つきを険しくしたセイロスに、迫るように続けました。
「オマエガ何故ぎーヲソバニ置キ続ケタカ、我ハ知ッテイルゾ。オマエハズット後悔シテイタノダ。潔白ダッタろずきヲ、えりーてト通ジテイルト思イコンデ殺シテシマッタカラダ。友ヲ疑ッテ殺シタコトガ消エナイ傷ニナリ、イツマデモオマエノ心ヲ刺激スル。ソノ痛ミヲ消ソウトシテ、オマエハぎーヲ置キ続ケタノダ。愚カデ弱イ人間ヨ。ソレガ世界ノ王トナルコトヲ邪魔シテイルト気ヅイテイナイノカ」
セイロスは、はっきりと顔色を変えました。相変わらずデビルドラゴンをにらんでいますが、言い返そうとはしません。できないのです──。
「ろずきトぎーヲ殺セ。殺シテオマエノ罪悪感ヲ葬リ去レ。我ラニ償イナドアリエナイ。ソノ惑イヲ消シ去ッテ、真ノ王トナルノダ」
デビルドラゴンはセイロスに迫り続けます。
セイロスはロズキに目を移しました。
「償いの気持ちでギーをそばに置いていただと? この私が? ありえん」
憎しみを込めてつぶやいて、ロズキへ手を突きつけます。攻撃の構えです。
一方ロズキは両手を下げたまま、その場から動こうとしませんでした。セイロスへこんなことを言います。
「私は今、心から嬉しく思っております。私がエリーテと何事もなかったことを、いつか信じていただきたいと思い続けていたのですが、セイロス様はもうすでに私の潔白をご存じだったからです──。私はあなたを次の世界へお連れするためにまいりました。あなたと一緒であれば、私は喜んで黄泉の門へ下りましょう。私たちは二千年前の人間です。今の世にいてはいけない者たちなのです」
ロズキはセイロスへ近づいていきました。セイロスの手に闇魔法が集まっていきますが、立ち止まろうとしません。
「葬レ! 消シ去レ!」
デビルドラゴンは言い続けます──。
すると、セイロスとロズキの間にフルートが飛び込んでいきました。背後にロズキをかばって両手を広げます。
フルート!!? と仲間たちは驚き、あわてて追いかけました。フルートは今、防具をまったく身につけていません。光の剣は握っているし、金の石もありますが、セイロスが強力な攻撃を繰り出したらひとたまりもないのです。
「フルート、どいてくれ!」
とロズキが言いましたが、フルートは動きませんでした。ゼンたちが駆けつけてフルートに並びます。
それを見て、セイロスは、ふんと笑いました。
「貴様らはロズキまで手懐けていたのか。だが、それは幽霊だ。幽霊を守ってどうする」
「幽霊だろうがなかろうが、そんなのは関係ない!」
とフルートはどなり返し、また冷笑したセイロスに言い続けました。
「ぼくが止めるのは、この人がおまえの友だちだからだ! おまえに裏切られて殺されても、ロズキさんはおまえのためにこの世に残り続けた! 恨みもしないで、おまえを止められなかったことだけを後悔して──! そんな大切な友だちをもう一度殺すことは、絶対に許さない!」
すると、ゼンも言いました。
「てめぇはフルートがうらやましかったんだろう? こいつを心底心配する奴が世界中に大勢いるからよ。だが、てめぇにだってこうして心配してくれる奴がいたじゃねえか。その友だちを自分で殺すってんなら、てめぇは本物のクズだ。どこまでいったって自分が本当に欲しいもんは手に入れられねえぞ」
セイロスの顔から笑いが消えました。すさまじい形相で勇者の一行をにらみつけます。
ところが、ロズキが急にまた歩き出しました。
自分をかばっているフルートの肩をぽんとたたくと、優しく押しのけて言います。
「ありがとう。だが、これは私とセイロス様の話だ。私は今度こそセイロス様をお止めすると決めた。私はセイロス様を闇の竜からお救いする。そのためにクフに頼んで君の剣に入り込み、ここまでやってきたんだ」
フルートはロズキを止めようとしましたが、押し切られてしまいました。
前に出たロズキが手を伸ばして言います。
「さあ、セイロス様、まいりましょう。私たちが行くべき世界、黄泉の門の向こう側へ──」
ところが、セイロスの顔にまた冷ややかな笑いが浮かびました。見下すようにロズキとフルートたちへ言います。
「ロズキが私の友だと? 馬鹿げたことを言う」
ロズキは顔色を変えました。
「セイロス様、私は──」
と自分の誠意を伝えようとしますが、セイロスは言い放ちました。
「おまえは我が家臣だ! 家来の分際で主君と肩を並べて友を名乗ろうとするなど無礼千万! 控えろ、ロズキ!」
ロズキは雷にでも打たれたように立ちすくみました。あっという間にその場に膝をつき、胸に手を当てて頭を下げてしまいます。
あ……とフルートたちは思いました。ロズキにとって、セイロスは友である以上に、逆らうことができない主君だったのです。セイロスへひざまずくロズキを、胸が痛くなるような想いで眺めてしまいます。
「命令だ。この世から立ち去れ、ロズキ」
とセイロスは言いました。相手に有無を言わせない絶対の口調です。
ロズキはひざまずいたまま動きませんでしたが、セイロスにもう一度命令されると、のろのろと立ち上がりました。うなだれて言います。
「承知いたしました、セイロス様。ご命令のとおりにいたします。ただ、それは──」
ロズキは突然また顔を上げました。失意の顔ではありません。強い光を瞳に宿しています。
「それはあなた様も一緒です!」
言い切ったロズキの手に銀色の剣が握られていました。
一方フルートは面食らっていました。たった今まで握っていた光の剣が、いきなり手の中から消えてしまったのです。
聖なる剣を手にロズキは飛び出しました。体を半ばかがめた格好で走って剣を突き出します。
光の剣は黒水晶の鎧ごとセイロスの腹を貫いていました──。