障壁の向こう側では、大勢がフルートたちの様子を固唾(かたず)を呑んで見守っていました。
彼らが送った力でフルートが復活し、願い石の元からも戻ってきて、ほっとしたのもつかの間、またセイロスの攻撃が始まったのです。
オリバンは障壁を殴りつけてどなっていました。
「私を行かせろ! ここを通せ! 私も勇者の仲間だぞ!」
どんなにどなってもたたいても、ガラスのような結界はびくともしません。
そこへ時の翁が戻ってきたので、オリバンは迫りました。
「私を向こうへ送れ! 翁にはその力があるのだろう!?」
「私も行かせてくれ! このままでは彼らがやられてしまう!」
とセシルも懇願しますが、老人は困ったようにもじゃもじゃの髪とひげを揺らしました。
「できんのじゃ、よ。わしに許されとるのは、願い石に関することだけ、じゃ。闇に対抗することも、光に力を貸すことも、どっちもできん。だから、理(ことわり)に、こっちに追い返されたん、じゃ」
「だが、翁はルルを向こうに行かせたではないか!」
とオリバンが食い下がると、老人はまたもじゃもじゃの頭を振りました。
「ルルはな、いいんじゃ。当然という理じゃから、な。だが、おまえさんたちを送ることは、無理じゃ」
すまんの、と老人に謝られて、オリバンはまた障壁を殴りつけました。ガラスのような壁は、石よりも硬く彼らとフルートたちの間を隔てています。
そのとき、居並ぶ人々の間から、おおっ、と大きなどよめきが上がりました。フルートが握る光炎の剣が、セイロスの魔弾を切り裂いたとたん、真っ二つになってしまったのです。
「勇者殿の魔剣が折れた!」
と白の魔法使いが声を上げると、深緑の魔法使いが言いました。
「いいや、折れたんじゃない。割れたんじゃ」
「剣が割れた?」
と赤の魔法使いも驚きます。
彼らが見守る前で、光炎の剣は二本の剣になって落ちていきました。一本は銀色の光の剣、もう一本は黒い柄の炎の剣です──。
同時に割れた剣の間から赤い光が離れていくのが、魔法使いの彼らには見えました。淡い光の球が空に浮かんでいきます。
「あれは魂じゃな」
と深緑の魔法使いが言ったので、白の魔法使いは眉をひそめました。
「勇者殿の剣は魂を宿していたのか? そんな話は聞いたことがなかったぞ」
すると赤の魔法使いが猫の瞳を光らせました。
「いや、宿していたんじゃない。あの魂が二本の剣をひとつにつなぎ合わせていたんだ。あれは──あの魂は──」
けれども、赤の魔法使いのことばを理解できるのは、ごくごく一部の人たちだけでした。大多数の人々は、突然割れた魔剣を呆然と眺め、フルートが強力な武器を失ったことに頭を抱えていました。
それでもフルートは割れた剣に走り、光の剣のほうを拾い上げました。闇に対抗するにはそちらを選ぶしかなかったのですが、とたんにデビルドラゴンの声が響きました。
「無駄ダ! ソンナ剣一本デ我ラノ魔法ヲ防ゲルト思ッテイルノカ!? 貴様タチハココデ敗レテ死ヌノダ──!」
見守る人々から絶望の声が上がります。
剣から離れた魂はセイロスのほうへ飛んでいました。黒い魔法を繰り出そうと闇を集めるセイロスの上を飛び越え、その向こうにいた人物に飛び込んでいきます。
すると、その人物が突然走り出しました。セイロスを追い越し、フルートたちとの間に割って入って、片手をセイロスに突きつけます。
「もうおやめください、セイロス様!」
それはギーでした。さすがのセイロスも驚いたのか、黒い魔法が消えます。
「なんのつもりだ、ギー!?」
とセイロスが腹心をどなりつけましたが、赤の魔法使いはひとりごとのように言いました。
「いいや、あれはギーじゃない……。おまえはいつからそこにいたんだ? ずっと一緒に戦っていたのか?」
赤いフードの奥で黒い顔が歪んでいます。
セイロスのほうも、目の前にいるのがギーではないことにすぐ気づきました。
「貴様、ギーの体を操っているな! 貴様は何者だ!?」
「セイロス様」
とギーの姿をした人物はまた言いました。次の瞬間には体全体が淡い赤い光に包まれ、もっと大柄な人物に変わっていきます。
「あれは?」
と白や深緑の魔法使いに訊かれて、赤の魔法使いは答えました。
「ロズキ。二千年前にセイロスの腹心だった男だ」
火の山の地下で出会い、巨人クフの元にいるはずだった幽霊が、地上に現れたのでした──。