迫ってきたセイロスへ、フルートは光炎の剣を構えました。背後には仲間たちをかばっています。
すると横にゼンが飛び出してきました。
「下がれ、ゼン!」
とフルートに言われてもゼンは従いません。
「誰が下がるか。おまえだけが聖なる武器を持ってるわけじゃねえぞ」
と光の矢を構えます。
「あたいだって参戦できるよ」
とメールも出てきて足元の花を舞い上がらせました。星の花は天空の国の聖なる花なので、闇に対して威力があります。
「ワン、ぼくだって」
「もちろん私もよ」
とポチとルルは風の犬に変身しました。ごうごうと音を立てながら空に浮いて牙をむきます。
ポポロだけは攻撃する手段がなかったので、フルートの後ろにぴったり貼りついていました。隠れているのではなく、万が一またフルートが願い石の元へ行こうとしたら、すぐに停めようとしているのです。
ところが、セイロスはどういうわけかすぐには攻撃してきませんでした。勇者の一行を端から端まで眺めてからフルートに言います。
「何故戻ってきた」
意外な質問でした。フルートが目を丸くすると、セイロスは話し続けました。
「貴様は我々を消滅させることができたはずだ。それなのに何故戻ってきた。しかも願い石に願うこともなく──。皆に笑ってほしかった? そんなくだらないことを望んだために、せっかくの願いをふいにしたというのか」
ゼンたちはたちまちかっとなりました。
「それの何が悪い!? 笑ってほしいって願うのは、みんなに幸せになってほしいからだろうが! それのどこがくだらねえって言うんだ!?」
「そうさ! あんたこそ、世界の王様になるなんて言ってるくせに、他人のことを全然考えてないじゃないか! 命令して利用するだけで、どんどん使い捨てにしてってさ! 臣下のことを考えるのって、王として一番大事なことのはずだろ!?」
バシン!
セイロスがゼンとメールに向けて撃ち出した魔弾が、金色の光にぶつかって砕けました。金の石が光って守ったのです。
フルートは仲間たちをかばってまた一歩前に出ました。にらみつけてくるセイロスをまっすぐに見て言います。
「ぼくにとって、みんなに幸せになってもらうのが、なにより大事な一番の願いだ。そのためになら自分が死んで消えたって全然かまわないと本気で思ってた。だけど、みんながそれを許さなかったんだ。みんながぼくに一緒に生きていてほしいと願ったから──。それがくだらないことだとは、ぼくは思ってないよ」
するとセイロスはすさまじい殺気を漂わせました。フルートを見据えてまた言います。
「あのまま願い石に願えば、貴様は世界を救った勇者と呼ばれ、後世まで伝説となって語られただろう。その栄誉より、自分の命を惜しんだわけか。生き残ってつまらない人生を生きることを選んだな」
仲間たちはまた腹を立てました。
「俺たちはこいつに伝説になってもらいたいんじゃねえ! 伝説なんてくそ食らえだ!」
「そうよ! 伝説なんておしゃべりすることも笑うこともできないじゃない!」
「あんたにそんなことを言う権利はないだろ! あんたこそ、自分の命を惜しんで金の石の勇者をやめたんだから! それも最悪の方法でさ!」
ドン! ドドドン!!
魔弾が連続で飛んできてまた金の光に砕かれました。勇者の一行は無傷です。
フルート、とポポロが後ろから呼びました。
「セイロスは動揺してるんだわ。ゼンたちの言うことが刺さるから、攻撃で跳ね返そうとしてるのよ」
フルートはまた目を丸くしました。これまでのセイロスには見られなかった反応です。いったいどうして? と考えてしまいます。
願い石に消滅させられる危険がなくなったのに、セイロスがこうしてフルートたちと話を続けていることも不思議でした。一気呵成(いっきかせい)に世界征服に取りかかってもいいはずなのに──。
すると、ポチが、くんと鼻を鳴らして言いました。
「ワン、セイロスから感情の匂いが伝わってきますよ。憎しみと、強い嫉妬の匂いです」
「嫉妬?」
とフルートはまた驚きました。いったい何に対して? と考えて、思わず背後のポポロを見てしまいます。
ところが、ははぁんとゼンが急にうなずきました。
「なんでそんなにむきになってるのかわかったぞ、セイロス。てめぇはフルートに嫉妬してんだ。死んで光になるのが役目のはずの金の石の勇者なのに、こいつが光になろうとすると、みんながよってたかって停めるからな。みんなから『死ぬな、生きろと』と言ってもらえるこいつが、てめぇはうらやましくてしかたねえんだ──」
ドドドドドド……!!!!
驚くほどの数の魔弾がゼンへ飛んできました。ゼンの光の矢でも消しきれない数でしたが、フルートがまた金の光で防ぎました。世界中の人々から力をもらって復活した金の石は、威力が増していたのです。
「図星を指されて頭にきたね!」
「フルートがうらやましいなら、正直にそう言いなさいよ!」
とメールとルルが口々に揶揄(やゆ)しました。
フルートはまた仲間を魔弾から守ろうとします。
ところが、セイロスはいきなり冷静になりました。
怒りの表情をすべて引っ込めると、冷ややかな目で一行を見て言います。
「これ以上の話は無意味だな。さっさと片づけるとしよう」
セイロスの手元にまた闇の魔法が集まり出したので、フルートたちは緊張しました。全員が攻撃に備えて身構えます。
セイロスが巨大な魔弾を繰り出しました。唸りを上げながら飛んできて、ゼンが放った光の矢を消滅させ、メールが星の花で作った壁を焼き払い、金の石の光も破って襲いかかってきます。
フルートは光炎の剣で攻撃を受け止めました。すさまじい圧力に吹き飛ばされそうになりますが、ポポロと犬たちに後ろから支えられて、魔弾を真っ二つに切り裂きます。
ドン! ドン!
二つに分かれた魔弾はそれぞれ地面に激突して破裂しました。
すると。
光炎の剣にいきなりひびが走り、フルートの手の中で割れていきました。裂けるように二つになって落ちていきます。
「ワン、また!」
ポチは思わず声を上げました。金の鎧兜だけでなく、光炎の剣までが壊れてしまったのです。からからん、と乾いた音を立てて剣の破片が地面に落ちます。
「──!?」
愕然としたフルートたちは、次の瞬間、自分の目を疑いました。
割れて砕けたと思った剣が、柄も刀身も無傷で地面に転がっていたからです。ただ、それが二本ありました。一本は全体が銀色で柄に小さな星が刻まれた剣、もう一本は黒い柄に赤い石がはめ込まれた大剣です。
「光の剣と炎の剣──」
とフルートは言いました。火の山で巨人クフによってひとつに鍛え直されたはずの光炎の剣が、元の二本の剣に戻ってしまったのです。
フルートだけでなく、ゼンにも他の仲間たちにも、いったい何が起きたのかわかりませんでした。全員が呆然としてしまいます。
その間にもセイロスはまた魔法を集めていました。
デビルドラゴンが神竜の体の間から首を伸ばし、シャァァァ、と鳴くと、力が送り込まれてきたのか、闇魔法はますます大きくなっていきます。
「黒い魔法だわ!」
というポポロの声に一行は我に返りました。セイロスが次に繰り出そうとしていたのは魔弾ではなかったのです。
フルートはまた剣に飛びつきました。何故、剣が元に戻ってしまったのかわかりませんでしたが、銀色の光の剣を拾って握ります。
すると、デビルドラゴンの声が響いてきました。
「無駄ダ! ソンナ剣一本デ我ラノ魔法ヲ防ゲルト思ッテイルノカ!? 貴様タチハココデ敗レテ死ヌノダ。我ガ魔法ニ焼キ尽クサレルガイイ!」
フルートはぐっと奥歯をかみしめました。
かつて貴族の保養地だったハルマスを焼け野原に変え、ディーラの都を押し潰そうとしたのが黒い魔法でした。名前は単純でも他の攻撃とは威力が桁違いです。デビルドラゴンが言うとおり、光の剣一本でどうにかできるようなものではありません。
「みんながこっちに来てくれたら──」
とルルは障壁の向こうを振り向きました。そちら側には四大魔法使いや魔法軍団、天空軍の魔法使いや妖怪たちまでが勢揃いしています。彼らの魔力を合わせれば、黒い魔法も防げるかもしれないのですが、彼らは障壁のこちら側に来ることができません。
セイロスの手に闇が黒い霧のように集まって、渦巻く巨大な雲になっていきました。シャァァァ、とデビルドラゴンがまた鳴くと、渦巻きは一気に大きくなります。
手の上に闇の雲を育てながら、セイロスが言いました。
「貴様たちを焼き尽くしたら、次は外の連中だ。その次はロムド国とその同盟国、さらに周辺の国々へ──。私に従わない国々はすべて焼き尽くす。今こそ私は世界の王になるのだ」
壮大な目標ですが、口調は非常に冷静でした。彼にとってそれは実現するに決まっている、当然の計画だったのです。
一行はフルートを中心に寄り集まりました。黒い魔法に対抗する手段は何もありません。それでもフルートは光の剣を構え、ゼンは弓を引き絞り、犬たちはメールが飛ばす星の花を体に巻き込んで、仲間を攻撃から守ろうとします──。
すると、突然一行とセイロスの間に割って入ってきた人物がいました。セイロスに向かって片手を突き出します。
その人物を見て、フルートたちだけでなく、セイロスまでが驚きました。いえ、時の翁ではありません。不思議な老人はいつのまにか彼らの近くから姿を消して、また障壁の向こう側へ行ってしまっていました。間に立ちはだかったのは青年です。
「もうおやめください、セイロス様」
と青年が言ったとたん、セイロスの手の上から黒雲の渦が消えました。黒い魔法が一瞬で霧散していきます。
青年は片手を上げてフルートたちをかばい続けていました。頭には二本角の兜をかぶっています──。
「なんのつもりだ、ギー!?」
とセイロスは青年をどなりつけました。