泣き叫んでフルートを呼んでいたポポロが、突然息を呑みました。
彼女がたたいていた地面から急に金色の光が湧いてきたからです。
それはフルートが消えていった場所でした。金の光はみるみる大きく強くなっていきます。
「だめぇ、フルート!!!」
とポポロはまた悲鳴を上げました。光を抑えようとするように、地面に両手を押しつけます。
「馬鹿野郎! 行くな! 行くんじゃねえ!!」
「ダメだよ、フルート! 光になっちゃダメなんだよ!」
「ワン! フルート、フルート! 戻ってください! フルート……兄さぁん!」
ゼンやメールやポチも必死で呼び戻そうとしますが、金の光は停まりませんでした。ますます大きく強く広がって、あたりをおおっていきます──。
バシン!!
いきなり強い振動が彼らを襲いました。セイロスが撃ち出した攻撃が金色の光にぶつかって消滅したのです。
光がますます広がるので、セイロスはあわてて後退しました。光が闇の足場を消していくので、地上へ飛び降ります。
ガラスのような障壁の向こうでは、デビルドラゴンが苦しそうに身もだえしていました。聖なる光が届いて闇の竜を消し去ろうとしているのです。闇の怪物を吸収していた触手が次々弾けて消えていきます。
「いやぁ!! いやぁぁ……!!!」
ポポロは泣き叫びました。もうそれ以外のことばが出てきません。
湧き上がってくる金の光は、とめどなくあふれ、強く広がっていきます。
どこまでもどこまでも。世界中をおおいつくそうとするように──。
ところが。
湧き上がる光が急に色を変え始めました。
まばゆい金色の輝きが赤みを帯びたと思うと、みるみる赤い光に変わっていったのです。
それと同時に光がしぼみ始め、あっという間に小さくなってしまいます。
最終的に、赤い光はポポロたちの目の前に残るだけになりました。うごめきながらさらに弱まり、人の形になって、吸い込まれるように消えていきます。
そのあとに現れたのはフルートでした。青と白の花の中に横たわって目を閉じています。
仲間たちは叫び声を上げました。
ポポロがフルートに飛びつきます。
「フルート! フルート──!」
抱きしめた体にはぬくもりがありました。すぐにフルートが身じろぎをして目を開けます。
仲間たちはまた歓声を上げました。全員がフルートに飛びついて口々に言います。
「フルート、大丈夫かい!?」
「このすっとこどっこい! おまえはどうしてそう!」
「ワンワン! フルート、フルート! フルート兄さん!」
泣いたり怒ったり笑ったりする仲間たちを、フルートは信じられないように見つめ──いきなり、がばと跳ね起きました。
その拍子にポポロを跳ね飛ばしそうになったので、あわてて抱きとめ、泣いて見上げる彼女に言います。
「ぼくが……わかるのか?」
え? とポポロは目を見張りました。
「なに言ってんのさ! それはこっちのセリフだよ!」
とメールが言い返すと、フルートはますます驚いた顔になり、急に厳しい声で言いました。
「金の石! 願い石!」
あ、また! と仲間たちはフルートを捕まえました。彼らの前に精霊の少年と女性が姿を現したので、いっそう強くフルートを捕まえます。
仲間たちにしがみつかれながら、フルートは精霊たちに言いました。
「どうして願いをかなえなかったんだ!? ぼくはちゃんと願ったはずだぞ!」
金の石の精霊は肩をすくめました。
「ぼくも君と一緒に光になることを願った。反故(ほご)にしたのは願いのだ」
全員からいっせいに見つめられても、願い石の精霊は表情を変えませんでした。淡々と答えます。
「私もそなたたちの願いをかなえようとした。真の願いを語っていなかったのはフルートだ」
えっ、と今度はフルートが言いました。とまどって自分の胸に手を当て、すぐに拳を握って言い返します。
「そんなはずはない! ぼくは本気で願ったんだぞ! 金の石と一緒に聖なる光になって、セイロスとデビルドラゴンを消滅させてくれって! みんなの中からぼくの記憶も消してくれって願ったのに──」
仲間たちは顔色を変えました。
「んだとぉ……? 今なんて言いやがった、唐変木」
とゼンがフルートの胸ぐらをつかんで引き起こしました。唸るような低い声はゼンが爆発寸前になった証拠です。
けれども、フルートはかまわず精霊たちに抗議しました。
「あれはぼくの本当の願いだ! ぼくにはあれ以外の願いなんてない! それなのにぼくが真の願いを語ってなかったっていうのは、どういうことなんだ!?」
この大馬鹿野郎! とゼンはフルートを殴り飛ばそうとしました。ポポロとメールが悲鳴を上げてゼンを停めようとします。今フルートは防具を着けていません。その状態でゼンに殴られたら、フルートは死んでしまうかもしれません。
ところが、ゼンの拳が見えない何かにぶつかって跳ね返されました。反動でゼンと少女たちがひっくり返ってしまいます。
驚く一同に、風に似た声が話しかけてきました。
「まあまあ。ちぃ、と落ちつかん、か。勇者たち」
ぷん、と悪臭が一同の鼻を突きます。障壁の向こう側にいたはずの時の翁が、いつのまにかすぐ近くに来ていたのです。
老人はフルートの前まで来ると、もつれた髪とひげの間からフルートを見上げて言いました。
「精霊たちは、嘘をつかん。願い石も、聖守護石も、自分の役目を果たそうとしたんじゃ、よ。それなのに願いがかなわなかったとしたら、それは、願った人間のほうの原因、じゃ」
そんなはずは──! とフルートはまた反論しようとしましたが、老人はかまわず話し続けました。
「おまえさんは、なにを願ったね。口に出したことばは、よく嘘をつく。嘘をつけない心の奥で、おまえさんはなにを願った、ね。光になろうとした最後の最後に、おまえさんが思ったこと、じゃ」
「最後の最後に思ったこと……?」
フルートは目を見張り、また胸に手を当てました。思い出すようにしばらく黙ってから、首を振ります。
「やっぱりぼくは同じことを願っていました。他のことなんて願っていません」
「本当、かね? 現におまえさんはこうして、戻って来とる、ぞ?」
老人にからかうように言われて、フルートは顔をかっと赤くしました。
「本当です! ぼくは守りの光になってデビルドラゴンたちを消滅させて、世界を平和にしたいと願いました! みんなに幸せになってほしい、みんなに泣かずに笑っていてほしい、そう思ったから──」
とたんにポポロが歓声を上げました。泣き笑いでフルートの首にしがみつき、面食らう彼に言います。
「それよ、フルート! それなのよ!」
そのまま声を上げて泣き出してしまったので、フルートには何のことなのかさっぱりわかりません。
すると、ポチが急に飛び跳ね始めました。
「ワン、わかった! フルートが本当に願ったことって、ぼくたちに泣かないで笑っていてほしいってことだったんだ! デビルドラゴンの消滅も世界の平和も願っていたんだろうけど、それよりもっと強く願っていたのは、ぼくたちに笑ってもらうことだったんだ──そうでしょう、フルート!?」
ところが、フルートが答える前にゼンがまたどなりました。
「馬鹿野郎! てめぇは、んなことが本当にできると思ってたのか!? おまえが光になって消えて、この世界のどこにもいなくなって、それでも俺たちが泣かずに笑っていられるなんて、んな馬鹿なことが──!」
「だから、君たちの中からぼくの記憶を消してもらおうとしたんだ! そうすれば、ぼくがいなくなっても君たちは悲しまなくなるから!」
フルートが頑固に言い返したので、ゼンはまたフルートを殴ろうとしました。今度はメールがゼンに抱きついて必死に止めます。
「ダメだったら! ポポロも一緒にいるんだから、二人とも怪我しちゃうじゃないか!」
ひゃっひゃっひゃっ、と時の翁は風のように笑いました。
「フルートの願いが、どうしてかなえられんかった、か。おまえさんたちには、もうわかったじゃ、ろう?」
「ワン、フルートがぼくたちに笑ってほしい、って願ったからです! 願い石はこの願いはかなえないんでしたよね!?」
とポチが飛び跳ねて言いました。
「正解、じゃ。よく覚えておったな、フルートの弟分。笑顔を願う者のまわりでは、すでに皆が笑顔になっとる。自分の力で実現できる夢は、願い石はかなえんから、の」
「だ、だけど……」
フルートがまだ反論しようとすると、ポポロが顔を上げました。涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑って、フルートに言います。
「だめなのよ。前にも話したことがあるでしょう? あなたがいなかったら、あたしたちは絶対に笑えないし、幸せにもなれないの……。あたしたちにあなたのことを忘れさせようとしたってだめ。記憶から消したって、あたしたちは心のどこかであなたを覚え続けてる。あたしが魔法で記憶をなくしたときにも、ルルのことはずっと覚えていたみたいに。そして、ずっとあなたのことを探し続けるのよ。フルートの顔や名前は思い出せなくなっても、大切な誰かが一緒にいたはずだ、その人はどこへ行ってしまったんだろう……そう考え続けて。ねえ、そんなふうであたしたちが幸せになれると思う? フルートだってそうだったでしょう? マモリワスレの術であたしたちのことを忘れてしまったときに、あたしたちのことを思い出せなくて苦しんでたじゃない。あのとき、フルートは一度も心から笑わなかったわ。あたしたちだってそうなのよ。フルートがいなかったら、あたしたちはもう笑えない。幸せにはなれないのよ」
フルートは絶句して仲間たちを見回しました。ポポロだけでなく、ゼンもメールも泣きながら笑っていました。ポチはフルートの脚に何度も体をすりつけています。
「どれ、いつまでも、もうひとりを仲間はずれにしていては、不公平じゃ、な──来たれ!」
と時の翁が言ったとたん、そこにルルが現れました。
ようやく仲間たちと合流できたルルは、ありがとう! と老人に礼を言うと、フルートに飛びついていきました。勢いあまって尻餅をついたフルートにのしかかり、ぺろぺろ顔をなめ回して言います。
「ほんとに、ほんとに、ほんとにもう、どうしようもない人! 何度ポポロやあたしたちを泣かせたら気がすむのよ! おまけにあなたのことを忘れさせようとしただなんて──! 本当にそんなことをしたら、一生恨んで、死んだ後もあなたに恨み言を言ったわよ! でもまあ、こうして戻ってきてくれたからいいわ。あたしたちに笑っていてほしいだなんて、いかにもフルートらしい願いよね──!」
泣いて怒って、それから笑って。やっぱり根は気がいいルルです。
「なるほど、そういうことだったのか」
と金の石の精霊から見上げられて、願い石の精霊は、つんと顔をそらしました。
「私は私の役目と理(ことわり)に従っただけだ」
心なしか二人の精霊はほっとしているように見えます。
そのとき、地の底から響くような声が聞こえてきました。
「ふるーとハ我ラノ消滅ヲ願エナカッタ! 願イ石ハモハヤ恐レル必要ナシ! 連中ノ息ノ根ヲ止メロ!」
一同は、ぎょっと障壁の向こうを振り向きました。
神竜と絡み合ったデビルドラゴンが、じっとこちらを見ていました。赤い目がらんらんと輝いています。
次の瞬間、フルートは跳ね起き、ルルやポポロを残して飛び出しました。花畑に落ちていた光炎の剣に飛びつき、すぐまた跳ね起きます。
その前にいたのはセイロスでした。いつのまにかすぐ近くまで迫っていたのです。後ろには飛竜を降りたギーも従っています。
フルートは仲間たちを背後にかばって剣を構えました──。