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第28巻「闇の竜の戦い」

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第75章 願い

212.ランジュール

 大勢がフルートを復活させようと必死になっていた頃、デビルドラゴンとセイロスの間では、誰も知らない争いが起きていました。

「セイロス、連中が何か始めている! 絶対に仕掛けてくるつもりだぞ! 早く手を打たないと!」

 ギーが障壁の向こうの光景にやきもきしていました。空飛ぶ獣に乗った集団が空に円陣を作り、周囲の人々はそれを見上げたり、手や杖を差し伸べたりしていたのです。

 ところがセイロスは黒い足場に立ったまま、腕組みしてじっと眺めているだけでした。何も答えようとしません。

「セイロス、セイロス! 絶対まずい気がする! きっと連中はあいつを助けようとしてるんだ!」

 ギーが、あいつ、と言ったのはフルートのことでした。ギーとセイロスの剣に刺されて息絶えたように見えるフルートでしたが、仲間の少年少女が周りを囲んで守り続けていました。彼らが期待の顔でフルートと円陣を見ているのが、ここからもはっきりわかります。

 ギーがしつこく何度も繰り返し、業を煮やしてとうとう自分でフルートのところへ飛ぼうとしたとき、ようやくセイロスが言いました。

「気にするな。どうせ連中には何もできん」

 セイロスはギーのすぐ目の前にいるのに、何故かその声ははるか下のほうから聞こえてきたような気がします……。

 けれども、ギーはセイロスには疑うことをしない男でした。セイロスの返事を聞いてすぐに納得しました。

「そうか。連中とこっちの間にはセイロスが作った『壁』があるんだもんな。連中はこっちには手出しできないのか。なぁんだ、連中は無駄な骨折りをしてるんだな」

 セイロスはまた黙り込んでしまいます──。

 

「とかなんとかセイロスくんのふりして言っちゃってぇ」

 デビルドラゴンの内側でランジュールがあきれていました。

「あれ、ぜぇったいに勇者くんを助けるための陣だよねぇ。セイロスくんは陣が完成する前に勇者くんにとどめを刺そぉとしてるのに、デーちゃんがセイロスくんを押さえ込んでるでしょ。勇者くんを復活させて体を乗っ取ろうとしてるんだぁ。ほぉんと、デーちゃんはしぶといねぇ」

 デビルドラゴンは何も言いませんでした。光の軍勢がしていることを、期待を込めて見つめ続けています。

 すると、突然セイロスの声が響いてきました。

「私を解放しろ、闇の竜! 金の石とフルートを復活させれば、奴らは願い石の元へ行くぞ! そんなこともわからないのか!」

「ムロン、ソレハ承知シテイル」

 とデビルドラゴンは答えました。笑うような声です。

「ダガ、奴ハ復活シタ瞬間ニ願ウコトハデキナイ。ソノトキガ我ノトキ。今度コソ奴ノ魂ヲ器ゴト我ガモノトスル。今度ハ邪魔ヲサセナイゾ、せいろす」

 セイロスの怒りがはっきりと伝わってきましたが、セイロス自身は動くことができませんでした。足場の上に立ったまま、腕組みして敵のすることを眺めています。内側で彼と闇の竜が争っていることは、すぐそばにいるギーにさえわからないのでした。

「やぁれやれ」

 ランジュールがまたあきれた声を出します。

 

 外では天空の貴族たちが作った円陣に世界中から力が集まってきていました。魔法で守りの力に変えられ、レオンとルルを通じてポポロに伝えられます。ポポロの体が金色に輝きだし、守りの力がフルートのペンダントへ流し込まれます。

 またセイロスの声が響きました。

「金の石が復活する! 今すぐ私を解放しろ、闇の竜! 奴らに願わせるな!」

「奴ノ願イハ我ノタメニ使ワレル。オマエガ我トヒトツニナルコトヲ望ンダヨウニナ」

 とデビルドラゴンは答えました。

「奴ノ願イハ、ぽぽろヲ奪オウトスルオマエヲ、コノ世カラ消シ去ルコト。オマエハモウ我ニハ不要ダ。奴ガオマエノ破滅ヲ願ウトキヲ待ッテイルガイイ」

「……なぁんて本音は、実際に成功するまで言わないでおいたほぉがいいんだけどねぇ」

 とランジュールが茶々を入れました。チチチ、と大蜘蛛のアーラに話しかけられて、また言います。

「そぉそぉ。デーちゃんって実はお馬鹿がつくほどの正直さん。でぇも、しかたないんだよねぇ。なにしろデーちゃんは純粋な闇の権化だからさぁ。言ってみりゃ精霊たちのお仲間さん。精霊たちは嘘をつくことができないんだよねぇ。ましてここはデーちゃんの中だしぃ」

 セイロスが歯ぎしりする気配が伝わってきました。デビルドラゴンの狙いがわかっても、動きを拘束されているので、どうすることもできないのです。

 守りの光が結晶となり、金の石を復活させていきます──。

 

 やがて金の光は収まっていきました。レオン、ルル、ポポロの順で体の輝きが消えていきます。守りの力がすべて金の石に注ぎ込まれたのです。

 ククク、とデビルドラゴンは笑いました。フルートが目を覚ます瞬間を手ぐすね引いて待ち構えます。

 それに対してセイロスはやっぱり何もできません。

 ついにフルートが目を開けました。金の石が傷を癒やしたのです。横にひざまずいてのぞき込んでいたポポロを見上げます。

 シタリ! とデビルドラゴンは歓声を上げました。フルートに向かって呼びかけます。

「勇者ノ魂、我ガシモベヨ! ぽぽろヲせいろすニ奪ワレヌタメニ、ココニ来タリテ、ソノ身ヲ我ニ──」

 ところが、その声にランジュールの声がおおいかぶさりました。

「デーちゃん、お預け!」

 まるで犬に命令するような口調です。

 とたんにデビルドラゴンの声がぴたりと停まりました。そのまま何も聞こえなくなってしまいます。

 外の世界では竜たちに絡みつかれた本体が、凍りついたように動かなくなっていました。たちまち竜たちに地面に引き落とされますが、それでもデビルドラゴンは動きません。

「いやぁったぁぁ!!!」

 ランジュールは意識の中で飛び上がって喜びました。

「見て見て、アーラちゃん!! ついにやったよぉ!! デーちゃんを捕まえちゃったぁ! 世界最強の闇の魔獣だよぉ! これでボクは世界最強の魔獣使いだねぇ! やっほぉ、うふふふ……!」

 ランジュールは、デビルドラゴンがフルートの誘惑に集中した隙を突いて、デビルドラゴンを従えてしまったのです。大喜びしながら言い続けます。

「おぉっと、セイロスくんも、そのまま『待て』だよぉ! 逆らおうとしたってダメダメ。キミとデーちゃんは一心同体だから、ボクの命令は絶対だからねぇ。うふふふ」

 セイロスはデビルドラゴンが動けなくなった瞬間に動き出そうとしていましたが、これでまた動けなくなってしまいました。

「うふふ、さぁて、どぉしよっかなぁ。世界最強の魔獣だよぉ? どぉやって暴れさせてあげよぉかしら。やぁっぱり世界破壊と人類皆殺しはお約束だよねぇ。どこから攻めよぉっかなぁ……」

 ランジュールは上機嫌です。

 

 そのとき、チ! とアーラが警告の声を上げました。突然きしむような音が聞こえてきたからです。ここはデビルドラゴンの中だというのに──。

 あれぇ、とランジュールは言いました。

「デーちゃんがボクの命令を振り切ろうとしてるねぇ。すっごいパワー。さすが闇の竜だなぁ」

 チ、チ、とアーラは警告を発し続けました。きしむ音はますます大きくなり、竜に捕らえられたデビルドラゴンの体もぎしぎしと動き出します。

「うぅん、まずいなぁ。やっぱり闇の権化くんを捕まえるのって、無理っぽかった? デーちゃんもセイロスくんも、むちゃくちゃ怒ってボクの命令を振り切ろぉとしてるし。このままだと逆襲されそぉだなぁ──ぐぇ」

 ランジュールは突然カエルが潰れたような声を上げました。意識だけになっている彼を、デビルドラゴンが押し潰そうとしたのです。

「うわ……ぁ、すっごぃパワー……。こ、このままだと、ボクもアーラちゃんもすり潰されちゃって、デーちゃんの餌にされそぉ……だよねぇ。うふふ、まいったなぁ……」

 こんな状況でも、ランジュールはまだ笑っています。

 とたんにデビルドラゴンの声が響き渡りました。

「下等な幽霊ノクセニ我ニ命ジルトハ、許スマジ、らんじゅーる! 消エ去レ!」

 ばちん! と何かが勢いよく閉じるような音と、うわぁぁ! というランジュールの悲鳴が重なります。

 が。

「なぁんて、ざぁんねんでしたぁ。ボクたちはもぉそこにはいないんだよぉ」

 とランジュールの声がまた言いました。相変わらず姿は見えませんが、くすくす笑って話し続けます。

「今のはアーラちゃんが蜘蛛の糸で作った身代わりさん。あ、もちろん意識の中だけで作ったから、目には見えないんだけどさぁ。とにかくボクたちは別の場所にいるんだよねぇ。だぁって、デーちゃんたちって全然信用できないんだもん。自分たちの身は自分で守っておかないとねぇ」

 チ! とまたアーラが言いました。相変わらず警戒する声です。

 うんうん、とランジュールは応えました。

「ここはデーちゃんの中だから、どこに隠れたって、いつかは見つかって潰されちゃうよねぇ。こぉなったら、デーちゃんたちに絶対捕まらない場所に逃げよっか。うん、黄泉の門の向こう側にさぁ」

 チチチ!? アーラは驚いていましたが、ランジュールはのんびり話し続けました。

「ま、勇者くんと皇太子くんの魂は手に入れられなかったけど、しょぉがないよねぇ。デーちゃんに勇者くんの魂を盗られるのは、もぉっと悔しいしさぁ──。それに、ほんの数十秒だけど、ボクは闇の竜を従えたんだよぉ? これってすごくない? 闇の竜に命令できた幽霊なんて、ボク以外にはいないよねぇ。うん、だからボクとしてはけっこう満足かな。これから勇者くんが願い石でデーちゃんたちを消滅させちゃうし、巻き添え食らう前に、さっさと安全なところに避難しよぉか、アーラちゃん」

 ぎしぎしと、あたりがまたきしみ始めていました。逃ガサン! とデビルドラゴンが言いますが、ランジュールは無視してアーラと話し続けました。

「アーラちゃん、黄泉の門につないだ糸はまだ残ってたよねぇ? あれをたぐって一気に行こっか。門の向こう側に行っちゃえば、天使も悪魔もデーちゃんも、ボクたちには手出しできないよぉ」

 チ、チ、とアーラがまた話し、ランジュールが応えました。

「え、黄泉の門をくぐったら、今度は人間の女の子に生まれ変わって、ボクのお嫁さんになるってぇ? うぅん、ボクは別に女の子でなくてもいいんだけどなぁ。むしろ男のヒトのほぉが好きだし、魔獣はもぉっと好きだしぃ──え? じゃあ、ボクが今度は魔獣になれってぇ? うふふ、それもいいかもねぇ。とびきり強ぉい魔獣がいいなぁ。アーラちゃんは魔獣のボクのお嫁さんになるの? うん、考えておくねぇ、うふふふふ……」

 ランジュールとアーラの声が急速に遠ざかっていきました。まるで何かに弾かれて飛んでいくような勢いです。ばちん! とまた何かが閉じる音が響きましたが、デビルドラゴンの中にもう彼らがいないことは明らかでした。

 

 悔しがるデビルドラゴンに、セイロスがどなりました。

「もう遅い! 奴は願ってしまったぞ!」

 結界に囲まれたデセラール山の麓、青と白の星の花の中で、フルートは赤い光と共に消えていったのでした──。

2023年7月5日
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