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第28巻「闇の竜の戦い」

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211.力・4

 「次々力が来る! 受け止めるぞ!」

 デセラール山の麓。デビルドラゴンが作った障壁の前で、マロ先生が天空の貴族たちに呼びかけました。

 二百名ほどの貴族たちは、それぞれ風の犬に乗り、手をつなぎ合って空に大きな輪を作っていました。マロ先生自身も輪の一部になっています。

 輪の真下の地面にはレオンが立っていました。ペルラとシィを乗せたビーラーに言います。

「ここに力が集まってくるからな。充分安全な場所に離れているんだ」

「充分安全なって、あなたたちは大丈夫なの?」

 とペルラが心配しました。レオンの足元には犬の姿になったルルもいます。

「大丈夫だ」

「もちろん大丈夫よ」

 レオンとルルは同時に答えましたが、ペルラはまだ心配顔でした。何かをつぶやいて両手を動かすと、そっと送り出すように手を前に突き出します。

 とたんにレオンとルルをひやりとした空気が包みました。湿っぽいのですが心地よく感じられます。

 ペルラが言いました。

「海の守りよ。あたしの魔法だからあまり強力じゃないけど、少しは役に立つはずだわ。くれぐれも無理しちゃだめよ。だけどフルートは絶対に助けてね」

「注文が難しいな」

 とレオンは思わず苦笑いしました。

「あの、ルルさん、あたしたちもフルートのために力を送りますから。がんばってくださいね」

 と小犬のシィが言ったので、ルルも犬の顔で笑いました。

「ありがとう。よろしくね」

 ビーラーが彼女たちを乗せて離れていくと、レオンはルルの背中に片手を置きました。空の貴族たちを見上げて言います。

「準備はいいです。お願いします」

 

 空にはすでに様々な場所から力が集まってきていました。

 人間の目では見ることができませんが、彼ら魔法使いには力は色を帯びた光の奔流となって見えています。

 それぞれの力の色は、送ってくる人物や種族、場所などによって違っていました。青い色はリーリス湖にいる海の戦士たちから送られてくる力。少しくすんだ白い色はヒムカシの妖怪たちが送ってくる力。魔法軍団の魔法使いは各自が自分の持ち色で力を送りだしているので、奔流は虹色に見えています。

 力がさらに遠くから次々集まってくるので、レオンは感心しました。

「すごいな。本当に世界中から力が集まってきてるぞ」

「フルートのためですもの。当然よ」

 とルルは言いました。世界各地を旅しながら人々を助けてきた勇者の一行は、世界中に数え切れない味方を作っていたのです。

「いくぞ、レオン!」

 と空からマロ先生が言いました。

「いつでも大丈夫です!」

 とレオンは片手を空へ上げました。もう一方の手はルルの背中に置いたままです。

 ルルは障壁の向こうを見ました。彼女とレオンが地上に降りたように、向こうでも花鳥が一行を乗せたまま地上に降りていました。青と白の星の花の中にフルートが横たわり、すぐそばにポポロがひざまずいています。ゼンとメールとポチは立ったままで見守り、願い石の精霊も無表情でフルートを見つめています。

「力を送るわ! 受け取って、絶対にフルートを助けるのよ!」

 とルルは言いましたが、障壁の向こうから返事はありませんでした。ポポロの声は聞こえてきても、こちらの声は向こうに聞こえていないのです。ただ、ルルは自分とポポロとつながり合っているのを感じていました。たとえ結界が彼女たちを引き離しても、ふたりの間には途切れることがない心の通路があるのです。

 空で貴族たちが呪文を唱えると、集まってきた力が貴族たちの輪に吸い寄せられていきました。輪に沿ってぐるぐる周りながら寄り合い溶け合って、まぶしい光の奔流に変わっていきます。

「レワーカニラカチノリモーマー!」

 貴族たちがまた呪文を唱えると、光の色がまばゆい金色に変わり始めました。フルートの復活を願う想いの力が、守りの力に変わったのです。

 金の光は回転しながら次第に輪の中心へ向かい、突然稲妻のように空から地上へ落ちていきました。バリバリバリッと空気を引き裂く音が響きます。

 金の稲妻はレオンを直撃しました。レオンが空に伸ばした手から吸い込まれていって、すぐに彼の全身を金色に光らせます。

 とたんにレオンは少しよろめきました。彼が着ている星空の衣が風もないのにはためき、髪も光の中で舞い上がります。

「本当にものすごい力の量だ……。まったくフルートは人気者だな。妬けるよ……」

 レオンは脂汗を流して軽口をたたくと、ルルに言いました。

「いくぞ。気持ちをしっかり持てよ」

「ええ、大丈夫」

 ルルが四本の脚を踏ん張って応えます。

 その長い茶色の毛並みが、やってきた力にふわりと舞い上がりました。ルルの全身も金色に光り出します。一瞬痛みに似た衝撃が走りましたが、すぐに衝撃は薄れていきます。

「ペルラの守りもあるから、あまりつらくないはずだ。送った力をポポロに渡すんだ」

 そう言うレオン自身は、やっぱり脂汗を流しながら金の稲妻を受け止めていました。ルルがまともに力にさらされて壊れてしまわないように、ルルと力の間に入って、ルルが受け取れる量に調整してくれているのです。

「ポポロ! ポポロ、受け取って!」

 ルルが流れ込んでくる力を送り出します──。

 

「来たわ!」

 とポポロが叫びました。その全身がみるみる金色に輝き出します。ルルが送る守りの力が届いたのです。

 フルートのそばにひざまずいていたポポロは、フルートの首にかかっているペンダントを手に取りました。空っぽになっている透かし彫りを、フルートの襟元で光る一粒の金の石に重ね、さらにその上に自分の両手を重ねます。

「お願いよ、金の石。復活してフルートを助けて……!」

 祈るようにつぶやいて、自分の体からあふれてくる守りの力を金の石へ送り込んでいきます──。

 ゼンとメールとポチはその様子を見守りました。金の石が復活するにはものすごい力が必要だとポポロが言っていたので、送られてくる力が足りるかどうか、時々障壁の向こうの様子も確かめます。

「天空軍の円陣に金色の光が湧いてるよ。あれがこっちに送られてるんだね?」

「ああ。まだまだあるな」

「ワン、すごい量だけど、レオンがルルを助けてくれてますよ」

 障壁の向こうの人々がフルートを助けようと必死になっている様子を、彼らはことばにできないくらい心強く感じました。フルートはまだ血にまみれて目を閉じたままです。息さえしていないのですが、助かってくれるのでは、という希望が湧き始めます。

 同時にゼンはセイロスとギーにも警戒の目を向けました。彼らが邪魔してくるようなら弓矢で防戦しようと考えたのですが、セイロスたちに動く様子はありませんでした。離れた場所からこちらの様子をうかがっています。

 生き返れ! 目を覚まして! 仲間たちは祈るように願い続けます──。

 

「どうなのだ? うまくいっているのか?」

 オリバンはペガサスの背中でやきもきしていました。

 彼の目にも天空の貴族が作る円陣に金色の光が渦巻き、レオンを通じてルルに受け渡されている様子は見えていました。同じ色の光はポポロの体も包んでいましたが、それでフルートが助かっているのかどうかがわからなかったのです。

「すごい量の力が勇者に向かって流れているぞ。守りの力がこんなに集まっていく様子は、これまで見たことがないな」

 とペガサスのゴグが答えました。天空の馬は力の流れを見ることができたのです。

「フルートに関わったことがある人々が、みんな彼が助かることを願ってくれてるんだな。世界中で」

 とセシルが感動したように言いました。ふと、メイの人々もフルートのために願ってくれているだろうか、と考えます。部下の女騎士団はこの近くにいるので一緒に願っているはずでした。ディーラの救援に向かった弟のハロルドたちも、どこかでこれを見て願っているような気がします。それだけでなく、遠い故郷のメイ国でも、義母のメイ女王が願っている気がしました。賢いことで有名なメイ女王です。今のこの状況をいち早く知って見守っているのでは、と思ったのです。

 ユギルは黙ったままポポロやフルートの様子を見ていました。彼の肩の上では丸い遠見の石がその光景を全世界に送っています──。

 すると、白の魔法使いが急に、ああ、と声を上げました。空の彼方から赤い炎が稲妻のように飛んでくるのが見えたのです。後を追いかけて青い光も飛んできます。

 赤の魔法使いが言いました。

「あれは青の魔法だ」

「前を行くのはグル教の神じゃぞ」

 と深緑の魔法使いも目を光らせて言います。

 そのとたん、セシルの腰に下がった笛のような筒から五つの小さな獣が飛び出してきました。一つに合体して灰色の大狐になります。

「どうした、急に!?」

 呼んでもいないのに管狐が出てきたので、セシルが驚いていると、大狐は飛んでくる炎へケーンと鳴きました。その声を目印にするように炎が向かってきて、管狐に激突します。

「管狐!?」

 仰天するセシルやオリバンたちの目の前で、大狐はさらに大きくふくれあがって、燃え上がる炎の狐に変わりました。

「アーラーン!」

 とセシルは声を上げました。以前にも管狐が炎の神のアーラーンに体を貸したことがあったので、すぐにわかったのです。

「アーラーン? 銀鼠と灰鼠が信仰しているグル教の神か──?」

 突然のことに、オリバンはまだとまどっています。

 炎の大狐は地上に降り立つと、天空の貴族の円陣を見上げました。

「グルを信じる者たちが私に力を託した。直接そこへ力を送れない者たちの力もここにある。受け取るがいい」

 力に充ちた神の声でした。

 アーラーンは再び炎の稲妻のような姿になると、地上から空へ駆け上がり、貴族たちの円陣に飛び込んでいきました。

 バチバチバチバチッ

 円陣の上に激しい火花が飛び散り、炎の稲妻は渦の中に溶けて金の光と一緒になってしまいます。

「管狐……」

 セシルが青ざめているところへ、五匹の小狐が空を飛んで戻ってきました。キュィキュィ、とセシルにひとしきり体をすりつけてから、また管の中に戻って行きます。

「アーラーンは大変な量の力を運んできたな」

 と白の魔法使いは言いました。アーラーンが飛び込んだ後の光の渦が、円陣からあふれそうなほど激しく揺れていたのです。貴族たちが必死に支えたので、やがて渦は落ち着いていきます。

「よし、それでは我々の力も送ることにしよう」

 と白の魔法使いは言うと、杖の先に留めてあった青い光を円陣へ送り出しました。青の魔法使いが送ってきた力です。さらに自分自身の力も白い光に変えて送り出します。深緑の光、赤い光もその後を追って円陣に飛び込んでいきました。金色の守りの力に変えられると、地上のレオンへ、そこからルルを通じてポポロへと送られていきます──。

 

 人々が息を詰めるようにして見守る中、やがてポポロを包んでいた金の光が薄れていきました。ついにはまったく見えなくなってしまいます。

 ずっと目を閉じていたポポロが目を開けました。小さな息を吐くと、ペンダントの上に重ねていた両手をゆっくり外します。

 花と草の透かし彫りの真ん中に金の石がはまっていました。以前と同じ大きさに戻って、静かに金色に光っています。

 やった! とゼンやメールは叫ぼうとして、すぐに声を呑みました。

 まだです。金の石は復活しても、フルートはまだ息を吹き返していないのです。

 けれどもすぐにポポロが声を上げました。

「ほら、見て……!」

 もう涙声になっています。

 フルートの腹の深い傷がみるみるふさがっていました。青ざめていた顔に血の気が戻り、茶色く乾いていた唇にも赤みが差してきます。

 ゼンはフルートに飛びつきました。胸に耳を押し当て、心臓がまた鼓動を打ち始めたのを聞いて歓声を上げます。

 フルートの胸が上に動き、また下がっていきました。呼吸も始めたのです。

 仲間たちは全員フルートに飛びつきました。

「フルート!」

「ワン、フルート!!」

「あたいたちの声が聞こえるかい!?」

「大丈夫か!?」

 呼び続けていると、フルートが目を開けました。青い瞳が仲間たちひとりひとりの顔を見つめていきます。しっかりしたまなざしです。

 ああ、良かった、と仲間たちは思いました。安堵のあまり涙がこぼれそうになります。ポポロはとっくに泣き出しています。

 すると、フルートが何かを言いました。声はまだちょっと出しにくいようで、聞き取りにくい声でした。

「なにさ、フルート?」

「何が言いてえんだよ?」

 メールやゼンが聞き返しました。泣き笑いのような顔になってしまっています。

 ポチはフルートの横腹に鼻を押し当てました。ギーに刺された傷も綺麗に治っているのを確かめて、またほっとします。

 フルートがまた口を動かしました。やっぱり聞き取りにくい声ですが、今度は仲間たちにも聞こえました。

「ごめん……」

 仲間たちは本当に泣き笑いしそうになりました。

「ったく。おまえはいつだって俺たちに心配かける唐変木だぜ」

 とゼンがわざと憎まれ口をたたきます。

 

 そのとき、ポポロが急に目を見張りました。

「え……?」

 フルートが近くに立っていた願い石の精霊を見上げたのです。そのままほほえみます。何故かとても透き通って見える笑顔でした。すぐそこにいるのに、まるで遠い彼方で笑って見せているような……。

 ポポロは悲鳴を上げました。悲鳴は仲間たちにも広がっていきます。

 願い石の精霊がいきなり姿を消したと思うと、フルートの体が赤い光を放ち始めたからです。強い光がフルートを包んでいきます。

「だめ、フルート! だめ! だめよ──!!」

 ポポロはフルートの腕に飛びついて捕まえました。強く抱きしめて引き留めようとします。

 けれども、ポポロの手の中でフルートの腕はみるみる薄れていきました。腕だけでなく体全体が赤い光の中に消えていきます。

「馬鹿野郎──!!」

 ゼンは光の中からフルートを引っ張り出そうとしましたが、伸ばした手は空をつかんだだけでした。一瞬早くフルートの体は消えてしまったのです。

 赤い光は湧き上がったときと同じように、突然しぼんで消えていきました。

 光が消えた痕にフルートの姿はありませんでした。願い石の精霊もいなければ、金の石のペンダントもありません。ただ呆然とする仲間たちだけが残されています。

 フルートは金の石と共に、願い石の元へ行ってしまったのでした──。

2023年6月28日
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