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第28巻「闇の竜の戦い」

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210.力・3

 「よいか、皆の者。今こそ勇者たちがテトを救ってくれた恩を返すときじゃ。フルートが助かるよう力を送るのじゃ」

 テト国を流れる川の岸辺で、象に乗ったアキリー女王が家臣や衛兵たちに呼びかけていました。

 対岸にある鉄の岸壁と呼ばれる岩肌に、横たわるフルートが映し出されていました。先ほどから急に向こうの声が聞こえるようになっていたので、ポポロやオリバンの呼びかけは彼らにも伝わっていたのです。

 大臣のモッラがとまどいながら女王に聞き返しました。

「勇者殿はこのテトの恩人です。私たちも勇者殿を助けたいと思っておりますが、力をおくるというのはどうすればよろしいのでしょう。我々は魔法使いでもなんでもないのですが……」

 アキリー女王は馬鹿にしたように大臣を見下ろしました。

「そんなことでためらっておるのか。ポポロが求めておるのは想いの力じゃ。想いならば、わらわたちは毎日欠かさずグル神に送っているであろう。グルに祈るように、フルートの復活を祈るのじゃ。心もとない者はいつものようにグルへ祈りを捧げよ。きっとグルがフルートの元へ想いを届けてくれるはずじゃ」

 そう言って、女王は率先して両手を胸の前で合わせました。シナたちユラサイ人の祈り方に似ていますが、シナが肘を合わせるように祈っていたのに対して、女王は手を合わせた両腕の肘を外へ突き出しています。それがグル神への祈り方だったのです。

「グルよ、わらわたちの力をフルートへ届けよ! あれほど他人の幸せのために戦ってくれた少年が、ここで死んで良いはずはないのじゃ。わらわたちの力をフルートへ運んで、フルートを救いたまえ!」

 家臣や衛兵たちも女王にならって両手を胸の前で合わせました。礼拝で敬虔(けいけん)な祈りを捧げるときのように、座り込み、頭を地面にすりつけてグル神に願う者もいます。誰からともなく始まった礼拝の歌が、彼らの祈りを運んでいきます──。

 

「オレたちは、キース!? オレたちも願っていいのかヨ!?」

「フルートはすごい怪我をしてるゾ! このままじゃ死んじゃうんだゾ! フルートが助かるように、オレたちも力を送りたいんだゾ!」

 ロムド国のハルマスに近い荒野で、小猿の姿のゾとヨがキースに尋ねていました。

 ピィィィッ!

 黒い鷹の姿のグーリーも翼をばたつかせて訴えています。

 彼らは魔法の檻(おり)の中にいました。デビルドラゴンがフルートたちと戦わせるために近辺の闇のものを招集したので、誘い出されないようにキースが作ったのです。さらに檻の外側を青い障壁のドームが囲んでいます。こちらは武僧の青の魔法使いが作り出したものでした。

 フルートたちがセイロスと戦う様子は、この青い障壁に映し出されていました。だから、彼らもポポロやオリバンの呼びかけを聞いていたのです。

「もちろん力を送りたいのは山々だ。ぼくだってフルートを助けたい。だけど──」

 とキースはことばを濁しました。彼らは闇のものです。力を送れば、それは闇の魔力になって、フルートを助けようとする想いとぶつかり合ってしまいそうな気がします。

 すると障壁の外から同じ光景を見ていた青の魔法使いが言いました。

「心配はないでしょう。願う気持ちには光も闇もないはずですぞ」

 彼はこれまでフルートたちとセイロスの激戦を断腸の想いで見守っていました。駆けつけて協力したくても、彼がここを離れればキースたちがたちまちデビルドラゴンに操られるので、離れることができなかったのです。やっと力になれることが出てきた! と張り切っています。

 けれどもキースは首を振りました。彼は先の闇王の十九番目の王子です。いくら純粋に願おうと思っても、願いが強ければ強いほど、それは闇の魔力を帯びてしまうのです。

「キース、オレたち願いたいんだゾ!」

「キース、オレたちの力をフルートに届けるんだヨ!」

 ゾとヨはしきりに繰り返し、グーリーも羽をばたつかせて訴え続けます。そんな彼らをなだめきれなくて、アリアンは涙を拭っています。

 そこへ、どこからか歌う声が聞こえてきました。高く低く荒野に響きます。

「銀鼠と灰鼠か」

 と青の魔法使いは振り向きました。彼と一緒にキースたちを守っていた姉弟の魔法使いが、空飛ぶ絨毯を地面に敷き、座り込んで礼拝を始めていたのです。

 彼らはグル教の信者なので、アキリー女王たちがしていたように、肘を外に突きだして両手を合わせ、頭を地面にすりつけるようにしながら、歌に祈りを載せていました。もちろんフルートの復活をグル神に祈っているのです。

 すると、歌声が急に大きくなりました。まるで大勢が歌っているように、あたりに響き出します。銀鼠と灰鼠は驚いて顔を上げましたが、彼らが歌いやめても歌は止まりませんでした。まるで何十人、何百人もの人々が声を合わせて歌っているように、歌声は大きくなっていきます。

「!?」

 姉弟はまた驚きました。彼らの周囲に突然炎の輪が現れたのです。

 炎の中から男の声が響きます。

「目覚めろ、猿の王! 勇者たちが呼んでいるぞ!」

「アーラーン!?」

 姉弟が炎の神の名を言うと、炎の輪はいきなり彼らの周りから離れてキースたちのほうへ飛びました。青い障壁もキースの魔法の檻も次々砕いてしまいます。祈りの歌声はさらに大きくなります──。

 

 すると、抱き合って驚いていたゾとヨが急に大きくなりだしました。小猿だった二匹がたちまち大木より大きくなってひとつに溶け合い、巨大な猿に変わります。ただ、それは普通の猿ではありませんでした。全身白い毛でおおわれていて、体の前と後ろの両面に顔があります。前を向いた顔は怒ったような表情、後ろを向いた顔は笑うような表情をしています。

「ゾ、ヨ!?」

 ピィィィッ!?

 仰天するキースやアリアン、グーリーたちの隣で、青の魔法使いや、銀鼠灰鼠の姉弟は呆然としていました。

 突然彼らの中に現れたのは猿神グルでした。以前にも小猿のゾとヨの体を借りて現れたことがありましたが、またやってきたのです。グルが一歩前に足を踏み出すと、ずしん、と地響きがします。

 猿神は大きな背中を丸めて身をかがめると、キースに向かって言いました。

「わしならば、闇も光も関係ない。大勢の者がわしに祈りと力を託した。おまえたちの力も、わしが運んでやろう」

 ゾやヨの声とは似ても似つかない、太くて力に充ちた声です。

 すると、周囲を取り囲んでいた炎の輪から、また男の声がしました。

「おまえでは足が遅い、猿の王。私が運ぼう」

「それもそうだ。事は急ぐ。おまえに頼もう、狐の王」

 とグルが応えます。

 そこへ第三者の声がしました。

「それでは、わしが預かってきた力も一緒に運んでもらおうか」

 年とった男の声でした。

 えっ、とキースたちは声のほうを振り向き、そこにいたはずのグーリーが黒い鷹から灰色のフクロウに変わっていたのを見て、また仰天しました。フクロウは鷹より大きな体をしています。

「梟(ふくろう)の王、おまえも来ていたのか」

 とグルが言いました。懐かしそうですが、キースたちには何が何だかわかりません。グーリーはどこ!? とアリアンは半泣きになっています。

「おまえたちの友人は、我々が一時的に預かっているだけだ。すぐ返す」

 とフクロウが老人の声で言いました。

 ノワラ……と銀鼠と灰鼠がつぶやきました。やはりグル教の神の名前です。

「おまえも力を預かってきたのか、梟の王」

 と炎──アーラーン──に言われて、ノワラが答えました。

「シュイーゴの村から送られてきた力だ。フルートへ届けろ。この力が闇の竜を倒す助けになる」

 キースや青の魔法使いは、はっとしました。

「闇の竜を倒す助けだって!?」

「では、勇者殿はデビルドラゴンを倒せるのですな!?」

「それは予言か、梟の王?」

 とアーラーンが尋ねました。

「わしは今は予言の神だ」

 とフクロウは言って飛び立ち、空中で翼を広げました。ばさり、と大きく翼を動かすと、突風が起きてアーラーンの炎をあおります。

「どれ、おまえたちの力もよこせ。一緒に送ってやる」

 とグルが言ったので、キースはとまどいながらうなずきました。思いがけない展開でしたが、目の前の獣神たちを信じることにしたのです。アリアンと手をつなぎ、もう一方の手を伸ばすと、握手をするようにグルと手を握り合います。

 グルはすぐ手を放すと、今度はアーラーンへ手を振りました。

「そら、頼むぞ、狐の王!」

 炎はいっそう大きくなると、渦を巻いて空に駆け上りました。炎の先端が狐の頭の形になって、青の魔法使いを見下ろします。

「おまえにはおまえの信じる神がいる。おまえの力はそれに託せ」

 そう言い残すと、アーラーンはものすごい勢いで空を飛び始めました。

「私の信じる神ですか。あいにくと、私は生臭坊主でしてな」

 ようやくいつもの調子を取り戻した青の魔法使いは、にやりと笑うと、空へ杖を振り上げました。

「勇者殿を助けるために、私の力も送らせてもらいますぞ、私の女神様!」

「誰が女神だ! 真面目にカイタ神に祈れ!」

 遠く離れた戦場から、白の魔法使いがどなり返してきましたが、居合わせた人々にその声は聞こえませんでした。四大魔法使いの間だけで聞こえる心話だったからです。

 青の魔法使いがまた、にやりとします。

 杖からほとばしった青い光が、空の彼方、戦場がある南へと飛んでいきました。炎の稲妻になったアーラーンはその前を飛んでいます。

 

「あれ、オレたち、どうしてたんだゾ?」

「オレたち何かしてたかヨ? 覚えてないヨ?」

 気がつけば、巨大な猿神は姿を消していて、小猿のゾとヨが地面に座り込んでいました。力が抜けてしまったようで、立ち上がることができません。

 ピィピィ、と鷹に戻ったグーリーも、地面の上で翼を動かしていました。こちらも力をなくして飛べなくなっています。

「当然だな。おまえたちはフルートに力を送っただけでなく、神様たちに体まで貸したんだから。お疲れさん」

 とキースがゾとヨとグーリーをまとめて抱き寄せて、元気を送り込んでやります。

「デビルドラゴンの召喚魔法が弱まってますな。どうやら敵は向こうの戦いに集中しているらしい。障壁を簡単にしますぞ」

 と青の魔法使いは言って、新しい障壁を張りました。前の障壁はドーム型でしたが、今度は周囲に幕を張り巡らせたような形です。

 すぐに障壁がまた戦場を映しだしたので、一行はそれを見つめました。

 フルートはまだ花鳥の背中で血にまみれて横たわっています。

 ポポロが必死に呼びかける声も聞こえてきます。

 そんな彼らの元へ、四方八方からたくさんの力が集まってくるのが見えていました。さまざまな色や形の奔流になって、デセラール山の麓へ押し寄せているのです。

「目覚めて、フルート!」

 アリアンが祈るように言いました。

「そうだゾ! 起きるんだゾ!」

「起きてデビルドラゴンとセイロスをやっつけるんだヨ!」

 ゾとヨもまた言います。

 キースはフルートを見つめ続けました。死んだように見える彼がまた立ち上がってくるのを信じて待ち続けます。

 集まってくる力の奔流は、ますます強く太く大量になっていました──。

2023年6月23日
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