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第28巻「闇の竜の戦い」

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209.力・2

 フルートを助けて!

 ポポロの呼びかけに、レオンはマロ先生の元へ飛びました。

「先生、世界中で応援している人たちの想いの力をここに集めることはできますよね!? みんなここに向けて願ってくれるんですから!」

 マロ先生は丸い眼鏡の奥で迷うような目をしていました。

「ここには貴族の大半が集まっている。我々の魔力を使えば、世界中の想いの力を収束させることは可能だ。それを守りの力に変えることもできるだろう。だが──」

 レオンの後ろに乗っていたペルラが、レオンの服を引きました。

「さっき天狗が言っていたじゃない。そんなに大量の力を送ったら、ルルが無事じゃいられないって」

「わかってる。だから、ぼくが間に入って補助するんだ」

 とレオンが言ったので、ペルラもマロ先生も驚きました。

「補助? ルルを?」

「それでも──いや、だが──」

 考え込んでしまったマロ先生に、レオンは言い続けました。

「大丈夫です。ルルはこれまで闇に負けないよう何度も天空王様に強めてもらっています。その魔法回路にぼくの魔法をつないでルルを守ります」

 レオンのことばに貴族たちが顔を見合わせていました。実際にはレオンが言うほどたやすいことではないのです。集められた大量の力を、ルルを守りながら受け渡すのには、大変な魔力が必要になります。いくらレオンが優秀でもそれができるのだろうか、と考えます。

 

 その間にもポポロの声は響いていました。

「確かにフルートは守りの勇者よ! これまでも世界中の人を守ろうとして、ずっと戦ってきたわ! だけど、守りの勇者だからって、フルートが守ってもらっちゃいけないってことはないはずなのよ! 勇者だってみんなに守ってもらっていいの! 助けてもらっていいはずなのよ──!」

 フルートはポポロの前に横たわっていました。花鳥の背中なので周囲は青と白の花で埋め尽くされています。まるで花で充たされた棺のようです。

 オリバンは拳を握りました。ユギルの肩の上を振り仰ぐと、遠見の石へ呼びかけ始めます。

「ポポロの言うとおりだ! フルートはこれまで我々のために数え切れないほど戦い、世界を守ってきてくれた! 我々を守ろうと命をかけてきてくれた勇者を、都合の良いときだけ利用して、敗れれば見捨てるのか!? 我々はそんな薄情者ではないはずだ! 力を貸せ、皆の者! フルートの復活を願え! ここには魔法軍団も、天空軍の魔法使いも、ヒムカシの国の妖怪たちもいる! 妖怪たちは古(いにしえ)のエルフの末裔だ! 彼らが我々の力を束ね、フルートを救うために送り出してくれる! フルートのために全員が一心に願うのだ!」

 それを聞いて、天狗は苦笑いしました。

「ロムドの王子はわしたち妖怪まで否応なしに引き込んだな」

「でも、王子の言うとおりだにゃ。勇者を助けようとする人は世界中にいるんだから、あたしたちも手伝わにゃいと、力を受けきれないはずだよ」

 と化け猫も笑います。

 うぉぉぉ……といたるところから怒濤のような声が響き始めました。

 戦場にいた魔法軍団や飛竜部隊が、オリバンの呼びかけに応えて叫び出したのです。

 さらに背後のリーリス湖からは、魚たちにしがみついた海の民や、半魚人、鳥や海の生き物が叫んでいました。

 彼らの先頭でホオジロザメの戦車に乗った渦王が言います。

「フルートは海の平和のために戦ってくれた大切な友人だ! 彼を死なせるわけにはいかぬ! 我々のおおいなる海の力をフルートへ送るぞ!」

 怒濤の声はさらに遠い場所からも聞こえてきていました。

 湖を越えた向こうにあるハルマスの砦からも、大勢の人々が叫び出していたのです。フルートたちの戦いの様子は、各地の光の力を宿した場所に映し出されていました。ハルマスの人々は砦を囲む光の障壁に一部始終を見ていたのです。

 さらに遠くから……さらにもっと遠くから……。

 ポポロとオリバンの呼びかけに応える声が、こだまのように聞こえてきていました。ロムド城からも、ディーラの都からも、もっと遠い場所からも、フルートを救おうと想う人々が声を上げています──。

 

「父ちゃん、父ちゃん! おいらを肩車してよ!」

 シルの町の広場で、ロキは必死に父親のズボンを引っ張りました。

 父親に肩に担いでもらうと、小さな両手をいっぱいに広げ、空に映るフルートに向かって叫びます。

「兄ちゃん! フルート兄ちゃん! おいらの力も送るよ! 兄ちゃんは助かる! 絶対においらたちが助けてあげるからさ──!」

 それまで誰にも耳を貸してもらえなかったロキですが、肩車してもらったことで、頭ひとつ分大人たちより高い場所に来て、声も人々に伝わるようになりました。必死に空へ手を伸ばす幼子の姿に、町の住人も、避難していた人々も、強く心を動かされました。

「そうだ、俺たちが助けてやる!」

「あたしたちもが力を送るからね! 負けるんじゃないよ、フルート!」

「がんばれ、金の石の勇者!」

「わしたちの力を受け取れ──!」

 誰もがロキのように空へ手を伸ばし、口々に叫びます。

 ロキはこぼれてきた涙を拭うと、また手を伸ばして空へ叫びました。

「兄ちゃん! ほら、見えるかい!? みんなが応援してるんだよ! 兄ちゃんを助けようとしてるんだよ! 目を覚ませよ、兄ちゃん──!」

「フルート……!」

 フルートの両親は祈るように両手を胸に組んで、空を見上げ続けています。

 

「国民の皆に応援させられないのは残念だ。ここには、たった三人しかおらぬ」

 ロムドの隣国エスタではエスタ王が残念がっていました。

 エスタ城の扉の間と呼ばれる部屋には扉が一枚立っていて、開け放った向こうにフルートが映っていました。力を送るよう呼びかけるポポロやオリバンの声も聞こえているのですが、ここにはエスタ王と王弟のエラード公と占者のシナしかいなかったのです。

「家臣たちを呼び集めようにも、間に合わない」

 とエラード公も悔しがっていました。ここはエスタ城の中でも、ごく限られた人しか知らない極秘の部屋です。そこへ城の家来たちを呼び集め、扉がどんなものであるかを説明し、そこに映っているのがどこの景色で、何が起きているのかを話し、家臣たちにフルートの復活を願わせようとするのは、あまりに手間がかかりすぎたのです。

 すると、シナが言いました。

「ここにいるのは、エスタの国と民を守りたいと誰よりも強く願い続けている陛下とエラード様だよ。守りたいと思う気持ちも国一番なんだ。きっとお二人の気持ちは大きな力になるさ」

 エスタ王とエラード公は黄色いドレスのシナを見ました。彼女が王に仕えるようになって何年にもなりますが、いつまでたってもため口で、今ひとつ宮廷の家臣らしくならない占者です。でも、それだけに彼女が言うことはいつも真実でした。誤魔化すことも飾り立てることもなく、本当のことを告げてくれます。

「よし。では我々も精一杯勇者の復活を願うとしよう」

 とエスタ王は言うと、開け放たれた扉の前に立ちました。床に錫(しゃく)を突いて丸い石を握り、目を閉じます。

 王弟のエラードはその隣に立って、兄の手の上に自分の手を重ねました。やはり祈るように目を閉じます。

 シナには、そんな二人から強力な想いの力がほとばしり、魔法の扉の向こうへ勢いよく流れていくのが見えていました。兄弟が気持ちを一つにすることで、想いの力はさらに強まっているようです。

 こんな光景、五年前にはとても想像できなかったよね、とシナは考えました。王たちの邪魔をしないように、口には出しません。

 兄のエスタ王を憎み、王が招集した金の石の勇者たちを亡き者にしようとしたのは、他でもないエラード公でした。その彼が今はエスタ王と一緒に真実の錫を握って、フルートの復活を願っています。

 これはみんな、あんたがやってくれたことなんだよ、とシナは扉に映るフルートを見ながら心につぶやき続けました。

 国民の全員とはいかないけど、そのことを知ってる者は、みんなあんたに感謝してるんだよ。だから──

 シナもそっと目を閉じました。両手を胸の前で合わせ、フルートの復活を王たちと一緒に願い始めます。

 その部屋の外の通路でも、魔法使いのケーラが目を閉じて願っていました。扉の間の王たちを守りながら、こちらの様子をロムド城にいるトーラへ伝えていたのです。彼もフルートの復活を強く願います。

 祈りに似た願いは、世界各地で湧き起こっていました。

2023年6月22日
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