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第28巻「闇の竜の戦い」

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第74章 力

208.力(ちから)・1

 「あの子が私を呼んでるわ」

 ルルが急にそう言ったので、周囲にいた人々はいっせいに注目しました。

「ポポロが?」

「何と言っている!?」

 セシルやオリバンに訊かれて、ルルは頭を振りました。

「わからない。私を呼んでるのはわかるんだけど、声までは聞こえないのよ。いつもならどんなに離れていたって、あの子の声は聞こえるのに」

「向こうが闇の竜の結界の中にいるからだな」

 とレオンは言って目をこらしました。確かにポポロは花鳥の上からルルに何かを話しかけていました。その前には血にまみれたフルートが横たわっています。彼を助けるために何かを思いついたのに違いないのですが、どんなに耳を澄ましても、ポポロの声を聞き取ることはできません。

「なに、ポポロ!? なんて言ってるの!? 聞こえないのよ!」

 ルルも呼びかけ返しましたが、やっぱり声は聞こえてきません。

 セシルが悔しそうに言いした。

「もう少し近ければ、唇の動きで何を言っているかわかるんだが。ここでは遠すぎる」

 けれども、ユギルが首を振りました。

「読唇術ならわたくしもいくらかできますが、ポポロ様の言っていることを読み取ることはかないません。占いの目の助けを借りてもだめなのでございます。やはり結界に隔てられているためでございましょう」

 ポポロは必死に何かを言い続けていました。ルルに聞こえていないことは、様子を見てわかっているはずでしたが、それでも呼びかけるのをやめようとしません。

「なんて言ってるの、ポポロ!? 聞こえないわ! 聞こえないのよ!」

 ルルはほえるように言って、ついに泣き出してしまいます──。

 

 すると、その横に小柄な人物が出てきました。

 同時に悪臭がルルの鼻をつきます。時の翁でした。

 老人はもじゃもじゃに絡み合った長い髪とひげの間から、じっと障壁の向こうのポポロを見ていましたが、やがて風のような溜息をつきました。

「だめじゃ、な。わしにも、ポポロがなんと言うてるか、聞こえん、わい──」

 見守っていた全員は、がっかりしました。ルルは声を上げて泣き出します。

 ところが、老人の話はまだ終わってはいませんでした。首を傾げながら向こうを見て、誰かと話すようにひとりごとを言い続けます。

「ほい、そうか。そういうことなら、理(ことわり)も良しとするじゃ、ろう。そのくらいなら、な」

 木の根のような髪とひげの間から細い腕が突き出てきました。まるで枯れ木のように痩せてしわだらけの腕です。爪が伸びた手を広げ、障壁に突きつけて声を上げます。

「かの者の声を通せ! かの者が言っていることを我らに聞かせるのだ!」

 それまでの奇妙な話し方とはうって変わった、流暢なことばでした。力に充ちた声が周囲に響き渡り、障壁までびりびりと震わせます。

 とたんにポポロの声が聞こえてきました。

「──て、ルル! みんなに呼びかけて! お願いよ!」

 必死の声でした。

 ルルはたちまち泣くのをやめました。

「なに、ポポロ!? 全部聞こえなかったわ! もう一度言って!」

 その声が聞こえたのか、それともルルの様子で言っていることがわかったのか。ポポロのほうでも表情を変え、身を乗り出してまた言いました。

「フルートはまだ生きてるわ! 金の石に力をあげれば助かるのよ! だから、ねえルル、謎の海の戦いを思い出して! あのときみたいに、みんなの力を集めて、守りの力にしてあたしに送ってほしいの! そしたら、あたしが金の石に力を渡すから!」

「みんなの力を……?」

 ルルは思わず振り向き、そこに居並ぶ人々を見ました。オリバン、セシル、ユギル、レオン、ペルラ、シィ、ビーラー、四大魔法使い──さらに、それまで闇の怪物と戦っていた天空の貴族たちやロムドの魔法軍団、妖怪たちも駆けつけてきています。

 ポポロの声はその全員にも聞こえていたようでした。驚いたように顔を見合わせます。

「結界に力を送り込むだって?」

「あれは闇の竜の結界だぞ。様子は見えていても、この世界とは断絶している場所だ」

「しかも全員の力となったら相当の量だ。誰がそれを向こうまで運ぶというんだ?」

 懐疑的だったのは天空の国の貴族たちでした。ポポロが言っていることの難しさがよくわかっていたのです。

 それを聞いてルルは言いました。

「私がやるわ! 私とあの子はつながっているんだもの! 今だって私たちはつながってるのよ! だから私が力を受け取ってあの子に渡すわ! できるわよ! 謎の海の戦いのときにもやったことがあるんだもの!」

 

 すると、妖怪たちの先頭にいた天狗が言いました。

「その話はわしらも聞いていた。天空王が味方の力を合わせて、ルルを通じて結界の中のポポロに渡したのだったな。それによって魔王は敗れてゴブリンに戻り、フルートに倒された。だが──」

 天狗の声が急に深刻になったので、仲間の妖怪たちはいっせいに彼を見ました。全員が、よしやってやろう、という気持ちになっていたので、出鼻をくじかれたのです。

 天狗は言い続けました。

「その方法には大きな問題がある。まず、そんな大量の力を送り込まれたら、そいつは無事ではいられんということだ。ポポロのほうは大丈夫かもしれんが、ルルは相当なダメージを食らうぞ。下手をしたら命を落とすかもしれん。そして、もうひとつ、もっと決定的な問題がある」

 そんなの平気よ! と反論しようとしていたルルは、驚いて黙りました。他の者たちも、決定的な問題とは? と天狗に注目し続けます。

「力の不足だ。フルートの聖守護石は徹底的に破壊された。魔石を復活させてフルートを救うには、すさまじい力が必要になる。ここにいる全員が力を合わせたところで、聖守護石はいくらも復活しないだろう。力がまったく足りんのだ」

 天狗の話に一同はまたざわめき出しました。誰もが自分たちの力の大きさと人数を推しはかっているようでしたが、魔法や力というものをよく知るものほど、天狗の言うことは正しいとわかってしまったようでした。あちこちで頭を振る人々が出てきます。

 せっかく復活しかけた希望が急速にしぼみ始めていました。空の端がまた闇にむしばまれて黒く染まっていきます。

 オリバンは声を張り上げました。

「天空王はどうなのだ!? 天空王は世界最強の魔法使いと聞いている! 天空王ならば結界の中にも力を送り込んで、金の石を復活させ、フルートを救えるのではないのか!?」

 とたんに、ざわめいていた人々がいっせいに黙り込みました。いきなりあたりが静まりかえってしまいます。

 そんなにおかしなことを言っただろうか、ととまどうオリバンやセシルに、時の翁が話しかけてきました。

「天空王はやらんじゃろう、な。この世界はいつも、均衡を取りながら成り立っとるから、の。光の王である、天空王が力を貸せば、闇も力を強くする、ぞ。闇の竜も、あんなふうにおとなしく、捕まっとりは、せんじゃろう。世界最大の光と闇が正面から激突したら、世界の半分は吹き飛ぶじゃろう、なぁ」

 オリバンやセシルはまた驚き、神竜たちに捕らえられているデビルドラゴンを見ました。絡みつく竜たちの間で、デビルドラゴンの赤い目は笑っているようでした。天空王ヲ呼ブナラ呼ベ。喜ンデ受ケテタツゾ。そう言われた気がして、オリバンたちは思わず目をそらしました。それ以上何も言えなくなってしまいます。

 

 ところが、ポポロはまだルルに言い続けていました。

「金の石を直すのには、ものすごくたくさんの力が必要になるわ! だから、みんなの力がほしいのよ! この戦いを見てるみんなに呼びかけてちょうだい! お願いよ──!」

 それは無理なのよ! とルルは言いかけて声を呑み込みました。突然フルートの口癖を思い出したのです。

「あきらめるな! あきらめたらその瞬間に終わる! ほんの少しでも可能性があるなら、絶対にあきらめちゃだめなんだ!」

 フルートの声がルルの耳の底を打ちます。

 ルルは泣き出しそうになるのをぐっとこらえて、頭を上げました。居合わせる人々を振り向いて呼びかけます。

「お願いよ、私たちに力を貸して! だめかどうかなんて、やってみなくちゃわからないじゃない! ひとりでも多くの力が必要なのよ! 力を貸して、フルートを助けて!」

 すると、ユギルも言いました。

「さようでございますね──。今ここにいるのは四百名ほどでございますが、あの石の向こうには、ここの何十倍、何百倍もの方たちがおいでになって、この戦いを見守っていらっしゃいます。皆様方が力をお貸しくだされば──遠見の石で戦いを見守っているすべての方が、勇者殿たちを守るために力をお貸しくだされば、奇跡は起きるかもしれません」

 ユギルの肩の上には白い丸い石がずっと浮いていました。ユギルと共に移動して、フルートたちの戦いの一部始終を、各地で見守る人々へ送り続けていたのです。

 すると、石から甲高い声が響いてきました。

「おうおう、聞こえとるぞ! ポポロの声もおまえさんたちの声も、よぉく聞こえているし、そっちの様子もよく見えとる! さすがわしの遠見の石だな! 力がいるんなら、いくらでも送ってやるから、さっさと取りに来い!」

 ロムド城にいるピランの声でした。

 続いてロムド王の声も聞こえてきました。

「ユギル、そちらのやりとりはすべてこちらに伝わってきている。城だけではない。そちらの様子はディーラにも他の場所にも映し出されているのだが、そこでも先ほどからそなたたちの声が聞こえるようになっているようだ。エスタ城やザカラス城からも同様の報告が届いている──。何十万という人間が今この瞬間も戦いを見守って、そなたたちの声を聞いている。フルートを助けて世界を闇から守りたいと思う気持ちは、皆同じだ。その気持ちが力になるというならば、わしたちは心をひとつにして願うぞ」

 それを聞いて、化け猫が天狗にささやきました。

「世界中に声が聞こえるようににゃってるなんて、ものすごい魔法じゃにゃい? 天空王がやったのかにゃあ?」

「いいや、光と闇の均衡は動いていない。天空王ではないだろう」

「じゃあ誰のしわざ? 石がひとりでに声も広げたのかにゃ?」

 首を傾げる天狗や化け猫から離れた場所で、時の翁が空に浮きながら障壁の向こうを眺めていました。向こうからは願い石の精霊が老人を見つめています。

「おまえさんも、ずいぶんこの子たちに肩入れしとる、のぅ。願い石が願うなんぞ、何千年ぶり、じゃ?」

 老人はつぶやいて、ひゃっひゃっと笑い声を立てました。風の音のようなその声は、本物の風に紛れてしまって、誰の耳にも届きません。

 

「お願い、力を送って! フルートを助けて!!」

 ポポロの必死な声が世界中に呼びかけていました──。

2023年6月22日
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