勇者の仲間たちは花鳥の上でフルートを呼び続けていました。
ポポロは手を握り、ポチは鼻で体を押し、メールは揺すぶりますが、フルートは倒れたままです。
そんな友人をゼンは立ちつくして見つめていました。息を吹き返してくれるんじゃないか、と期待してしまうのですが、金の石もない状況であれだけの重傷を負えば、助かるはずはありませんでした。
全員がどうしていいのかわからなくなってしまいます。
すると、フルートから赤い光が抜け出してきました。はっとする仲間たちの目の前で、赤いドレスの女性に変わります。
「願い石の精霊……」
とポポロはつぶやき、すぐに我に返って叫びました。
「お願いよ! フルートを助けて! フルートを死なせないで!」
精霊の女性は表情も変えずにフルートを見つめていましたが、そう言われてポポロを見ました。
「そなたは私の主ではない。そなたは私に願うことができない」
「んだとぉ──?」
「なんで助けてくれないのさ!? 今まであんなにあたいたちを助けてくれたじゃないか!」
ポポロより先にゼンやメールが食ってかかると、願い石の精霊は冷静なままで言いました。
「私が助けてきたのは、そなたたちではない。私は守護のを助けていたのだ。だが、その守護のも砕けた。フルートが守ることを忘れたからだ。セイロスと同じ轍(てつ)を踏んでしまった──」
一瞬、精霊の声が揺れました。表情を浮かべないはずの顔が、ほんのつかの間、悔しそうな表情を見せた気がします。
けれども、精霊はすぐにまた、まったくの無表情に戻りました。淡々と話し続けます。
「私は間もなくフルートの中から消える。そして、また世界のどこかに生まれてくるだろう。それが明日のことか、何百年何千年も後のことかは、誰にもわからない」
だからそなたたちは私に願うことができないのだ、と願い石は言っているようでした。
「馬鹿野郎、それでも仲間か!?」
とゼンは願い石に殴りかかろうとして、弾き返されてしまいました。それが八つ当たりだということは、ゼン自身がよくわかっていたので、座り込んだまま立ち上がれなくなってしまいます。花鳥の背を殴りつけて、ちくしょう……! とうめきます。
ところが、ポポロは願い石の話に別のことを聞き取っていました。目を見張り、確かめるように繰り返します。
「間もなくフルートの中から消える……? 今すぐじゃないのね? じゃあ……フルートはまだ生きているんだわ。だから、あなたもまだここにいるんでしょう?」
精霊はまたポポロを見ました。炎のような髪とドレスの女性と、赤いお下げ髪に緑の瞳の少女が見つめ合います。
「間もなくだ」
と願い石は淡々と言いました。
「間もなくフルートは完全に死ぬ。守護のが最後の力で守っているが、守護のはあまりに小さすぎる。もうじき力尽きて消滅するだろう」
金の石が守っている──?
仲間たちは思わず繰り返し、次の瞬間いっせいにフルートに飛びつきました。
「金の石はまだあるんだ!」
「どこだ!?」
「どこにいるの、金の石──!?」
とフルートの周りに金の石を探します。
やがて、フルートの体中を嗅ぎ回っていたポチが、ワン、とほえました。
「あった、金の石だ! だけど──すごく小さい!」
戦いの中で砕けて消えていった金の石でしたが、まるで砂のような一粒だけが、消滅せずにフルートの服にひっかかっていたのです。
「動かさないで!」
とポポロは言ってひざまずきました。
金の石はひとしずくの雨粒のように、フルートの襟元で光っていました。これまで仲間たちがフルートを押したり揺すぶったりしてきたのに、金の石がフルートから離れなかったのは奇跡でした。もしかしたら、金の石は必死でフルートにしがみついていたのかもしれません。
ただ、その金の石も湯気のような霧を立ち上らせて、さらに小さくなっていました。願い石が言うとおり、小さくなりすぎてフルートを守り切れなくなっているのです。完全に消滅するのも時間の問題でした。
「力をあげないと!」
とポポロは言って、また、はっとしました。彼女は今日の魔法を二回とも使い切っていました。金の石に力を与えることができなかったのです。
「俺が──! 俺の力をわけてやる!」
「あたいの腕輪の石は!? 父上が毎日海の気を込めてくれてたから、力はたっぷりあるんだよ!」
ゼンやメールが言いましたが、ポポロは首を振りました。
「だめなのよ。金の石は守りの力でできた石だから、守りの力しか受け取れないの。あたしが魔法を使えたら、みんなの力を守りの力に変えられるけど、今は……」
それ以上ことばが続けられなくなります。
「ワン、フルート! 金の石! がんばってくださいよぉ!」
ポチは必死で呼びかけました。泣き声になっているのですが、やっぱり彼は泣くことができません。
砂のような金の石はどんどん溶けていきます。
ついにメールが泣き出しました。ゼンもあふれてきた涙をこらえられなくなります──。
ところが、ポポロだけは泣いていませんでした。いつもならとっくに大泣きしているはずの彼女ですが、今は必死になりすぎて、泣くことさえ忘れてしまっていたのです。
頭の中をこれまでの戦いの無数の記憶が駆け抜けていきます。フルートなら? フルートならこんなときどうするの? フルートがしてきたことで、助けになりそうなことはなかった? そんなことを考え続け、いきなりひとつの出来事を思い出します。
あの方法なら──!
ポポロは障壁を振り向きました。
分厚いガラスのような壁の向こうでは、仲間たちが寄り集まってこちらを見ていました。ペガサスに乗ったオリバンとセシルとユギル、ビーラーに乗ったレオンとペルラとシィ、風の犬になったルル、白と深緑と赤の三人の魔法使いは自力で空に浮いています。その後方には駆けつけてくる天空の貴族や魔法軍団、妖怪たちの姿も見えました。どの顔も真っ青です。
その中のひとりをポポロは見ました。
向こうでも気がついてこちらを見ます。
ポポロは声に出して呼びかけました。
「ルル、ルル! お願いがあるのよ! 話を聞いて、ルル──!」