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第28巻「闇の竜の戦い」

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204.最終決戦・8-3

 「すっごい……」

 花鳥の背中から戦いを見守っていたメールが、思わずつぶやきました。

 フルートはセイロス相手にまったく手加減なく戦っていました。接近しては切りつけ、防具を砕き、魔弾をかわしてはまた接近して切りつけています。息つく暇もない攻撃はまるで燃えさかる炎のようです。

「こんな戦い方のフルート、見たことなかったよね」

 とメールがまた言うと、いいや、とゼンが答えました。

「一度だけあるだろうが。お台の山で襲ってきたときのあいつが、ちょうどこんな感じだったぞ」

 マモリワスレの術にはまったフルートが、仲間たちを敵と思い込んで攻撃したときの話です。

 ポポロは本来彼女がいた場所──メールの後ろに姿を現していました。猛烈な勢いで戦い続けるフルートを見つめて言います。

「セイロスを絶対に倒すって考えてるのよ……。デビルドラゴンが弱っているから、セイロスの守りも弱っているみたい。このチャンスにセイロスを倒すつもりなのよ」

 そう言ってから、ポポロは急にとても不安になりました。倒す、ということばは、殺す、ということばと同じ意味です。フルートはセイロスを殺そうとしているんだわ……と考えます。これまで、どんなに激しく戦っても、どんなにひどい敵を相手にしても、人の命は奪ってこなかったフルートが──。

 ううん、とポポロはすぐに頭を振りました。セイロスはもう人とは言えません。彼が人間だったのは二千年も前の話で、今はデビルドラゴンを宿して一体になった闇の怪物なのです。フルートは光の戦士として闇を倒そうとしているのよ、と言い聞かせるように考えます。

 セイロスは魔弾を撃つ力さえ尽きてきたようでした。障壁の向こうでは、デビルドラゴンが竜たちに引き寄せられて、ついに地上に墜落していました。戒めに変わった竜たちによって、地面の上に縫い止められていきます。ついにセイロスは魔弾まで撃てなくなります。

「今だよ、フルート!」

「とどめを刺せ!」

 メールとゼンが声を上げました。

 ポポロは不安に震える胸を両手で押さえます。

 

 ガツッ!

 フルートの剣がまた剣の柄に受け止められました。もう刃のない柄ですが、闇の大剣だっただけあって、光炎の剣で切りつけても燃えたり消滅したりはしません。ものすごい力でフルートの剣を押し返します。

 ポチは次に来る魔弾をかわそうと離れましたが、予想に反して攻撃は飛んできませんでした。セイロスは黒い足場に立って肩で息をしています。

「奴の力が尽きてきたんだ。魔法が使えなくなってきている」

 とフルートは言いました。デビルドラゴンは竜たちに完全に捕らえられて、地上に引き落とされています。その結果、デビルドラゴンの力がセイロスに行かなくなったようでした。セイロスがあえぎながらデビルドラゴンをにらんでいます。

「次で決めるぞ、ポチ」

 とフルートが言いました。この状況の中でフルートはひどく落ち着いていました。研ぎ澄まされた剣そのもののように、冷静に敵の状態と攻撃を見極めているのです。戦いの初めの頃に感じられた、ためらいのようなものも、もう感じられません。

 そんなフルートに、ポチはわずかな違和感を覚えました。フルートも自分も大事なことを忘れているような気がします。確か自分たちは──

 そのとき、ピシッと何かが音を立てました。堅いものにひびが走るような鋭い音です。

 ポチはどきりとして音の元を探しました。それはフルートから聞こえた気がします。

 けれどもフルートは言いました。

「行くぞ! 飛べ、ポチ!」

 声に弾かれたように、ポチは飛び始めてしまいました。それきり違和感も音も意識の外へ行ってしまいます。セイロスは目の前です。他のことを考えている余裕などなかったのです。

 ポチの背中でフルートが剣を構え直しました。今度こそ決める! と考えるフルートの想いが、強烈な匂いになって伝わってきます。決意は殺意の匂いをまとっています──。

 

 ところが。

 ばさばさと羽音と共に何かが飛び込んできました。コウモリのような翼の生き物がフルートとセイロスの間をさえぎります。

 それは一匹の飛竜でした。二本角の兜をかぶった青年が乗っています。これまで誰からも忘れられていたギーでした。デセラール山の陰に隠れて同じ場所にいたのです。

「セイロスは殺させないぞ! 俺が相手だ!」

 とギーがフルートへ切りかかったので、まずい! とセシルは思わず言いました。優しすぎるフルートです。いくらギーがセイロスの腹心でも、向かってこられたら剣が鈍るのは目に見えています。

 オリバンがどなりました。

「そいつは敵だ! 敵に情けをかけるな、フルート!」

 案の定、フルートは攻撃をためらいました。ギーを避けて別の方向からセイロスに攻撃しようとしますが、ギーはすぐにまた割り込んできました。避けても避けても、しつこく追ってきて割り込んできます。

 どけ! とフルートがどなったようでしたが、ギーは動きませんでした。自分の体を盾にしてセイロスを守ろうとしています。

「ギーもろともセイロスを倒せ!」

 とオリバンはまたどなりました。戦法としてはそれが正解でした。ギーが使っているのはごく普通の剣です。飛竜の手綱を握っているので盾は持っていません。フルートの攻撃を防ぐことはできないのです。

 フルートはギーをにらみつけました。深呼吸するように肩を上下させてから、ギーへ剣を振り上げます。

 とたんにユギルが声を上げました。

「いけません、勇者殿!」

 目の前で象徴がいきなり動いたのです。

「やはり、勝てんかったの……」

 時の翁のつぶやきが風のように流れます。

 

 フルートは決心していました。

 今ここでギーにためらっていれば、せっかくここまで追い詰めたセイロスを逃がすことになります。邪魔をするギーを切り捨て、突進してセイロスを切り倒すしかない、と判断したのです。

 大きく息をしてから剣を振り上げます。闇のものも人間も傷つけ焼き払ってしまう光炎の剣です──。

 そのとき、ポチはまた、ピシピシという音を聞きました。やはりフルートから聞こえてきます。

 音をたどったポチは、ぎょっとしました。それはフルートの右手首からしていました。手首に巻き付けたペンダントの先で、金の石がひび割れていたのです。

「ワン、フ──」

 フルート、金の石が! とポチは言おうとしましたが、それより早くフルートは剣を振り下ろしました。ギーが剣で受け止めますが、あっというまに剣を弾き飛ばされてしまいます。

 フルートはすぐにまた剣を構え直しました。まだ立ちはだかり続けるギーへ、剣を振り下ろそうとします。

 その手首で金の石がみるみる砕けていくのを、ポチは見ていました。あまりのことに、ことばが出ません。

 砕けた金の石は溶けるように消えていきますが、攻撃に集中しているフルートは気がついていません……。

 すると、ギーが飛竜と共に飛び出してきました。剣を構えたフルートのふところに飛び込んできます。

 捨て身の体当たりを食らってフルートとポチは少し後退しました。大した衝撃ではなかったので、フルートはまた剣を振り上げます。ギーのほうは覚悟していたのでしょう。フルートに体をぶつけたまま堅く目を閉じています。

 ところが、今度はフルートの全身からパキパキと音がし始めました。崩れるように動き出したのは、フルートの体を包んでいた防具でした。胸当てが、すね当てが、籠手が、籠手に取りつけられていた細い盾が、音を立ててフルートから離れていきます──。

 ポチは仰天しました。いったい何が起きているのか、とっさには理解できません。

 すると、フルートが唸るようにつぶやきました。

「あと少しなんだ。どうしてもう少しだけ持たなかった……」

 防具の限界が来たんだ! とポチは気がつきました。あといくらも着ていることができない、とピランから言われていたフルートの防具です。それでも堅き石の力でかろうじてつなぎ合わされていたのですが、とうとう限界のときが来てしまったのでした。

 フルートの鎧は金色のパーツになって空を落ちていきました。兜さえ外れて地上へ落ちていきます。

 どうして? とポチは混乱しながら考えました。どうして急に、こんなに次々となくなっていくんだろう? 防具も金の石も、ずっとフルートを守ってきたのに……。

 フルートの手首ではペンダントの先端が揺れていました。草と花を刻んだ透かし彫りの真ん中に、金の石はもうありません。

 フルートは防具が外れて布の服を着ただけの姿でしたが、それでも剣を手放しはしませんでした。ギーはまだフルートの目の前にいます。その背中へ剣を突き刺そうとします。

 

 そこへゼンの声がしました。

「離れろ、フルート! ギーが──!」

 花鳥に乗った仲間たちが急行していたのです。ゼンの放った矢が飛んできますが、ギーを素通りしていきました。光の矢は人間にはダメージを与えないのです。

 ギーが動いてフルートにしがみついてきました。右手をフルートに回します。

 とたんに激しい痛みがフルートを襲いました。隠し持っていたナイフでギーがフルートを刺したのです。

 フルートの金の石は砕け散っていました──。

2023年6月1日
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