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第28巻「闇の竜の戦い」

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203.最終決戦・8-2

 「よし!!」

 オリバンとセシルは同時に声を上げました。

 フルートの剣がセイロスの鎧の一部を破壊したのが、彼らにも見えたのです。はがれ落ちた防具の下からは、黒い服を着たセイロスの体がのぞいています。

「防具がなくなった! 奴の本体に攻撃が効くぞ! 行け!」

 とオリバンは言い続けました。まるでフルートに声が通じているような口ぶりです。

「これで金の石が使えるようになった! 鎧もなかなか回復しない! チャンスだ!」

 とセシルも言いました。実際には声は障壁にさえぎられてフルートたちには届かないのですが、それでも言わずにはいられなかったのです。

 三頭のペガサスたちも激戦を見ながら話し合っていました。

「ついにこのときが来たな。勇者が聖守護石を使うぞ」

「あの部分は闇の竜の守りがほころびている。効くな」

「やっとあの竜を倒せるわね」

 ユギルも心の中で緊張と感動の両方を覚えていました。願い石に願わなければ闇の竜を根絶することはできませんが、それでも世界からデビルドラゴンを退けることはできるのです。何百年も、うまくいけば、何千年も。

 がんばれ、と誰もが拳を握って考えました。フルートがポチと共にセイロスに迫り、セイロスへ剣を振り下ろす様子を見守ります。剣がまた鎧を壊したので、鎧の穴が大きくなります──。

 

 そのとき、ユギルは妙なことに気がつきました。

 いえ、妙ではないかもしれません。とても自然なことなのかもしれません。

 けれども、ユギルは眉をひそめました。空の中の戦いを凝視します。

 闇の大剣は刃が砕けたまま再生しなくなっていました。フルートの剣が腹を狙ってきたので、セイロスは剣の柄で受け止めて払いのけます。

 フルートはまた剣を振り上げました。今度はセイロスの頭上へ振り下ろします。

 光炎の剣がセイロスの兜を真っ二つにしました。正面についていた竜の飾りも二つに割れて、兜全体が燃えながら消えていきます。

「今だ!!!」

 とオリバンとセシルとペガサスたちがいっせいに言いました。

 兜を失ってむき出しになったセイロスの頭へ、フルートが剣を振り上げます。

「剣……?」

 とユギルはつぶやきました。セイロスはフルートの一撃を柄で防ぎました。フルートがそれを力任せに押し払ったので、セイロスは体勢を崩します。

 フルートがまたセイロスの頭上へ剣を振り上げました。セイロスは防御が遅れます。

「勇者殿はどうして金の石をお使いにならないんだ……?」

 とユギルはまたつぶやきました。

 セイロスは頭と腹の二カ所で防具が失われています。たとえば頭部を狙うと見せながら腹へペンダントを押し当てることができるはずなのに、そんなそぶりはまったく見せません。フルートは剣の攻撃に集中しています。

 セイロスが魔弾を撃ち出しました。

 金の石が輝いて防ぎます。

 ペンダントは今もフルートの右手首に巻きつけられていました。金の石が手首の内側で揺れていますが、やはりフルートはそれを握りません。フルートの両手は剣を握り続けています。

 

「勝てん、の」

 突然すぐ近くでそんな声がしたので、ユギルも、オリバンもセシルもペガサスたちも、ぎょっと振り向きました。男性の老人の声でした。とても小さい声なのに、彼らの耳にはっきりと聞こえてきます。

 とたんにペガサスたちがブルルッと鼻を鳴らしました。不愉快そうに蹄を鳴らして後ずさります。

「なんだこれは!? ひどい臭いだ!」

 たちまちオリバンは、はっとしました。思った通り、小さな老人が空中に浮かぶように立っていました。

「時の翁(おう)か──!」

「ほい、ひさしぶりじゃ、の、ロムド国の王子。願い石を探す旅で会ったとき、以来か、の? それとも、その後も会っとったか、の? よう思い出せん、のう」

 ひゃっひゃっひゃっ、と老人は風が吹き抜けるような声で笑いました。汚れきった長い髪とひげが全身をおおっていて、少し身動きしただけで鼻が曲がりそうな悪臭が漂ってきます。

 この人物が時の翁……とセシルは考えました。昨日この老人がハルマスの砦に現れて、時を操る怪物のクロノスを退治したことは、鳩羽の魔法使いたちから報告を受けていました。それ以前にも、オリバンやフルートたちから時の翁については聞いていたのですが、実際に見る姿は話に聞くよりずっと奇妙に感じられました。汚れきった髪やひげは灰色に固まっていて、まるでもつれた木の根の塊のようにも見えます。

 すると、オリバンがずいと前に出て言いました。

「先ほどのことばはどういう意味だ、時の翁?」

「はて、どのことば、じゃ?」

 老人がきょとんとしたので、オリバンは声を荒らげました。

「フルートが勝てん、と言ったではないか! 何故だ!? フルートは敵を追い詰めているのだぞ!」

 彼らが時の翁に驚いている間も、フルートは戦い続けていました。セイロスが撃ち出す魔弾をかわしては接近して切りつけています。魔弾の威力は目に見えて落ちてきていました。ついにはフルートが左腕の細い盾で受け止められるくらいになってしまいます。

 ほぅ、と老人はわざとらしく言いました。

「わしは、勝てん、と言っただけ、じゃ。それなのに、王子はフルートが敗れると思うたんじゃ、な」

「話の流れからすれば、そういう意味ではないか!」

 とオリバンはまたどなりました。どんなにいらいらして腹を立てても、老人は平然としていて手応えがありません。

 そのやりとりに、ペガサスたちがまた話し合いました。

「戦いは金の石の勇者のほうが圧倒的に有利だ。セイロスの防御はほころびてきているからな」

「セイロスが力切れしようとしているのよ」

「闇の竜もだ。戦い疲れている。それなのに勇者のほうが負けるのか?」

 デビルドラゴンは神竜に抑え込まれ、何百という竜たちにつなぎ止められて、ほとんど身動きできなくなっていました。空に浮いていられなくなって、地上すれすれまで下りてきています。

「勝てんのじゃ、よ」

 と老人は繰り返しました。相変わらず、吹く風のような捉えどころのない声です。

「フルートは、セイロスを殺そうとしとるから、の」

 オリバンやセシルは驚きました。

「何故だ!?」

「敵を倒さなければ勝てないではないか!」

 と老人に食ってかかります。その拍子に老人に迫る格好になったので、ペガサスたちは鼻をそむけます。

 老人は静かに言い続けました。

「誰かを本気で憎んで死を願ったとき、代わりに奪われていくのは、優しさ、じゃ。それが理(ことわり)じゃから、の。むろん、人間はそれでも平気、じゃ。人間は、したたかじゃから、な。優しさと憎しみを使い分けて、生き続けていく。じゃが、フルートには、それができん。なにしろ、優しさが本質の勇者じゃから、のぅ」

「……?」

 一同は混乱してしまいました。老人が何を言っているのか理解できません。

「それは願い石の話か?」

 とオリバンが聞き返すと、老人はまた、ひゃっひゃっと笑いました。

「願い石が奪うのは、奪われて当然のもの、じゃ。別に願い石に願わんでも、理は奪うべきものを、奪っていくんじゃ、よ」

 やっぱり老人が言っている意味はわかりません。

 

 ずっと黙って話を聞いていたユギルは、障壁の向こうを振り向きました。急に不吉な思いに駆られたのです。

 フルートはセイロスに突進していました。セイロスは武器がなく防具もぼろぼろです。そんな相手へフルートは剣を構えていました。金の石は握っていません。

 憎い敵は絶対に許さない!

 ためらいもなく突撃していくフルートの姿は、そう言っているようでした──。

2023年6月1日
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