「あれ? あれれれぇ……?」
目の前で繰り広げられていた凄惨な場面が、急に歪んで消えていったので、ランジュールはまた驚きました。体が存在していれば、目をぱちくりさせたところです。
フルートに魔弾で撃ち抜かれたセイロスも、セイロスと瓜二つの姿になったフルートも、黒焦げになって落ちていく勇者の一行も、なにもかもが薄れて見えなくなっていきます。
代わりに見えてきたのは、胸を撃ち抜かれて花鳥に倒れていくポポロと、そんな彼女に駆けつけるゼンの姿でした。メールはバランスを崩した花鳥を必死で立て直しています。
「えぇっと……?」
ランジュールは周囲を見ました。透明な障壁の向こうでは神竜が手下の竜たちと一緒にデビルドラゴンを拘束していました。障壁のこちら側では、足場に立ったセイロスとポチに乗ったフルートが向き合っています。何もかもが以前と同じ状況です。
なぁんだ、とランジュールはつまらなそうに言いました。
「今見てたのって、ぜぇんぶデーちゃんの夢だったんだねぇ? こぉなるといいな、こぉしてやるぞ、っていう計画の夢。そぉっかぁ。デーちゃんはこんなふうに金の石と願い石とお嬢ちゃんたちを片づけて、勇者くんを乗っ取るつもりなんだぁ。しかもセイロスくんまで片付けよぉなんて、考えるねぇ。一石何鳥狙い? でもさぁ」
チチッ、と大蜘蛛のアーラが何かを言いました。うんうん、とランジュールが応えます。
「勇者くんたちは簡単に思い通りにはならないんだよねぇ。いつだってそぉなんだからさぁ。今回ももしかしたら──」
ゼンがポポロに駆け寄っていました。メールは花鳥のバランスを取り戻して、ポポロを振り向きます。
「大丈夫か、ポポロ!」
「ポポロ、怪我したのかい!?」
「ううん、大丈夫よ」
とポポロが答えました。花鳥に両手をついていますが、倒れてはいませんでした。その胸に大穴も空いていません。
馬鹿ナ!? とデビルドラゴンは驚きました。闇の槍は間違いなくポポロの胸を貫いたのに、彼女はかすり傷ひとつ負っていないのです。
「大丈夫って、今刺されただろうが!?」
とゼンがポポロを抱き起こそうとすると、とたんにポポロは大きく飛び退きました。
「近くに来ちゃだめ!」
そこへまた闇の槍が降ってきました。闇の雲は相変わらず彼らのすぐそばにそびえていたのです。またポポロと花鳥を串刺しにします。
花鳥の背中に穴が空き、花が飛び散りますが、ポポロはやっぱり平気でした。花が寄り集まって埋まっていく穴の上に立って、闇の雲を見上げています。
ゼンやメールは呆気にとられました。どういうことなのかわかりません。
すると、メールの背中に誰かの手が触れました。振り向いても誰もいませんが、ささやき声が聞こえてきます。
「大丈夫よ。あたしはここだから」
「ポポ──!?」
メールは声を上げそうになって、あわてて自分の口をふさぎました。見えているポポロは幻影で、本物は姿を消して自分の後ろにいるのだと察したからです。
もう一度、見えているポポロのほうへ目を向けながら、小声で聞き返します。
「無事なんだね? あれ、どうやってるのさ?」
「魔法よ。それから、お母さんが作ってくれたコートの力。ユギルさんに言われたの……」
「どうやら無事のようだな」
障壁越しに見守っていたオリバンは、ほっと安堵しました。
セシルはポポロが立ち上がったのを見ても、まだ青ざめています。
「ポポロは本当に大丈夫なのか? まともに敵に刺されたようだったのに」
そこへペガサスに乗ったユギルがやってきました。オリバンやセシルに並んで言います。
「目には見えませんが、ポポロ様はご自身を守るために、お母様が作られたコートをお召しになっておいでです。この戦闘に出撃する前に、そのコートを魔法で強化していただいて、さらに継続の魔法をかけていただきました。それがポポロ様を守っているのでございます」
「魔法のコートがポポロへの攻撃をそらしているわけか」
とオリバンは言いました。また闇の雲から槍が降ってきてポポロを貫きますが、彼女は平気で立ち続けています。
「いえ、コートは離れた場所にポポロ様の姿を映しだしているようでございます。本体はメール様のすぐ後ろにいらっしゃいます」
それを聞いてオリバンとセシルはメールの背後を見ましたが、どんなに目をこらしても、そこにポポロを見つけることはできませんでした。
「光を曲げて姿を別の場所に映し出しているんだな。しかも、闇に攻撃されても消えないとは、かなり高度で強力な魔法だ」
とペガサスのゴグが感心したので、ユギルは言いました。
「ポポロ様のお命を守ることが、この戦いで最大の要(かなめ)だったのでございます。ポポロ様を殺されてしまえば、この戦いは完全に我々の負けとなり、世界は大きな絶望に呑み込まれて破滅の一途をたどる──と占いに出ておりました。なにがなんでも、ポポロ様にはご自分の身と命を守っていただかなければならなかったのです」
すると、ユギルを乗せているペガサスがうなずきました。
「世界中が人工の魔石を通じてこの戦いを見守っているんだからな。金の石の勇者が敗れる場面を目にしたら、世界は一気に闇に傾くだろう」
「そうしたら、世界中が闇の竜に破壊されるわ。とんでもないわね」
とセシルを乗せているペガサスも言います──。
「大丈夫、あの子は無事だわ」
空の別の場所では、ルルがほっとしていました。
闇の槍がポポロを貫いたと見えた瞬間、魔法の光が広がったのが見えたのです。ポポロの魔法の色にお母さんの魔法の色が重なったのも見えていました。
「お母さんの魔法があの子を守っているのよ。お母さんが──」
繰り返したルルの目から、青い霧の涙がこぼれました。
ポポロの母親のフレアは夫のカイと一緒に天空の国で白い岩になってしまっています。デビルドラゴンを倒すまで元に戻ることはできないのですが、それでも母の魔法は娘を守り続けているのです。
「ポポロ自身の魔法も加わっているから、ものすごく強力な防護魔法になっているんだ。たぶんあらゆる攻撃に合わせてポポロを守るぞ、あれは」
とレオンも感心していましたが、それを聞いてペルラとシィは顔を見合わせました。
「ってことは、ポポロは今日の魔法をもう使い切っちゃっているの?」
「きっとそうです……。だから、ポポロさんは今まで、どんなに危なくなっても魔法を使わなかったんですね」
「魔法を使わないんじゃなく、使えなかったのか」
と彼らを乗せたビーラーも言います。
「ポポロはきっと大丈夫だろう。そうなると、戦いの決め手はやっぱりフルートだな」
とレオンが言ったので、全員はフルートへ目を戻しました──。
フルートはデビルドラゴンの想像の中ではポポロに駆けつけていましたが、実際にはポチに乗ってデセラール山の前に留まっていました。ポポロが闇の槍に何度も貫かれているのは見えていましたが、厳しい顔のままセイロスと向き合っています。
ユギルから魔法で身を守るように言われたとき、ポポロはなかなか承知しませんでした。今日の魔法を使い切れば戦闘に参加できなくなるからです。そんな彼女に強く勧めて、コートに魔法をかけさせたのはフルートでした。コートが絶対に彼女を守ることはわかっていたのです。
「どうしてデビルドラゴンがポポロの命を狙う?」
とフルートはセイロスへ尋ねました。
「奴は完璧に戻るためにポポロの力をほしがっていたはずだ。それなのに、どうしてポポロを殺そうとした? おまえはどうしてそれを知らなかったんだ?」
セイロスは赤い瞳を怒りに燃やしていました。にらみつけていたのはフルートではなく、障壁の向こうに見えるデビルドラゴンです。
それを見て、フルートは鋭く言いました。
「おまえたちは本当は仲違いをしているんだな──?」
セイロスはフルートへ目を戻しました。怒りの色が急速に消えて、冷ややかなまなざしになります。
「貴様の質問に答えるいわれはない。それに、死ぬのはポポロだけではない。貴様たち全員がここで血祭りに上げられるのだ」
その手の中にまた黒い闇の大剣が復活してきます。
「そうか……」
フルートは溜息のように言いました。セイロスとデビルドラゴンが仲違いしているのであれば、それを利用してデビルドラゴンだけを倒せるのではないか、と考えていたのです。そんなのはやっぱり夢物語だったんだ、と思い知ります。
攻撃の構えに入ったセイロスに、フルートも剣を構え直しました。
「ポポロは死なせない。ポポロだけじゃなく、みんなも殺させたりしない。死ぬのはおまえだ、セイロス!」
強くそう言い切って、フルートはセイロスへ突進していきました──。