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第28巻「闇の竜の戦い」

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第71章 最終決戦・7

200.最終決戦・7-1

 「あぁらららぁ」

 デビルドラゴンの内側でランジュールがあきれた声を出しました。

「デーちゃんったら、ついにお嬢ちゃんを殺しちゃったぁ。懲りもせず、ずぅっとこれを狙い続けてたんだねぇ? 執念深いなぁ」

 彼には外の戦いの様子がはっきり見えていました。闇の槍に貫かれて花鳥は大きくバランスを崩しましたが、メールが必死で支えてまた空にふわりと浮かびました。その背中にポポロが倒れています。

「大丈夫か、ポポロ──!」

 ゼンは駆け寄ろうとして、はっと立ち止まりました。嘘だろ……と声にならない声を出します。ポポロの胸には大穴が空き、花鳥の背を血に染めていたのです。

 メールも真っ青になって呆然としています。

 そこへフルートとポチが飛んできました。フルートが花鳥に飛び降りてポポロを抱きかかえます。

「ポポロ! ポポロ、ポポロ──!!」

 必死で呼びかけ握っていた金の石を押し当てますが、ポポロの胸の傷はふさがりませんでした。フルートに抱かれた体や頭が力なく揺れています。

「無駄ナコトダ」

 とデビルドラゴンが言いました。

「我ハぽぽろノ心臓ヲ正確ニ突キ破ッタ。ぽぽろハモウ死ンデイル。聖守護石ハ死ンダ者ヲ生キ返ラセルコトハデキナイ」

「でも、勇者くんはそんなことは我慢できないよねぇ。大事な大事な愛するお嬢ちゃんなんだからさぁ」

 とランジュールは言いました。この先どうなるのか興味津々で見守っています。

 

 フルートは幾度も幾度も金の石をポポロに押し当て、とうとう彼女が死んでしまったことを悟ったようでした。彼女を抱いたまま呆然と座り込んでしまいます。フルートの腕の中のポポロは人形のようでした。見開いたままの瞳はうつろに空を映しています。

「ふるーとノ心中ハ大嵐ダ。ぽぽろヲ殺サレタ憎シミと、ぽぽろヲ失ッタ悲シミガブツカリ合ッテイル。ぽぽろヲ守レナカッタ悔シサガ、大嵐ヲヒトツノ方向ヘ向カワセルダロウ」

 とデビルドラゴンは言いました。待ち構えるような響きの声です。

 おい! とゼンが叫んでいました。メールも短い悲鳴を上げます。フルートの体が赤い光を放ち始めたからです。

 すると、フルートの前に背の高い女性が現れました。炎のようなドレスを着て赤い髪を高く結い上げて垂らしています。

 願い石の精霊は、フルートが何か言うより早く口を開きました。

「私にポポロのよみがえりを願うつもりか? だが、願って生き返った者は、元の者とは人格も性格も変わってしまうぞ。それでも願うのか?」

 フルートを止めようとするような話しぶりです。

 そこへ金の石の精霊も姿を現しました。黄金のような髪を揺すって言います。

「そんなことをしても駄目なんだ、フルート! ポポロは戻ってこない! 闇の竜とセイロスを消滅させよう! それがぼくたちの役目だったし、ポポロのためにもそれが一番いいはずだ──!」

 けれども、フルートは首を振りました。うつろなポポロの瞳を見つめながら言います。

「ポポロを死なせるわけにはいかない。彼女は生き続けなくちゃいけないんだ。それに、願い石はどんな不可能も可能にする魔石だ。それなら、ポポロを元のポポロのままで生き返らせることだってできるはずだ」

「死と眠りは闇の領分だ。そなたが願うことは、闇の力を借りなければ実現できない」

 と願い石は言いました。はっきりした警告でしたが、フルートは考えを変えませんでした。

「かまわない。願い石、ぼくの願いをかなえろ。ポポロを元通りに生き返らせるんだ」

 とたんに精霊の女性は赤い光に変わりました。たちまちフルートとポポロを光の中に呑み込んでしまいます。

「フルート、駄目だ!」

 金の石の精霊が光に飛び込もうとして、弾き返されました。仲間たちは呆然と見守ることしかできません。

 すると、ククク、とデビルドラゴンが笑いました。コレヲ待ッテイタ、と声が響きます。

「え、なに、デーちゃん? なにを待っていたってぇ?」

 聞き返したランジュールが見たのは、薄れていくデビルドラゴンの姿でした。白い神竜に絡みつかれ、さらに色とりどりの竜たちによって地面に縫い止められているのに、その戒めの中で体が消えだしたのです。

「まて、闇の竜!!」

 神竜がかみついて引き留めようとしますが、黒い竜の体は牙をすり抜けて消えていきます──。

 

 白い霧におおわれたような世界に、フルートと願い石の精霊が立っていました。フルートは腕の中にポポロを抱き続けています。

 デビルドラゴンは彼らの前に立ちました。巨大だった竜は、今は馬程度の大きさまで小さくなっていました。見つめるフルートに言います。

「死カラ死者ヲ呼ビ戻セルノハ我ダケダ。我ヲ受ケ入レロ、ふるーと。ソウスレバ死者ハオマエノ思イノママニ帰ッテクル。ぽぽろモ元通リダ」

 フルートはポポロを見ました。胸にぽっかり空いた穴から、もう血は流れていませんでした。息絶えて出血も止まってしまったのです。透き通るように青白い顔や肌に死相が表れています。

 フルートは顔を歪めて首を振りました。

「死んじゃだめだ、ポポロ。死ぬんじゃない……。君がいないこの世界で生きていくことなんてできない。君がいなかったら、この世界を守る意味だってなくなってしまうんだ……」

 ついにフルートの目から涙があふれました。冷たくなっていくポポロにはらはらとかかります。

「ポポロを元通りによみがえらせたかったら、闇の竜を受け入れるしかない。それは真実だ」

 と願い石の精霊は言いました。フルートを引き留めることは、もう諦めたようでした。

 フルートは願い石の精霊を見上げました。はっきりした声で言います。

「ポポロを元通りにしてくれ! そのためなら、ぼくは闇にでもなんでもなってやる!」

「承知した」

「承知ダ」

 精霊と竜は同時に言いました。デビルドラゴンが黒い霧に変わってフルートの中へ吸い込まれていきます──。

 

 ポポロの目に光が宿りました。

 ゆっくりと体を起こし、自分の胸へ不思議そうに手を当てます。服には大きな穴がまだ空いていますが、その下に体が戻っていました。薔薇色の肌がのぞいています。

「あたし……?」

 自分が死んでいたことに気がついていないのでしょう。ポポロは相変わらず不思議そうでした。そこは花鳥の背中の上でした。ゼンとメールが真っ青な顔でこちらを見ているので、驚いた表情になります。

「ワン、ポポロ、フルート……」

 小犬に戻ったポチはぶるぶる震えています。

 それを聞いて、ポポロは自分がフルートに抱かれていたことにようやく気がつきました。自分に回された腕を見回し、フルートを見上げようと首をねじって振り向きます。

 とたんに彼女は大きな悲鳴を上げました。

 そこにあったのはフルートの顔ではありませんでした。黒い長い髪に赤い瞳、口元からは牙がのぞいています。

「セイロス!」

 と彼女は飛び退きました。何故か金の防具を着ていますが、そこにいたのは紛れもなくセイロスだったのです。

 セイロスは手を伸ばしてきました。

「ポポロ」

 と彼女の腕を捕まえたので、黒く長い爪が肌に食い込んできます。

「いや、放して! 放して!!」

 ポポロはセイロスに向けて魔法を使いました。セイロスを跳ね飛ばし、さらに稲妻の魔法を落とします。

 ところがセイロスは無傷でした。一瞬で障壁を張って、彼女の攻撃を跳ね返したのです。一気に二つの魔法を使ってしまったので、ポポロはそれ以上魔法が使えなくなります。

「せっかく助けてやったのに──」

 とセイロスが言いました。怒りに充ちた声は、何故かフルートの声に似て聞こえます。

 黒い稲妻が天から降ってきてポポロを直撃しました。炭になった花と一緒に花鳥から落ちていきます。

「ポポロ!」

「ワン、何てことを!」

「てめぇ、本当にフルートか!?」

 仲間たちが口々に責めたので、フルートは面倒くさそうに手を振りました。

「ああ、うるさい。君たちももう不要だ」

 再び空から黒い稲妻が降ってきました。メールもポチもゼンも打ちのめされ、花鳥も燃えてばらばらになりました。全員が黒焦げになって空から落ちていきます──。

 

 フルートは空の上にいました。ポチに乗っていませんが、地面に立つように空の中に立っています。

 すると、その前に本物のセイロスが迫りました。黒い足場を踏んでやってきたのです。

「貴様、その姿はなんだ!? 私の真似でもしているつもりか!?」

 切りつけてきた大剣が空中で停まりました。フルートが片手を上げただけで、セイロスの動きが止まったのです。次の瞬間、剣は砕けて消えていきます。

 クククク、とデビルドラゴンの笑い声が響きました。

「どこにいる、闇の竜!?」

 とわめいたセイロスに、フルートが答えました。

「我ハココニイル。コレガ我ノ新シイ器ダ。オマエハスデニ古ビテイル。古キモノハ新シキモノニ役目ヲ渡シテ消エルガイイ」

 フルートの声ではなく、デビルドラゴンの声でした。フルートは空にいるのに、地の底から響いてくるように聞こえます。

「そんなことはさせん! 貴様は私のものだ!」

 つかみかかってきたセイロスを、フルートは魔弾で撃ち抜きました。

 セイロスが空に血をまき散らして落ちていきます。

 

 すると。

 そんな景色がぐにゃりと曲がりました。その後ろから現れてきたのは、別の景色でした──。

2023年5月5日
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