「フルート! ポポロ! ポチ! ゼン──!」
行く手をふさぐ障壁の前で、風の犬になったルルは呼び続けていました。
障壁は素通しのガラスのように仲間たちの戦いを見せています。けれども、どんなことをしてもガラスの向こう側には行けないのです。何度体当たりをしても、かみついても風の刃で切りつけても、びくともしません。
そうしている間にフルートとポチは幾度もセイロスと渡り合い、ゼンの射撃援護を受けて、セイロスの背中に金の石を押し当てようとしました。
ついにやった! と誰もが思った瞬間、セイロスはいきなり大きく飛び退き、足元に現れた黒い板を踏みながら移動を始めました。さらに剣を伸ばしてフルートの腕に切りつけますが、それは金の石に防がれました。
ペルラはレオンの背中にしがみついて尋ねました。
「あれはなに!? セイロスは自分では空を飛べないんじゃなかったの!?」
「あの板は闇の霧が寄り集まったものだ。闇の霧はデビルドラゴンがあそこに行こうとして残したものだからな。セイロスは自由自在に操れるんだろう」
「奴が今まで動かなかったのは、彼らを油断させるためだったのか」
とビーラーが悔しそうに唸ります。
ルルはレオンの元へ飛びました。
「ねえ、なんとか向こう側へ行ける方法はないの!? このままじゃ不利よ! 私も行かせて!」
せっぱ詰まって泣きそうなルルに、レオンは頭を振り返しました。魔法はずいぶん試したし、天空の国の貴族たちとも相談したのですが、デビルドラゴンが作った障壁を越えることはできなかったのです。
ルルは言い続けました。
「こっちからでは無理でも、こっちとあっちからでは!? あっちにはポポロがいるし、私とポポロはつながってるわ! そのつながりを通って向こう側に行くことはできないの!?」
「それに近い方法ももう試した──。ぼくは彼らを助ける誓約をたてている。誓約をたどれば向こうに行けるんじゃないかと思ったんだが、やっぱり障壁のところでさえぎられるんだ。君は、ルル? 向こう側にいるポポロとやりとりはできるのか?」
レオンに聞き返されてルルはことばに詰まりました。彼女とポポロは心でつながっています。それは今も感じられるのですが、どんなに呼びかけてもポポロの返事は聞こえなかったのです。
「じゃあ、ただこうやって見ていろって言うの? みんなが戦っているのに。これが最後の戦いだっていうのに。私は何もできずに、ここで見ているだけなの……!?」
ついにあふれた悔し涙が、青い霧になって流れていきます──。
オリバンとセシルもガラスの向こうの戦いをはらはらしながら眺めていました。
「セイロスの剣は何度でも再生してくるな。足場も奴が行くところへたちまち現れる。あれでは空を飛んで移動しているのと同じことだぞ」
「セイロスの剣が伸びてくるからフルートたちは近づけない。剣を消して近づこうとしても、今度は魔法攻撃が飛んでくる。接近しなければフルートは金の石を使えないんだから、これではフルートたちが不利だ」
手助けに駆けつけることができたら、と考えているのは、オリバンやセシルも同じでしたが、彼らも障壁を越えることはできません。
「フルートたちは勝てるのか、ユギル?」
とオリバンは振り向きました。占者の青年はオリバンたちと一緒にペガサスで空に浮いていましたが、尋ねられて首を振りました。
「わかりません。わたくしは占盤を持参しておりませんが、あそこはこちらとは異なる空間。たとえ占盤があっても、あちらで起きる出来事は占うことがかないません」
すると、オリバンを乗せていたペガサス──ゴグ──が口を開きました。
「どんな占い師でも、この戦いの行方を占うことはできないだろう。これは二千年の時を経て再燃した光と闇の戦いだ。この戦いの結末は誰にも占えない」
「そういうことね。もどかしいけれど」
とセシルを乗せたペガサスが言って、急に空を駆け下り始めました。彼らから少し離れた場所では、デビルドラゴンと神竜が絡み合って戦っていますが、そこへ向かう闇の怪物がいたのです。
デビルドラゴンは神竜の部下の竜たちに地面に縫い止められて動けなくなっていました。闇の怪物はそんな竜に飛びつき、かみついて引きちぎろうとします。
セシルのペガサスは蹄の音をたてて駆け下ると、後脚の一撃で闇の怪物を吹き飛ばしました。さらに怪物を地面に踏みつけて、粉々に踏み砕いてしまいます。
「すごいな」
とセシルが感嘆すると、ペガサスは女性の声で笑いました。
「私たちは闇と戦う天の馬です。闇の存在は許しません」
彼らの後方では押し寄せる闇の怪物と魔法軍団が戦っていました。怪物の数は減ってきましたが、それでもまだかなりの大群です。魔法軍団が全力で阻止しても、どうしても時々防衛線を突破する怪物が出てきてしまいます。ペガサスが倒したのは、そんな一匹だったのです。
それを見届けて、オリバンはまた障壁へ目を戻しました。
「デビルドラゴンはあそこから抜け出してセイロスの元へ行こうとしている。そうなればフルートたちは圧倒的に不利だ。そんなことはさせん。協力してくれ、天の馬」
「むろんだ、人間の王子。我々はそのために駆けつけてきた」
とゴグが答えました。また防衛線を突破する怪物が出てきたら倒してやる、と言わんばかりに、前脚で空を蹴り鳴らします。
ユギルは自分を乗せているペガサスに、静かに話しかけていました。
「怪物がやってきたとしても、わたくしたちはこの場所にこのままでお願いいたします。務めがございます」
「その人工の魔石を扱うことか?」
とペガサスはユギルの肩の上に浮かぶ白い球体を見ました。こちらのペガサスはゴグよりもう少し年配の男性の声です。
「これは遠見の石と申します。鍛冶の長のピラン殿が細工をしたので、わたくしたちが見ているものを多くの方へ届けてくれているのです」
「天空王様が力を貸してくださっているのだろう? それならば協力するのは当然だ。怪物がやってきたらゴグたちに任せて、ぼくたちはここにいよう。よほどのことがない限り、ここから動かないようにする」
「感謝いたします」
とユギルは丁寧に礼を言って、また障壁の向こうを見ました。
セイロスが黒い足場に立って、フルートとポチへ魔弾を撃ち出していました。金の石が輝いてフルートたちを守ります。ゼンとメールとポポロを乗せた花鳥が駆けつけようとしています。
その光景は遠見の石を通じて、世界各地の人々へ送られていました。占者のユギルには、大勢の息づかいや気配も感じられます。誰もが固唾(かたず)を飲んで戦いの行方を見守っているのです。
「世界中が皆様方を応援しております。どうかお勝ちください」
祈るようにつぶやいて、ユギルは障壁の向こうを見つめ続けました──。