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第28巻「闇の竜の戦い」

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195.最終決戦・5-2

 「フルートが動き出したよ。いよいよ決着をつけるつもりだね」

 そう言ったのは黄色いドレスを着た痩せた女性でした。黒髪をきっちりと結い上げて、額にドレスと同じ色の宝石を垂らしています。ロムド城にいる占神に瓜二つですが、脚が不自由な占神と違って、こちらは自分の脚で立っています。占神の双子の妹のシナでした。ここはロムド国の隣国エスタの王城なのです。

「いよいよか。しかし、こんな場所で彼らの決戦を見られるとは思わなかったな」

 と言ったのはエスタ王でした。小太りした体を立派な服で包み、頭には金の冠をかぶっています。

「摩訶不思議な眺めですね、兄上。どう見ても、これは空から見た景色ですよ」

 と言ったのは、エスタ王の弟のエラード公でした。一時は兄を殺そうと考えるほど仲違いしていた王弟ですが、エスタ王が持つ真実の錫(しゃく)で罰を受けた後、改心して今では兄の頼もしい片腕になっています。

 エスタ王やエラード公やシナがいるのは、エスタ城の東の塔にある「扉の間」と呼ばれる部屋でした。その名の通り、部屋の中に扉がありますが、扉の両脇には壁などはありません。分厚い木の扉が部屋の真ん中にぽつんと立っています。

 扉は今は開け放たれていて、中に遠い場所の景色が映し出されていました。青い空とそびえるデセラール山、絡み合って戦う黒と白の竜と、黒い竜を捕らえて地面に縫い止めている色とりどりの竜たち、そして、ポチに乗って飛ぶフルートと、花鳥に乗ったゼンとメールとポポロ──。

 シナがまた言いました。

「姉さんに教えられたんですよ。天空王が勇者の一行の戦いをロムド城の上空に映し出している。エスタ城でも見られるはずだ、ってね。どこだろうと思って占ったら、ここだと出たんですよ」

「この扉は普段は開くことがないが、開けば天空の国まで続いている。通常の人間には見ることも昇ることもできない階段だが、金の石の勇者たちはそこを昇って天空の国まで行ったことがあるのだ」

 とエスタ王は懐かしそうに言いました。風の犬の戦いでフルートたちが初めてエスタ城にやってきたときのこと。もう五年も前の出来事でした。

 エスタ王たちの後ろには、双子の魔法使いの片割れのケーラも控えていました。王たちと一緒に扉の向こうの景色を眺めながら言います。

「ロムド城にいるトーラからも、ディーラの上空に勇者殿たちの戦いが見える、と連絡が来ておりました。ディーラをおおう光の障壁に映し出されているようです。この扉も大変強力な光の魔法で作られているので、天空王の魔法に呼応しているのだろうと思います」

 ふむ、とエスタ王は考える顔になりました。

「とすると、ここやディーラ以外でも、強力な光の魔法が使われている場所では、この景色が見えている可能性がある、ということだな。かなり大勢がこの景色を見ているのかもしれん」

「そうやって皆に戦いの様子を見せて、天空王は何をしようと考えているのでしょう、兄上?」

 とエラード公は尋ねました。扉の中の景色はまるで目の前にあるようにはっきり見えていますが、実際の場所は遠いロムド国にあるのです。見ている彼らはなんの力にもなれません。

「今はわからん。だが、天空王がされることには誤りも無駄もないはずだ。目的はいずれわかるだろう」

 とエスタ王は言って、扉の中を見守り続けました。エラード公やトーラ、シナも見つめ続けます。

 青い空の中、風の犬のポチに乗ったフルートが仲間から離れて飛んでいきます──。

 

 

 「フルートはセイロスと一騎討ちするつもりじゃな。ゼンたちが援護しようとしておる。じゃが、それ以外の者たちは手出しできなくなっておる。あの壁のようなものは結界じゃ」

 遠い戦場の景色を見ながらそんなことを言う人物が、ここにもいました。テト国のアキリー女王です。

 女王はふくよかな体を豪華な刺繍の服で包み、冠のような帽子をかぶって象に乗っていました。象も象の背中の輿(こし)も金や宝石できらびやかに飾られています。

 女王の後ろには何十人もの大臣や家臣が居並び、さらに何百という衛兵が控えていました。そこはテト国の王都マヴィカレのすぐ西、王都を守るテト川の分岐点でした。かつて女王のいとこのグルール・ガウスが鉄の岸壁と呼ばれる崖を破壊して川を干上がらせ、王都を攻めて王位を簒奪(さんだつ)しようとしました。賢者たちの戦い、と名付けられた内乱です。フルートたちとオリバンやセシルやユギルの活躍で、テト国とアキリー女王は守られ、鉄の岸壁も修復されたのですが、その岸壁がまるで巨大な窓にでもなったように、デセラール山の戦場を映し出していました。岸壁が広大なので、対岸から眺めていても、すぐそこにある景色のようにはっきり見えています。

 岸壁にはペガサスに乗って空を飛ぶオリバンやセシルがいて、その先にガラスの壁のようなものがそびえていました。フルートたち勇者の一行はその向こう側です。先ほど風の犬になったルルが壁を越えて向こう側へ行きましたが、どうしてもフルートたちと合流できずに、しょんぼりと戻ってきました。それを見て、アキリー女王は壁の向こうを結界と判断したのです。

「知らせがあったときには信じられませんでした。この場所がこんなふうに異国を映し出すなど、今まで言い伝えにも聞いたこともありませんでしたから」

 と大臣のモッラが言ったので、アキリー女王はうなずきました。

「この岸壁はロムドの魔法使いたちが修復に協力した場所じゃ。そのために光の魔力を持つ場所になって、フルートたちの決戦を映すようになったのじゃろう」

 賢者と呼ばれるほど知恵が回る女王は、見事にそう推理してから、ひとりごとを言いました。

「決戦をただ見守るだけというのは、なかなかに口惜しいものじゃな。もう少し近ければ手助けに駆けつけたのじゃが」

 それを聞きつけて、大臣のモッラは震え上がりました。女王は有言実行。いえ、何か言うより先に行動を始めてしまうほど積極的な人物です。もし戦場が近かったら本当に駆けつけてしまっただろうし、そうなれば大臣たちは女王を守るために大騒ぎになったに違いありません。

 岸壁に映る山はロムド国のデセラール山でした。さすがにテト国からすぐに行ける場所ではありませんが、それでも大臣は安心できませんでした。

「これはきっと、自分たちが闇に打ち勝つ様子を見ていてくれ、という勇者たちの思し召しです。ここで見守っていることにいたしましょう、陛下」

 と必死に女王を説得します──。

 

 

 「ついにこのときが来たな」

 太い声で言ったのは、火の山に住む巨人のクフでした。

 彼のことばに応える声はありません。

 巨人は火の山の地下深くに広がる空洞に暮らして、山のマグマや自分の魔力を使って武器を鍛えていました。フルートが使っていた炎の剣はこのクフが作ったものですし、炎の剣と光の剣を合体させて光炎の剣に鍛え上げたのも彼です。

 クフは、今は地下の空洞にあぐらをかいて座り込み、岩山に立てかけた巨大な盾をのぞき込んでいました。丸い鏡のような盾には、デセラール山と竜たち、それに、セイロスとの決戦に臨むフルートたちの姿が映っています。

「さすが天空王が見せているだけのことはあるな。こんな地下でもよく見える」

 と巨人は感心していました。やはりそれに応える者はいません。

 それでも巨人は話し続けていました。

「天空王が何を狙ってこれをしているのかは、まだわからんが、まあ天空王のすることだ、きっとそのうち役に立つんだろう──。がんばれよ、おまえたち。今度こそセイロスを止めろ。そのためにおまえたちはそこにいるんだ」

 クフが話しかけていたのは、勇者の一行ではなく、フルートが持つ光炎の剣でした。銀と黒が組み合わされた柄(つか)には星の模様が刻まれ、周囲に赤い炎の石がちりばめられています。輝く刃は光のような銀色です。

 剣は何も言いません。ただフルートの手に握られているだけです。けれども、クフは剣の返事が聞こえたかのように、うむ、とうなずくと、身を乗り出して盾を見つめ続けました。

 

 世界中のあちこちで、人々は強い光の魔法を通して同じ景色を見つめていました。

 それは、フルートたちとセイロスの、最後の戦いの場面でした──。

2023年4月11日
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