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第28巻「闇の竜の戦い」

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第69章 最終決戦・5

194.最終決戦・5-1

 フルートたちがセイロスへ最後の決戦を挑んでいた頃。

 フルートの故郷のシルの町では、大変な騒ぎが起きていました。

 シルはロムド国の西部にある小さな町ですが、その上空に突然見たこともない景色が広がったのです。

 それは王都ディーラの上空に映し出された景色と同じ映像でしたが、シルにいる人々にはそんなことはわかりません。誰もが外に飛び出して空を見上げ、巨大な竜に肝を潰していました。

「な──なんだ、あの馬鹿でかい怪物は!?」

「あれはドラゴンだぞ!」

「黒いのと白いのと二匹いる!」

「いいや、白いのはドラゴンじゃないぞ。ありゃ大蛇だ──!」

 蛇に似たユラサイの竜を知らない人々は、神竜を大蛇と勘違いします。

「他にも蛇がいっぱいいるぞ!」

「蛇が黒いドラゴンと戦っているんだ──!」

 けれども、それが何なのか、何故そんなものがいきなり空に現れたのか、シルの人々にはわかりませんでした。ドラゴンと蛇の激しい戦いを驚きながら眺めます。

 ただ、彼らはじきにこれがただの映像だと気がつきました。どんなに激しく戦っていても、音や鳴き声、振動といったものが伝わってこなかったからです。まるで幻のように、戦う竜の姿だけが空に見えています。

 

 町の広場で見上げる人々の中には、フルートの両親もいました。

 若い頃に旅をして見聞を広めていたフルートの父親が、ひとりごとのように言います。

「まるで蜃気楼(しんきろう)だな」

「蜃気楼?」

 と隣にいた妻が聞き返しました。

 シルは小さな町なので、住人全員が顔見知りです。周囲にいた人たちもフルートの父親に尋ねます。

「なんだい、そりゃ?」

「知ってるなら教えろよ、チャールズ」

「遠く離れた場所の景色が空に映し出される現象だよ。海の上や砂漠で時々見られるんだけれど──」

 どうしてこんなところで、と父親が言うより先に、周囲の人々がまた騒ぎ出しました。

「遠い場所の景色!? じゃあ、あれはどこかで本当に起きていることなのか!」

「なんでそんなものが見えるんだ!?」

「もしかして魔法なんじゃないの!? どこかに魔法使いがいて、あれをあたしたちに見せてるんじゃない!?」

 それを聞いて人々はあわてて周囲を見回しましたが、近くにそれらしい魔法使いの姿は見当たりませんでした。

 ただ、シルの町には住人だけでなく、怪物の襲撃から逃れようと近隣の町や村から避難してきた人も大勢いました。彼らは広場にテントなどを張って仮住まいしていたので、全員が外に出て空を見上げていました。広場の中は相当混雑しているので、どこかに魔法使いが紛れていてもわかりません。疑うように互いに顔を確かめたり、背後を振り向いたりします。

「ちがわぁ。あんなでっかい魔法、人間の魔法使いに使えるわけないだろう」

 とつぶやくように言ったのはロキでした。小さな男の子の姿ですが、口ぶりは一人前です。

 けれども、その声に耳を傾ける人はいませんでした。ロキはとても小さかったので、人混みの中に紛れて見えなくなっていたのです。

 大人たちの間から空の景色を見上げて、ロキはつぶやき続けました。

「あれはシルを守ってる障壁に映ってるよな。シルを守ってるのは泉の長老だ。ってことは、光の王様たちが見せてるってことだぞ、きっと」

 真相を非常に鋭く言い当てているのですが、やっぱり幼い子どものひとりごとを本気で聞く大人はいませんでした。

 空の映像が竜から別の場所へ移り変わっていったので、誰もがまた空に夢中になってしまいます──。

 

「おい、あれは皇太子様じゃないか!?」

「本当だ! 皇太子様のお妃様も一緒だぞ!」

 二頭の白馬に乗った男女を見て、また騒ぎが起きました。シルには、以前ガタンでの防衛戦でオリバンやセシルと一緒に戦った男たちがいて、二人を知っていたのです。

 一方白馬のほうに驚く人々もいました。

「ねえ、あの馬、羽が生えてるよ!?」

「うわぁ、本物のペガサスだよ! 初めて見た!」

「皇太子様やお妃様はペガサスに乗って空を飛んでるのか!」

 人々が驚きや感嘆の目で見上げる中、ペガサスに乗ったオリバンとセシルはこちらから向こうへ視線を移しました。それに合わせて空の映像もそちらの景色に変わります。

 とたんにシルの人々は、はっと息を呑みました。

 フルートの両親は顔色を変えて絶句します。

 広がる青空、雪をいただいてそびえる山、山の手前の空中には透き通ったガラスが壁のように広がっていますが、その向こうに少年少女の集団がいたのです。白い風の犬や大きな青い鳥に乗って、空を飛んでいます。一番奥に見える少年は金に輝く鎧兜を着ています。

「兄ちゃんたちだ……」

 とロキも青ざめました。

 周囲からはざわめきが起きます。

「あれはフルートだよ」

「ああ、フルートだ。戦っている」

「あの白い怪物はフルートの犬のポチが変身してるんだよ。風の犬って言うんだってさ」

「あっちの子たちも見たことがある。あれは金の石の勇者の一行だ」

「金の石の勇者──」

 シルの住人はいっせいに口をつぐみました。他の場所から避難してきた人々はまだ興奮して話し合っているのに、シルの人々はしんと黙り込んでしまいます。

 魔の森の金の石とそれを手に入れた者がなるという金の石の勇者の伝説は、大昔からシルの町で語り継がれていました。人には決して手に入れられないと言われていた魔石を、ちっぽけな少年だったフルートが見つけて金の石の勇者になったことも、シルの住人はよく知っています。

 実際に勇者として行動するフルートと会った者もいて、噂は町中に広がっていたのですが、噂話として聞くのと実際に自分の目で見るのとでは大違いでした。金の防具の戦姿で大剣を握るフルートを、シルの人々は声もなく見つめてしまいます。

 

「どこに行くんだ、ロキ!?」

 突然声を上げたのはロキの父親でした。足元にいた息子が急に駆け出したので、追いかけて捕まえます。

 ロキは父親の手を振りきろうとしました。

「放せよ、父ちゃん! 放せって! おいらは行かなくちゃいけないんだから──!」

「どこに行くつもりだ!?」

 と父親はまたどなりました。息子はまだ四歳です。歳の割にいっぱしの口をきく、風変わりな子どもですが、ひとりでどこかへ行かせられるような年齢ではありません。

「フルート兄ちゃんたちのところだよ! 兄ちゃんたちを手伝うんだ!」

 暴れながらわめくロキの声に、シルの人々はいっそう黙り込みました。馬鹿なことを言うな! と叱りつける父親の声に後ろめたそうな顔になります。

 ロキの母親が息子を抱きしめて夫に言いました。

「ロキはフルートたちに懐いているんだよ。あの子たちに何度も助けられてきたから──」

「そんなことはぼくだってわかっている! ぼくだって助けに行けるなら行きたい! だが、ぼくたちが駆けつけたってなんの力にもならないんだ! かえって邪魔になるだけなんだよ!」

 それを聞いて、ロキは驚いたように黙りました。悔しそうに顔を歪めている父親を見上げてしまいます。

 気がつけば、周囲の人々もひどく口惜しそうな顔をしていました。フルートは彼らの町で生まれ育った勇者の少年でした。助けに駆けつけたい気持ちは、彼らも同じだったのです。ただ、空の映像の場所がどこなのか、彼らにはわかりませんでした。ドラゴンがいるような戦場で力になれるとも思えません。フルートは空の高みで仲間の少年少女に何かを話していました。これから何かをするつもりでいるのは明らかなのですが、住民の彼らには何もできないのです。

 すると、フルートの父親が口を開きました。

「あの子たちの戦いを見守ってやってくれ、みんな──。さっきの黒い竜は世界を破壊しようとしているデビルドラゴンだ。あの子たちはあの竜や、竜から力をもらったセイロスを相手に、ずっと戦ってきた。これはきっと、あの子たちと闇の竜との決戦なんだ」

 人々は黙ったまま、また空を見上げました。フルートの父親の話は避難してきた人々にも聞こえていたので、広場にいた全員が空の光景を見つめます。

 打ち合わせを終えたフルートたちが動き出していました。青い防具の少年と二人の少女が乗った鳥から、フルートとポチが離れていきます。

 その行く手の空にひとりの男が浮いていました。黒い防具を身にまとい黒い大剣を握った男の周囲には、黒い霧が湯気か炎のように渦巻いています。

 セイロスだ、とガタンの戦いで敵の総大将を見ていた住人が言います。

「フルート兄ちゃん……」

 大人たちと一緒に空を見ながら、ロキはまたつぶやきました。

「負けんなよ、兄ちゃんたち。闇の竜やセイロスなんかに絶対に負けんなよ。絶対に……!」

 絶対に、を繰り返して言って、あふれてきた涙を袖でぐいと拭います。

 空の中で、フルートはセイロスに向かって飛び始めました──。

2023年4月7日
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