ルルを除く勇者の一行は、先ほどと同じようにデセラール山の手前の空にいました。
そびえる頂、足元に広がる麓の森、頭上の青空──何も変化はありません。北へ目を向ければリーリス湖が横たわり、その向こう岸にハルマスの砦が見えているのも同じ風景です。湖と彼らの間には怪物と戦う魔法軍団や、彼らを心配して駆けつけてくれたオリバンたちが見えています。神竜と絡み合ったデビルドラゴンが、竜たちによって地面に縫い止められている様子も見えます。
ただ、その景色と彼らの間にガラスのような壁がありました。向こう側から見たときには幅がせいぜい二十メートルほどの壁でしたが、こちら側からは地上から空まで続く巨大な壁になっていました。左右もどこまで続いているのかわかりません。オリバンたちと勇者の一行の間に立ちはだかって、行き来できないようにしています──。
「だめだ、やっぱり破れねえ」
とゼンが言いました。何度全力で殴りつけても、壁を壊すことができなかったのです。
メールは腹を立てて壁を蹴飛ばしました。
「あっちのみんなが助けに来れないようにしたんだね! 卑怯じゃん!」
何をしようが何を言おうが、壁はやっぱり立ちはだかったままです。
ただ、ポポロは少しほっとしていました。壁の向こうに見えるルルが、黒い翼から白い風の犬に戻っていたからです。
「よかった……」
と涙をこぼします。
そこへフルートとポチが飛んできました。山の手前に立つセイロスから目を離さないようにしながら言います。
「ここは奴らの結界の中だな。ぼくたちをまとめて始末しようとしているんだ」
「ワン、さっき結界の中にデビルドラゴンが現れかけたんだけど、神竜たちが引き留めて、来ないようにしてくれました。ただ、黒い霧みたいのは今もまだ残って漂ってます。あんまりいい感じじゃないな」
ポチの言うとおり、セイロスの周囲には黒い煙のような霧が浮いていました。広がって消えることもなく漂っています。
「あれは闇の霧だわ……デビルドラゴンの一部よ」
とポポロが言って、また自分の両手を見ます。
フルートは首を振りました。
「さっきも言ったとおりだ。ポポロは魔法を使っちゃいけない。一度使えば敵にチャンスだと思われる。二度使ってしまったら、絶対に襲われるからな」
「襲ってくるのはセイロスかい? それともデビルドラゴンのほう?」
とメールが尋ねました。先だって、セイロスはポポロを殺そうとしているけれど、デビルドラゴンはポポロから完全に力を奪って完璧になろうとしている、とフルートが話したからです。
「両方だ。さっき、デビルドラゴンはルルにポポロを殺せと言っていた。どっちもポポロの命を狙っているんだ」
とフルートは答えました。セイロスはともかくデビルドラゴンは何故、と思いますが、今はそれを考えている余裕がありませんでした。抜き身の剣を握って警戒を続けます。
空に立つセイロスの周囲では、引き寄せられた闇の霧が湯気のように立ち上っていました。禍々しく見える姿です。
すると、ゼンがフルートに言いました。
「俺たちは大丈夫だから心配しねえで行け。どうやら壁の向こうからこっちの様子は見えてるようだからな。デビルドラゴンがこっちにちょっかい出そうとしたら、レオンやオリバンたちがすぐに停めてくれらぁ。背後からやられる心配さえなければ、俺とメールだけで充分ポポロを守れるぜ」
そんなふうに言われて、ポポロは思わず何かを言いかけ、すぐにまた黙ってしまいました。両手を握りしめてうつむきます。
そんな彼女の背中を、メールはぽんぽんとたたきました。
「気にすることないって。星の花だってまだ充分数があるんだ。まだまだあたいたちは戦えるんだよ」
よし、とフルートはうなずきました。改めてセイロスを見据えて言います。
「デビルドラゴンがいないと奴は空から動けない。集中攻撃だ。ゼンはさっきのように矢を連射してくれ。奴の鎧がほころびたら、ぼくがそこを狙う。奴が魔法でこっちを攻撃してきたら、メールはすかさずかわしてくれ」
「任せろ」
「あいよ、了解」
ゼンとメールが同時に答えました。
ポポロは両手を握ったまま、ぎゅっと唇をかみます。
「行くぞ! 今度こそ本当に決着をつけてやる!」
フルートはペンダントを絡ませた右手で剣を握り直すと、ポチと一緒に飛び出していきました──。