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第28巻「闇の竜の戦い」

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192.最終決戦・4-2

 爆発は四方八方へ風と煙を巻き起こしました。

 吹き飛ばされそうになったペガサスが懸命に羽ばたき、オリバンやセシルはたてがみにしがみつきます。

 やがて風が吹きすぎ、煙も消えていくと、黒い翼はもういませんでした。いたのは淡い光に包まれて宙に浮いている、茶色い雌犬のルルです。

「元に戻ってる!!」

 ペルラとシィが歓声を上げました。

 レオンが網のように光をたぐり寄せると、ルルはレオンに近づいてきました。まだ不安そうな様子をしている彼女に、レオンは言いました。

「以前、天空王様のところで心の光を強めていただいただろう? 君はもう闇なんかじゃない。闇の竜は恐れる心につけ込んでくる。奴を恐れさえしなければ、心奪われるようなことはないんだ」

 その声は力と優しさを秘めています。

 うなずいたルルの黒い目から涙がこぼれて青い霧に変わりました。ルルがまた風の犬に変身したのです。白い長い体をひらめかせて振り向きます。

「みんな──!」

 

 ルルは仲間のところへ戻ろうとして空で立ちすくみました。

 レオンやペルラやシィ、オリバンやセシルもあっと驚きます。

 いつのまにか、デセラール山の手前に透き通った壁が立ちはだかっていたのです。分厚いガラスのような大きな壁でした。花鳥に乗ったメールとゼンとポポロ、ポチに乗ったフルート、それにセイロスは壁の向こう側です。

「爆発からみんなを守ろうとしたの?」

 とペルラに訊かれてレオンは首を振りました。

「ぼくは何もしていない。それに、ああ見えてあれは闇の障壁だ」

「闇の? じゃあセイロスが身を守ろうとして張ったんですか?」

 とシィも尋ねますが、レオンには答えられませんでした。爆発が収まっても消えていかない障壁を、いぶかしく眺めます。

「なによ、こんな壁!」

 とルルは障壁を飛んで越えようとしました。見上げるような壁ですが、幅はせいぜい二十メートルほどしかなかったのです。左側の横を抜けて向こう側へ行きます。

「えっ!?」

 ルルはまた立ちすくみました。

 障壁を越えたのに、そこに誰もいなかったのです。

 仲間たちだけではありません。セイロスの姿も見当たりません──。

 ルルは障壁を振り向きました。透明なガラスのような障壁です。ビーラーに乗ったレオンやペルラやシィ、ペガサスに乗ったオリバンやセシルがはっきり見えています。後方からペガサスで駆けてくるユギルも見えています。

「どう……いうこと……?」

 ルルは混乱しました。仲間たちが一瞬で消えてしまったのです。いったいどこへ!? と思いながらまた障壁を越えて、レオンたちのところへ戻ります。

 すると、障壁の向こうにまた勇者の一行が現れました。ゼンとメールがガラスのような壁をたたき、ポポロが何かを言っています──が、彼らの声は聞こえませんでした。遠くではフルートとポチがセイロスと向き合いながら、こちらを気にしています。

「結界!!!」

 とレオンとペルラとルルは同時に叫びました。

 ルルはもう一度障壁の裏側へ飛びました。やっぱりそこに仲間たちはいません。表側へ行けば彼らの姿が見えるのに──。

 

 そこへようやくユギルが駆けつけてきました。短くなった銀髪を風に吹き乱して言います。

「勇者殿たちは敵の結界に捕らえられたのです! 皆様はこちらと違う世界においでです!」

 ククク、とデビルドラゴンが笑うような声をたてました。レオンが障壁に魔法を繰り出して跳ね返されている様子に言います。

「無駄ダ。ソコハ我ガ掌中ノ真ノ闇。オマエタチニハ入リ込ムコトモ、コジ開ケルコトモデキナイ場所ダ」

 話しながらデビルドラゴンの体が透き通ってきました。絡みついている神竜の中から消えていこうとします。

「奴が結界の中へ参ります!」

「セイロスとつながっているから跳べるんだ!」

 ユギルとレオンが同時に言いました。状況はわかっても、それを停めることができません。

 ガラスの障壁の向こう側で、セイロスの足元に黒い影が霧のように集まり始めました。巨大な竜の体になっていきます──。

 すると、神竜が言いました。

「闇の竜を停めよ! この世に奴を留めるのだ!」

 ひとかたまりで周囲を飛び回っていた竜たちが、ほぐれるようにばらばらになって地上に降りていきました。尾を地面に突き刺すと、自分の体を細く長く伸ばしてデビルドラゴンの体に食いつきます。

 デビルドラゴンは紐のようになった竜たちに地面に縫い留められてしまいました。それ以上消えていくことができなくなります。

「オノレ」

 デビルドラゴンは実体に戻って激しく体を揺すりました。ところが、竜たちが頭をうろこの間に突き刺して体にかみついているので、振りほどくこともできません。

「二千年前にもおまえをこのようにしたな、闇の竜よ」

 と神竜は言いました。

「だが、今度は地の果てに連れ去りはしない。おまえはここに留まって、セイロスと共に敗れていくのだ」

「アノ連中ガせいろすヲ倒スト信ジテイルノカ。愚カナ光ノモノドモメ。絶望スルノハ貴様タチノホウダ」

 とデビルドラゴンは言い返しました。

 ガァァァッ!!

 二頭の巨竜はまた叫び声を上げると、互いの頭に同時にかみつき合います──。

 

「どうしたらいいの!? どうやったらみんなのところに行けるのよ!?」

 ルルが半狂乱になって尋ねました。仲間たちはガラスのような壁のすぐ向こう側に見えています。けれども、どんなに体当たりしても、レオンが魔法を使っても、壁を破って向こうへ行くことができないのです。オリバンが聖なる剣で切りつけていますが、それも跳ね返されてしまいます。

 一方、ゼンとメールは壁をたたくのをやめて、何かを話し合っていました。どうやっても壁を破れないのだと彼らも悟ったようでしたが、話し声はこちらには聞こえてきません。

 すると、メールがポポロへ話しかけ、ポポロは急に不安そうな顔になりました。握り合わせた両手を見つめていますが、フルートが首を振って何かを言ったので、全員が諦めるような納得顔になります。

「ポポロの魔法で破ろうと考えたけれど、フルートがやめさせたな──。正解だ。ポポロの魔法はもう昔のように強力じゃないからな。彼女の魔力じゃ結界はこじ開けられない。魔法を無駄にするだけなんだ」

 とレオンは言い、密かに首をひねりました。

「どうしてもこじ開けられないくらい強力な結界なのに、向こうの様子はこちらに見えている。どうしてそんなことをするんだ? なんのために……」

 ルルは障壁の前を飛び回り、向こうにいる仲間たちを必死に呼び続けました。

「ポポロ! フルート! ポチ、ゼン、メール! ポポロ──ポポロ!!」

 けれども、心が通い合っているはずのポポロとさえ、ルルは話せなくなっていました。

「我々はどうすればいいのだ、ユギル!?」

 とオリバンも尋ねました。手も足も出ない状況の中では、占者のことばだけが頼りです。

「勇者殿たちの戦いをお見守りください。それが今のわたくしたちにできる唯一のことでございます」

 銀の髪の占者はおごそかにそう言いました──。

2023年3月26日
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