「ワン、危ない!」
セイロスと剣を合わせるフルートの下で、ポチが叫びました。フルートを乗せたまま飛び下がります。
そこへ下から棘(とげ)のうろこが伸び上がってきました。たった今まで彼らがいた場所を貫きます。
セイロスは棘の先端をつかんで跳び、さらに伸びてきた棘を次々蹴ってフルートに切りつけました。フルートが剣で受け止めたところに、また棘のうろこが襲ってきたので、ポチはさらに飛び退きます。
「ワン、セイロスはデビルドラゴンのうろこを利用してます。ここから奴を引き離せないかなぁ?」
とポチは言いました。彼らはデビルドラゴンの体の上空で戦っています。そこを戦場にしている限り、うろこの棘はどこにでも伸びてくるのです。
「離れて奴がぼくたちを追ってきてくれればいいけれど、デビルドラゴンの背中に戻られたら戦いはふりだしだ。また奴に接近できなくなる。このまま行こう」
とフルートは言いました。目の前にうろこの棘が伸びてきたので、切り払ってセイロスへ突進します。
セイロスは棘を蹴って空中に飛び降り、切りつけてきたフルートの剣を受け止めました。
がしん!
刃と刃がぶつかり合って火花のような光を散らします。
「ああもう! 邪魔だなぁ、あの棘!」
とメールがわめきました。花鳥で援護したいのですが、デビルドラゴンの体からうろこの棘が次々伸びてくるので、なかなか近づけないのです。
「セイロスがデビルドラゴンから離れることができるなんて思いませんでしたよね。一心同体だとばかり思っていたのに」
とぶちの小犬のシィが言いました。墜落する戦人形から助けてもらって、そのまま花鳥に乗っているのです。
ポポロは首を振りました。
「セイロスとデビルドラゴンは本当に離れているわけじゃないわ。見えないけど、しっかりつながったままよ。だからああして、うろこを棘にして攻撃できるのよ」
そこへレオンとペルラを乗せたビーラーが、次いでゼンを乗せたルルが飛んできました。
ゼンが腹をたてながら言います。
「なんとか近づけねえのか!? 棘が邪魔して矢が届かねえんだ!」
「できないんだよ! 星の花で消したって、すぐまた伸びてくるんだもん!」
とメールが言い返しました。棘はデビルドラゴンのうろこの数だけ生まれてくるので、際限がなかったのです。
無数の黒い木のような棘の間で、フルートとセイロスが一騎討ちを続けていました。戦っているうちに、ゼンたちがいる場所からだいぶ離れてしまっています。
一方、デビルドラゴンもまだ竜たちと戦っていました。絡みついている神竜にかみつき、攻撃してくる竜たちへ炎や魔法の攻撃を放っています。
その様子を見て、レオンが言いました。
「神竜の体の上を行こう。そこなら棘が飛び出してこないはずだ」
おっ、と仲間たちは感心しました。確かに、神竜の太い体が絡みついている場所からは、うろこの棘は伸びていません。
ゼンは神竜の体を素早く目でたどりました。フルートが戦っているところまでは行けませんが、かなり近づくことができそうです。
「よし行け、ルル!」
「言われなくても行くわよ!」
とゼンとルルが飛び出していきました。二番手はメールとポポロとシィが乗った花鳥、三番手はレオンとペルラを乗せたビーラーです。
その動きに気がついたのでしょう。行く手にまた棘のうろこが飛び出してきましたが、思ったとおり、神竜の体がある部分から棘は現れませんでした。神竜の体が彼らの前に道を拓いています。
「あまり高く飛ぶな! デビルドラゴンの攻撃を食らうぞ!」
とレオンが言いました。竜に向けて放たれた魔法が頭上を飛びかっていたのです。方向を変えて頭上に落ちてきた魔弾を、レオンが魔法の障壁で防ぎます。行く手にフルートたちが近づいてきます。
よし、とゼンは弓に矢をつがえました。いっぱいに引き絞って放ちます。
「危ない!!」
今度はペルラとシィが声を上げました。ゼンの矢が、あろうことか、まっすぐフルートに向かっていったからです。フルートはセイロスと剣を合わせて押し合っていました。こちらに背中を向けているので、近づく矢に気がついていません。
ペルラがとっさに矢へ水のナイフを投げようとすると、レオンが止めました。
「大丈夫だ」
その瞬間、矢がフルートの背中に突き刺さりました。そのままフルートの胸を貫いていきます。
きゃっ! とシィは悲鳴を上げましたが、メールやポポロが少しもあわてていないことに気がつきました。ゼンもそうです。当然のことのように矢の行方を見守っています。
すると、セイロスがうめくような声を上げて飛び退きました。そこに伸びていた棘につかまって、さらに後ろへ下がります。
セイロスの黒い胸当てには光の矢が突き刺さっていました。フルートのほうはまったくの無傷です。
「ゼンの光の矢は人間には当たんないんだよ。闇のものにしか命中しないんだ」
とメールがシィに教えました。セイロスの胸で矢が光りながら溶けて、胸当てに穴を空けていきます。
フルートはポチと突進しました。剣を振り上げて切りつけ、セイロスの剣に受け止められて、また押し合いになります。
と、フルートは剣から右手を離しました。セイロスの剣を左へ流し、体勢を崩したセイロスへ右手を突き出します。そこには金の石のペンダントが絡めてありました。胸当てからのぞくセイロスの胸に押し当てようとします──。
ところが、セイロスの背後から黒い紐のようなものが伸びて、フルートの右腕に絡まりました。セイロスの髪の毛でした。生きた触手のように絡みついていって、フルートの腕を動かないようにします。
フルートは左手の剣を振り上げました。髪の束を断ち切り、もう一度金の石を押し当てようとします。
けれども、そのときにはセイロスはもう体勢を戻していました。フルートの腹を蹴り飛ばして離れます。
フルートは腹を押さえて前屈みになりました。セイロスの一撃はかなりの衝撃だったのでしょう。蹴られた部分の鎧が輝きを失ってくすんでいます。
「ちっくしょう! やっぱり奴の動きを停めねえとだめだ! ルル、あそこに飛び込め! 力ずくで停めてやる!」
とゼンがわめいたので、ルルは叱り飛ばしました。
「馬鹿言わないで! そんなことしたらセイロスに取り込まれるわよ! あいつの正体はデビルドラゴンなんだから!」
「もう一度、花の蔓で停めるよ!」
とメールが前に出ました。さっと手を振ると、花鳥から蔓が伸びてセイロスへ飛んでいきます。
セイロスが魔弾で防ごうとしたので、レオンが防御魔法で守りました。縄のようによじれて絡まっていた蔓が、飛びながら四本に分かれてセイロスの手足に絡みつきます。
「よし!」
ゼンが連射を始めると、矢はまたフルートやポチをすり抜けてセイロスに命中しました。じゅっと音を立てて黒い肩当てに穴が空きます。さらにもう一本が同じ場所に命中したので、穴が大きくなります。
それを見て、フルートはまた突進しました。セイロスが魔弾を放ちますが、レオンの魔法や光の矢の援護があるので、フルートには当たりません。フルートがパンチを繰り出すように右腕を伸ばします──。
すると、腕の前に黒い壁が広がりました。セイロスが障壁を張ったのです。握った拳が障壁にぶつかりましたが、フルートは腕を引きませんでした。そのまま前へ突き出していくと、右手に絡めたペンダントが輝いて障壁を貫いていきます。セイロスのほうは星の花の蔓を振り切れなくて、まだ身動きできません。
「行けるわ!!」
ペルラやシィが声を上げました。
メールは花鳥をさらに蔓に変えて送り出しました。ポポロは身を乗り出してフルートの手の行方を見守ります。
ガァァァ……!!!!
デビルドラゴンが怒りの声を上げて首を大きくねじりました。フルートにかみつこうとします。
「おまえの相手はこちらだ、闇の竜!」
と神竜がデビルドラゴンの首にまた食いつきました。力任せに引き戻します。
フルートの右腕が金の光で障壁を突き破っていきます──。
すると、デビルドラゴンが赤い目を光らせました。神竜に食いつかれたまま、また首をねじって呼びかけます。
「来イ、我ガ闇ノシモベ! 目覚メルトキガ来タノダ!」
それは闇の怪物へ呼びかけているのではありませんでした。怪物たちはデセラール山よりずっと手前の場所で、光の軍勢に前進を阻まれています。
デビルドラゴンが見据えていたのは、ゼンを乗せて飛ぶルルでした。また言います。
「我ガモトヘ来イ! オマエノ本来ノ姿ニナッテ、勇者タチヲ皆殺シニスルノダ!」
「ルル!?」
勇者の一行はルルを見ました。フルートやポチも思わず振り向いてしまいます。
とたんにフルートの腕がはじき返されました。ポチと一緒に後ろへ飛ばされます。
「おい……ル、ルル!?」
ゼンが焦って呼びかけていました。彼の下でルルの体が変化を始めていたからです。白い霧が流れるような風の犬の体が、ざわりとうごめいて、背中の部分から黒い羽根に変わっていきます。
「ルル!」
ゼンは羽根の奥にある犬の体をつかもうとしましたが、捕まえることはできませんでした。ルルはどんどん羽根におおわれていきます。
すると、ルルがゼンを振り向きました。その頭はまだ風の犬のままです。
「なにをぼぅっとしてるのよ、ゼン……! 早く! その光の矢で、私を殺すのよ……!」
苦しそうに顔を歪めながら、ルルは言いました──。