ロムド城の遠見の石を巡るやりとりは、石を通じてユギルにも聞こえていました。
「遠見の石の景色を王都中の人々が見ているようでございます。天空王のご支援です」
と先を行く二人に伝えると、オリバンが答えました。
「天空王のなさることならば、何か意味があるのだろう。とにかく我々はフルートたちに近づくぞ」
けれども、それは言うほど簡単なことではありませんでした。デビルドラゴンは神竜とかみつき合いながら毒の息を吐き、周囲に稲妻や炎を放っていました。ペガサスはそれをかわして遠回りしながら進んでいきます。
やがて行く手に濃い霧がかかっている場所が見えてきました。デビルドラゴンの背中の真ん中あたり──ちょうどセイロスが立っていたあたりです。
「あそこか」
とオリバンは言ったとき、ペガサスが急に立ち止まりました。次の瞬間デビルドラゴンのほうから、ごうっと強い風が吹いてきます。ペガサスは大きくあおられて羽ばたき、背中のオリバンたちは金のたてがみにしがみつきました。吹き飛ばされそうになりながら、なんとか風をやり過ごします。
「敵は我々に気づいたようだな」
とペガサスが言ったので、ユギルが答えました。
「このままこの場所で待機なさってください。また攻撃が来たときにはかわすのです。敵に隙ができればわたくしたちも攻め込めますが、今はここから勇者殿たちの決戦を見守ることにいたしましょう」
デビルドラゴンの背中で戦うフルートたちとセイロスが、彼らにも見えるようになっていたのです。風が霧を吹き飛ばしたのでした。距離にしてまだ数十メートルほど離れていましたが、彼らはそのまま空中から戦いを見守ることにしました。ユギルの肩の上に浮かぶ遠見の石は、彼らが見ているのと同じ景色をディーラにも送っています──。
フルートは急に剣を引き寄せてセイロスの剣を受け流しました。体勢を崩したセイロスに剣を振り下ろします。
「せぇい!!」
がつっ。
デビルドラゴンの背中から黒いうろこが円錐の長い棘(とげ)のように飛び出してきて、フルートの剣を受け止めました。その間にセイロスが体勢を整えて切りつけてきます。
ポチは宙返りでかわして、またセイロスへ突進しました。フルートがうろこの棘を横なぎに払ってセイロスに切りつけます。
がしん。
フルートとセイロスの剣がまたぶつかり合って停まります。
とセイロスから魔弾が飛び出しました。フルートにまともに命中します。
「フルート!?」
仲間たちは声を上げましたが、フルートは吹き飛ぶことも倒れることもありませんでした。金の石が守ってくれたのです。
フルートはセイロスと剣で押し合いながら仲間へ言いました。
「セイロスの動きを抑えてくれ!」
「あいよ、任せな!」
と飛び出してきたのはメールでした。花鳥の背をぽんとたたくと、花が絡み合ってできた蔓がセイロスへ飛んでいきます。
星の花でできた蔓には聖なる力がありました。まず剣を握ったセイロスの右腕を、ついで全身を縛って動けないようにしてしまいます。
ところが、縛られていない左腕をセイロスが動かしました。血管のような筋が浮いた腕をフルートへ突き出します。
フルートはまだ金の石の障壁に守られていましたが、セイロスの腕はそれを突き破りました。フルートの顔へ至近距離から魔弾を撃ち込もうとします。ポチはとっさにかわそうとしましたが間に合いません──。
すると、セイロスの左腕に白い矢が突き刺さりました。じゅぅっと音を立てて矢が消滅して、セイロスの籠手に穴を空けます。
「次はどこだ!? てめえの顔のど真ん中か!?」
とゼンがどなりました。弓にはもう次の光の矢をつがえています。
フルートはとっさに右手を動かしました。セイロスの籠手の穴から腕が露出していたのです。右手首に絡みつけた金の石をセイロスの腕に押しつけようとします。
セイロスの体に直接金の石の力を流し込めば、聖なる力はセイロスからデビルドラゴンへ伝わり、内側から両者を破壊します。金の石に力を貸してもらうために、願い石も呼び出そうとします──。
ところが、あと少しで金の石が触れるというところで、セイロスの腕がさっと遠ざかりました。セイロスがデビルドラゴンの背を蹴って後ろへ飛び退いたのです。
えっ!? とフルートも仲間たちも驚きました。セイロスはデビルドラゴンの背中から離れて、自分だけで空中に浮いていました。絡みついている花の蔓を左手でつかむと、ものすごい力で引き寄せます。
メールは花鳥ごと引きずられそうになって、あわてて蔓を切り離しました。反動で花鳥が後ろへ飛ばされ、ばさばさと羽ばたいて停まります。
「なんだよ、てめえ!? デビルドラゴンとくっついて離れられないんじゃねえのかよ!?」
とゼンがどなりました。光の矢が空けた腕の穴がふさがっていくのを見て歯ぎしりします。
「誰がそんなことを言った。愚か者が」
とセイロスが嘲笑いました。絡みついた星の花の蔓が枯れて落ちていきます。
フルートとポチがまたセイロスへ攻撃しようとすると、目の前にデビルドラゴンのうろこの棘が伸びてきました。ポチがかわすと、また別の棘が伸びてきます。その先端にセイロスがつかまっていました。あっという間にフルートたちと同じ高さまで上がってくると、棘を蹴って跳びながらフルートに切りつけてきます。
「!」
フルートは剣で受け止め、また驚きました。目の前にやってきたセイロスは、空中に着地して、すさまじい力でフルートを切り伏せようとしたのです。フルートは両手で剣を握って受け止めていましたが、力で押されて腕が震えてきます。
そこへ水のナイフが飛んできました。ペルラが戦人形で駆けつけたのです。ナイフはセイロスの鎧の背中に命中して消滅しますが、セイロスの注意が一瞬そちらへそれました。ポチが一気に後ろへ飛んでセイロスの剣から離れます。
「くだらない。子どもが大騒ぎをして何をできると思っている」
とセイロスはまた言いました。後ろを向いたままペルラに魔弾を撃ち出しますが、戦人形のほうが速かったので、弾は空中を通り過ぎただけでした。ペルラを抱いた戦人形は一瞬で別の場所に現れます。
ところが、魔弾が向きを変えてペルラへ飛んでいったので、戦人形はまた姿を消しました。代わりにレオンがビーラーと飛び込んできて、魔法で魔弾を破壊します。
「ペルラ、大丈夫!?」
また姿を現した戦人形の腕で、小犬のシィが心配していました。ペルラは真っ青な顔で戦人形に抱かれています。戦人形が猛スピードで移動を繰り返したので、振り回されて具合が悪くなったのです。
「だ、大丈夫よ……」
とペルラは気丈に言いましたが、魔法を使うために腕を上げることができませんでした。
そこへまたデビルドラゴンの背中から棘が飛び出してきました。一度に何十本も伸びてきて戦人形の周囲を取り囲みます。
「ペルラ!」
レオンが駆けつけようとすると、最後に伸びてきた棘にセイロスがつかまっていました。ペルラめがけて剣を振り下ろします。レオンは間に合いません。
すると、戦人形がくるりと背を向けました。セイロスの剣が戦人形を後ろから切り裂きます。
真っ二つになった戦人形の両腕には、それぞれペルラとシィが抱かれていました。落ちて行く人形と一緒に、彼女たちも墜落していきました。その真下にはデビルドラゴンの漆黒の体がありました──。