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第28巻「闇の竜の戦い」

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187.最終決戦・2-2

 「いや、実によく見えていますね。さすがはピラン殿です」

 ロムド城の会議室で、リーンズ宰相が感心していました。

 部屋の中央には透き通った球体が浮いていて、その中に景色が映っていました。球体はかなりの大きさなので、中の景色も大きく映っていて、まるで本当にその景色が目の前に広がっているようでした。

「これがユギルの見ている風景なのだな」

 とロムド王も感心して景色を眺めていました。一面の青空ですが、雲が後ろへ動いていくので、景色が動いていることがわかります。行く手に雪をいただいたデセラール山の頂も見えています。

 すると、ピランが言いました。子どもの半分ほどの背丈しかないノームの老人です。

「わしは石の音声のほうは強化したが、映像のほうは全然いじっとらん。急にまた向こうの景色がよく見えるようになったんだ。デビルドラゴンが妨害にまで手が回らんようになったのかもしれんな」

「占者殿たちは空を飛んで移動しているようですね」

 とトウガリが空の映像を見ながら言いました。普段ならおどけた道化の口上を述べるところですが、時が時なので口上は遠慮しています。

「空を? 彼らもポチや花鳥に乗って空を飛んでいるのですか?」

 とえんじ色のドレスを着たメノア王妃が言いました。王妃とトウガリは、サータマン王が倒された後も、ロムド王のそばから離れずにいたのです。

 おそらく──とロムド王が答えかけたとき、ばさばさと大きな羽音が聞こえてきて、球体の中にオリバンが現れました。ユギルを追い越して前に出たのです。彼が乗る白馬には鳥のような翼があります。

 まぁ、とメノア王妃は驚きの声を上げました。オリバンの横に、同じようにペガサスにまたがったセシルも並んだので、ロムド王たちも感心します。

「天空の国からまた手助けが来ていたのか。ありがたいことだな──」

 

 すると、会議室の戸が開いて見張りの兵士が入ってきました。王たちに敬礼してから言います。

「陛下、皆様方、ジタンのノームたちが戻っておいでです。作業が無事終了したので、ぜひ陛下にお目通りしたいと──」

 ところが、兵士が話している最中に扉がまた開いて、外の通路から二十人余りのノームがぞろぞろと入ってきました。あわてふためく兵士に、小太りのノームが言います。

「驚き桃の木山椒の木! 取り次ぎするのにいつまでかかってるんだね!? 待ちくたびれてお茶からキノコが生えてくるじゃないか!」

 驚き桃の木が口癖のラトムでした。一緒に入ってきたのもジタン山脈で暮らしているノームたちです。ノームはとにかくせっかちなので、取り次ぎを待ちきれなかったのでした。

 あわてて彼らを通路に戻そうとする兵士たちに、ロムド王が「ああ、かまわん」と言っている間に、ピランとジタンのノームたちはもう話し始めていました。

「いい仕事をしてくれたな、おまえたち。わしの弟子たちだけでは手が足りなかったんだが、他の連中におしゃべり石を地中に埋めていくなんて作業はできなかったからな。本当に助かった。おかげで皇太子たちとまた連絡できるようになったぞ」

「いやぁ。伝説の名人のピラン殿に仕事を頼まれて、しかもほめられたなんて、実に光栄ですよ」

「そうそう。洞窟のみんなが聞いたら、びっくり仰天してひっくり返りますよ」

「かみさんや子どもたちにも自慢できるな。楽しみだ」

「そういや一緒に来たドワーフたちが悔しがってたぞ。自分たちも手伝いたかったってな」

「しかたないだろう。ドワーフは俺たちのように地面に潜れないんだから。その代わり都を直す力仕事はドワーフの独壇場だ」

「そうだそうだ」

 ノームはおしゃべりなので、皆が次々しゃべってロムド王やリーンズ宰相に口を挟まむ隙を与えません。

「で、これが遠見の石の映像なんですね、ピラン殿。実によく見えている。さすがピラン殿の仕事だ、とみんなで感心しながら来たんですよ」

「ロムドの王子も王子のお妃も張り切ってるじゃないですか。あの先に敵の親玉がいるんですね?」

「間もなく親玉が見えてきますかね?」

「金の石の勇者たちもいるんでしょう? 城下町ではみんな期待して見てましたよ。勇者たちがきっと敵を倒してくれるってね」

「そうそう。町を直していた大工やドワーフたちまで、仕事をほっぽり出して空を見てますからね」

「もちろん勝つに決まっとる! なにしろ、あの連中はわしが作ったり強化したりした防具を着ているんだからな! いささか心配したんだが、どうやら──」

 とピランが答えているところに、ロムド王が無理やり話に割り込んできました。ピランの話を押さえて、ジタン山脈のノームたちに尋ねます。

「今、なんと言った? 皆が空を見上げて見ているというのは?」

 え? とノームたちはいっせいに首を傾げました。

「言ったとおりですよ。みんなえらく期待して空を見てます。ロムドの王子や勇者たちを応援しているんですよ」

「空を見て応援しているだと?」

 と今度はピランも聞き返したので、ジタンのノームたちは目を丸くしました。

「なにをそんなに驚いているんです。ピラン殿の道具の映像をみんなも見てるんですよ。外で──」

 外で!? と一同はまた驚きました。遠見の石の映像は、石とその投影機の球体がある場所でしか見られないはずなのです。

 真っ先に会議室から飛び出したのは、道化姿のトウガリでした。その足元をピランが走っていって、トウガリが開けた扉から外の通路に飛び出します──。

 

 会議室の外の通路はベランダに面していました。陽気が良い日だったので、ベランダの戸は開け放たれています。ピランはそこからベランダに出て空を振り仰ぎ、おぅ、と声を上げました。追いかけてきたトウガリやロムド王たちも、同じように空を見て絶句します。

 ベランダが面している中庭の上空には、白い光の壁が天井のように広がって、青い空の中を駆ける二頭のペガサスを大写しにしていました。ペガサスの背中にはオリバンとセシルが乗っています。声や音は聞こえてきません。けれども、それは確かに、会議室で彼らが見ていた遠見の石の景色でした。

「驚き桃の木山椒の木! あれはピラン殿が見せていたんじゃないんですか?」

 とラトムが仲間たちと追いかけてきて言いました。

 ピランは首を振りました。

「知らん! わしが作った遠見の石は、部屋の中にある球だけに投影されるようになっとる! あれは護具の守りの障壁か!? 遠見の石の風景をそこにも映し出しとるんだ! そんなことをしてるのは誰だ!? 四大魔法使いか!?」

「いいえ、隊長たちはハルマスで勇者殿や殿下たちと戦っておいでです。護具が扱えるような魔法使いも残ってはおりません」

 と会議室から枯葉色の魔法使いが出てきて言いました。大半の魔法軍団は応援に出撃していきましたが、彼は国王の護衛役だったので、城に残っていたのです。

 では誰が──と彼らが思っている間にも、上空の映像は動き続けていました。ペガサスが羽ばたくたびに空の雲が流れ、行く手に雪をいただいたデセラール山が近づいてきます。

 と、彼らは高度を下げ始めました。デセラール山が上方へ流れていって、山の中腹が見えるようになってきます。そこに二匹の巨大な竜がいました。四枚の翼を持つ黒いドラゴンが、白い蛇のような竜に絡みつかれています。

 とたんに城の内外からどよめきと悲鳴が聞こえてきました。驚きと恐怖の声です。今この瞬間、城の中でも城下町でも、大勢が空に映った竜を見ているのです。

「誰だ!? 誰のしわざだ!? わしの道具の力を拝借しおって!」

 ピランだけはひどく腹を立てて会議室に駆け戻っていきました。そこには透明な球がまだ浮いていて、空に映っていたのとまったく同じ景色が映っていました。黒いデビルドラゴンと白い神竜が激しくかみつき合って戦う様子も、色とりどりの竜が集団で飛び回って、隙を見てはデビルドラゴンを攻撃する様子も、克明に映し出されています。ということは、王都の上空にも同じ光景が映っているということです。

「えぇい、けしからん! これはわしの道具だ!」

 ピランは球の下にあった白い丸い石へ手を伸ばしました。それが遠見の石の本体で、そこから映像を拡大して映し出していたのです。本体を停止させようとします。

 すると、背後から声がしました。

「それはそのままにしておきなさい、鍛冶の長」

 ピランはかっと顔を赤くしました。

「おまえか、わしの道具を勝手にいじり回しているのは!?」

 と振り向き、そのまま立ちつくしてしまいます──。

 

 ピランの後を追いかけて会議室に戻ってきた人々は、部屋の中にまぶしいほどの光があふれていたので、また驚いてしまいました。

 光は部屋に立つひとりの人物から発せられていました。ピランがその前で床にへたり込んでいます。

 光の中の人物を見極めたとたん、人々も次々とその場にひざまずいてしまいました。ラトムたちノームも、枯葉色の魔法使いも、トウガリもメノア王妃も、リーンズ宰相やロムド王までが、その場に膝をついて頭を下げます。部屋にいるのが誰なのか、全員が気がついたのです。

「天空王……ようこそ我が城へおいでくださいました」

 とロムド王が言いました。あまりに畏れ多くて声が震えます。

「これは私の映し身だ。私自身は天空の国にいる」

 と天空王は言いました。その声も圧倒的で、全員がひれ伏して顔を上げられなくなってしまいます。

 そんな一同を見回して、天空王は静かに話し続けました。

「闇の竜は世界中の闇を呼び寄せて、金の石の勇者たちを葬り去ろうとしている。それに対抗するためには、我々も光の力を集めなくてはならない。そのために鍛冶の長の道具を使わせてもらった」

 光の力を集める、と全員が心の中で考えました。それはどうやるのですか、と聞き返したいのですが、畏れ多くてとても尋ねることができません。そのうちに部屋の中の光が薄らいでいきました。天空王の声も聞こえなくなります。

 彼らがおそるおそる顔を上げると、会議室にはもう天空王の姿はありませんでした。ただ、遠見の石が透明な球に遠い戦場の光景を映しているだけです。

 ピランは尻餅をついたまま冷や汗を拭いました。のろのろと起き上がると、呆然と立っていたラトムに話しかけます。

「ラトム、おまえはよく、驚いたときになんとか言っていたな。えぇと──?」

「驚き桃の木山椒の木!」

 とラトムは実感を込めて言いました。声に出したとたん体中から力が抜けて、また座り込んでしまいます。

「そう、それだそれだ」

 とピランは言うと、遠見の石をまた見上げました。

「わしの道具が、坊主たちを手助けしようとする天空王の目にとまったということか。まったく、驚き桃の木山椒の木だな!」

 映し出された景色の中では、オリバンやセシルを乗せたペガサスがデビルドラゴンの背後に回り込もうとしていました──。

2023年3月1日
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