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第28巻「闇の竜の戦い」

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182.白馬

 「青がキースたちの守備につきました。もう敵に利用される心配はないでしょう。銀鼠と灰鼠も一緒に守備についています」

 ハルマスの船着き場で、白の魔法使いがオリバンやセシルたちに報告しました。

「銀鼠たちもキースたちのところに残ったのか」

 とオリバンはがっかりしました。今すぐフルートたちのところへ駆けつけたいオリバンです。銀鼠たちが戻ってきたら、空飛ぶ絨毯に乗せてもらって飛んでいこうと考えていたのです。

 セシルは湖の向こうで繰り広げられている戦闘を眺めました。白い神竜が黒いデビルドラゴンに絡みついて戦い、神竜より体が小さな竜たちも集団になって襲いかかっています。竜たちが攻撃しているのはセイロスだといいます。竜と一緒に飛んでいたフルートたちも、もうセイロスのすぐそばまで迫っているというのですが、人間の視力でそれを確かめることはできませんでした。オリバンでなくても、じれったいことこのうえありません。

 このとき、天狗はもう船着き場にはいませんでした。砦から肉坊主はいなくなりましたが、北のほうから新たな闇の怪物が現れて向かってくる、というので、壊れた防塁を修理しようと飛んでいったのです。

 代わりにオリバンが指揮していたロムド軍と、セシルが指揮していたナージャの女騎士団が待機していました。じっと命令を待っています。

「部隊と一緒に馬で湖を迂回して駆けつけよう」

 とセシルが言ったので、オリバンは、うむ、とうなずきました。

「少々時間はかかるが、やむを得ん。それが一番確実だ」

「いやいや、殿下、妃殿下、それはあまりに危険ですじゃ! 闇の竜の攻撃は地上にも飛んできますぞ! 馬ではとても避けられませんわい!」

 と深緑の魔法使いが声を上げました。大切な彼らの皇太子と皇太子妃を死なせるわけにはいかないのですから必死です。

「ユギル殿」

 と白の魔法使いは占者に助けを求めました。頑固な皇太子たちも、一番占者のことばだけは聞き入れてくれます。彼に皇太子を思いとどまらせてもらおうとします。

 すると、占者が言いました。

「馬で駆けつけようとすれば、殿下も妃殿下も、勇者殿たちの近くにたどり着く前に死者の国へ旅立つことになります。それでは勇者殿たちの助けにはなりません」

「だが──!」

「私たちに、ただここで見ていろとユギル殿は言うのか!?」

 食い下がるオリバンとセシルに、ユギルはおごそかに言い続けました。

「しばしお待ちください。手助けが参ります」

「手助け……?」

 いったい誰が? と一同が考えているところへ、空から羽音が聞こえてきました。彼らの頭上に近づいてきます──。

 振り仰いだ一同の目に飛び込んできたのは、空を駆ける三頭の白馬でした。大きな二枚の翼を羽ばたかせて飛んでいます。天馬とも呼ばれるペガサスでした。呆気にとられる一同の前に駆け下りてきます。

 

 ペガサスは純白の体に、流れる金糸のようなたてがみと尾の、本当に美しい姿をしていました。白い翼は白鳥のようですが、白鳥よりずっと大きくて力強く見えます。

「地上に降りる許可が出た。来てやったぞ、人の王子」

 と先頭の馬が男性の声でオリバンに話しかけてきました。いかにもプライドの高そうな口調ですが、力に充ちた声です。

「殿下、薔薇色の姫君の戦いの際に、わたくしたちを乗せてくださったペガサスでございます」

 とユギルに言われて、あのときの! とオリバンも思い出しました。

「そうだ、あのときはメーレーンやラヴィア夫人を救うために来てもらった! また我々を助けてくれるのだな、天の駿馬(しゅんめ)よ!」

 天の駿馬、と呼ばれて、ペガサスは少し気を良くしたようでした。長い首を上下させて言います。

「私の名前はゴグだ。我々の先祖は二千年前にも地上に下りて闇の竜と戦っている。再び闇の竜が現れたのならば、我らもまた戦うつもりだったが、勝手に地上に下りることはできなかった。ようやく理(ことわり)が我らに参戦を許したのだ」

「闇の竜は勇者殿たちを倒すために、一帯の闇のものを招集しております。その闇の力に対抗するために、ペガサスの皆様方が地上へ招かれたのでございましょう」

 とユギルが言いました。光と闇は、どちらか一方の勢力が強くなると、バランスを取ろうとするように、もう一方の勢力も強まるのです。それが理(ことわり)でした。

「ペガサスは三頭いるのだな。また私とユギルが乗せてもらえるとして、もう一頭は? セシルは乗せてもらえるだろうか?」

 とオリバンは心配しながら振り向いて、目を丸くしました。婚約者がいつのまにかもうペガサスにまたがっていたからです。高い背中の上から金のたてがみや翼を撫でて話しかけています。

「私のような者を乗せてくれてありがとう、美しい天の馬。とても光栄だ」

 口調は男のようでも、優しく柔らかい声です。

 彼女を乗せたペガサスが、ブルルッと鼻を鳴らして答えます。

「あなたは私たちと同じ匂いがします、人の王女。あなたを乗せられて、私も嬉しい」

 ペガサスのほうも女性の声です。セシルはメイの王族として神獣のユニコーンを自分の体から召喚したことがあります。それがペガサスに「同じ匂い」と感じさせているようでした。

「よし、それではよろしく頼む。我々をフルートたちのところまで連れていってくれ」

 とオリバンは言ってゴグに飛び乗りました。ユギルももう一頭のペガサスにまたがります。

「お待ちください、殿下!」

「私たちはどうしたらよいのですか、隊長!?」

 とロムド兵やナージャの女騎士たちが引き留めました。彼らの馬は空を飛ぶことはできません。

「おまえたちは地上を守れ」

「闇の怪物が集まってきている。フルートたちのところへ行かせるな」

 とオリバンとセシルが命じたのと、ペガサスたちが空に舞い上がったのが同時でした。ユギルを乗せたペガサスが続きます。

 

 それを見送りながら、深緑の魔法使いが尋ねました。

「わしらはどうするんじゃ、白?」

「俺たちも闇の怪物退治か?」

 と赤の魔法使いも尋ねます。ムヴア語で言っていますが、仲間たちには通じます。

 女神官は憮然としました。

「そんなことは決まり切っているだろう。つまらない質問をするな」

 老人とムヴアの魔法使いは、にやりとしました。女神官も、ふっと笑います。

「よし、行くぞ」

 彼女の号令で、三人の魔法使いは船着き場から姿を消しました。次の瞬間には空に現れて、オリバンたちを乗せたペガサスの後を追いかけていきます。

 後に残されたロムド軍と女騎士団は、うらやましそうにそれを見送りましたが、やがて自分たちに下った命令を思い出すと、デビルドラゴンの元へ集まっていく怪物を倒すため、砦の外へと出撃していきました──。

2023年2月4日
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