王都ディーラからハルマスの砦に向かう途中、街道から少し外れた荒野で、キースは魔法の障壁の檻(おり)を作っていました。
普段ロムド城にいるときには白い服に青いマントをはおってミコンの聖騎士団の格好をしているキースですが、このときには変身が解けて、黒ずくめの服に長い黒髪、頭の両脇にねじれた角が、背中には大きな黒い翼が現れていました。彼が使っている闇魔法が、ばちばちとあたりに黒い火花を散らしています。
檻の中に捕らえられていたのは三匹と一人──グーリーとゾとヨとアリアンでした。巨大な黒いグリフィンになったグーリーが檻に体当たりを繰り返し、ちっぽけなゴブリンになったゾとヨが檻にかみついたりひっかいたりしています。黒いドレスを着たアリアンは、目をつぶり両手で耳をふさいで座り込んでいました。その額には長い一本の角があります。彼らも全員変身が解けていたのです。
「暴れるな……! 暴れるなって! 彼らの敵に回るつもりか……!?」
とキースが必死に呼びかけますが、グーリーたちはいっこうに落ち着きませんでした。アリアンは耳をふさいだままうつむいていて、手を貸そうとはしません。キースは玉のような汗を浮かべながらひとりで檻を維持しています。
すると、そこへ空飛ぶ絨毯が飛んできました。銀鼠、灰鼠の姉弟と一緒に、武僧の青の魔法使いが乗っていて、大声で話しかけます。
「どうしました、キース!? 何事です!?」
キースはほっとして空を見上げました。
「良かった、来てくれたね! デビルドラゴンがこのあたりの闇のものを片っ端から呼び寄せているんだ。フルートたちと戦わせるつもりなんだろう。ぼくたちもロムド城からここまで引き寄せられてしまった。ぼくだけはなんとか抵抗できるんだけど、彼らには無理だから、こうして閉じ込めていたんだ。でも、それももうそろそろ限界──」
キースが話している最中にグーリーが檻に激しく体当たりしました。衝撃でキースが弾き飛ばされ、檻の一部にほころびができてしまいます。
ゾとヨはキーッと声を上げると、穴から外に飛び出そうとしました。グーリーも穴へ突進します。
「アーラーン!!」
絨毯の上で銀鼠と灰鼠が声を上げると、空中に炎の狐が現れて地上へ飛びました。彼らが信じるグル教の狐神です。穴から顔を出したゾとヨにガゥッと炎の牙をむいたので、二匹は思わず飛び退きました。後ろに来ていたグーリーの顔にぶつかったので、グーリーも一瞬ひるみます。
「閉じろ!」
キースは倒れた格好のまま手を向けました。檻のほころびがふさがって、ゾもヨもグーリーもまた檻に閉じ込められます。アリアンは耳を固くふさいで座り込んだまま動きません。
青の魔法使いは絨毯からキースの隣に飛び降りました。起き上がるキースに手を貸しながら言います。
「闇魔法で作った檻だけでは、デビルドラゴンの召喚を完全には断ち切れないんですな。では、私が檻を外からさらに囲みましょう」
「そうしてもらえると助かる……。奴に近づくほど呼び声が強くなっていくから、どうにも抑えきれなくなっていたんだ」
とキースがまたほっとした顔になります。
「では、キースも中に入っていてください。外は召喚がきついでしょうし、万が一私の障壁に触れても大変ですからな」
「じゃあ、おことばに甘えて」
とキースは自分も檻の中に入りました。青の魔法使いがこぶだらけの杖を地面につくと、キースたちの檻の外側に青い障壁のドームが現れます。闇の障壁を光の障壁で囲んだのです。
とたんにゾとヨとグーリーは暴れるのをやめました。夢から覚めたようにきょろきょろあたりを見回します。
「あれれ、ここはどこだゾ? オレたちどうしてこんなところにいるんだゾ?」
「オレたち、ロムド城にいたはずなんだヨ。いつのまにこんなところに来てたんだヨ?」
グェン、とグーリーも不思議そうに鷲の頭をひねります。
キースは三匹の体や頭をぽんぽんとたたくと、まだ耳をふさいでいたアリアンの手を優しく外してやりました。
「もう大丈夫だよ。青さんが来てくれたからな」
アリアンは青ざめた顔であたりを確かめ、やっと安堵して溜息をつきました。
「本当……。まだ気配は感じるけど、呼び声は聞こえなくなったわ」
キースは手を振って彼らを鷹と小猿と人間の姿に戻すと、座って全員を招き寄せました。アリアンの肩を抱き、ゾとヨを膝に乗せ、グーリーを肩に留まらせて言います。
「こうしていれば大丈夫だ。戦闘が終わるまでここでこうしていよう。心配ない、彼らはきっと勝つさ」
「彼らって誰のことだゾ?」
「オレたちどこにいるんだヨ?」
ゾとヨはまだ状況が呑み込めていません。
キースは檻と青い障壁越しに見える景色を指さしました。
「ここはハルマスのすぐ近くだ。あの山の手前にデビルドラゴンがいるのが見えるだろう? フルートたちが奴に決戦を挑んでいる。ぼくたちは奴に操られてフルートたちと戦わされるところだったんだよ。そんなことになったら一大事だった。彼らがぼくたちと戦えるはずはないんだからな」
ひぇっ、とゾとヨは全身の毛を逆立てました。グーリーも羽根を膨らませて震えます。
アリアンは必死に目をこらしました。
「あそこにいるのはデビルドラゴンだけじゃないわ。もう一頭大きなものがいるみたい。ううん、もう一頭……? あれも竜なのかしら?」
鏡で透視すれば障壁の内側にいても捕まってしまうので、透視するわけにはいかなかったのです。
青の魔法使いがうなずいて言いました。
「あれは竜子帝が呼び出した神竜です。他にもたくさんのユラサイの竜が勇者殿たちを助けて戦っています。むろん、他の者たちも協力していますぞ。皆の力を借りて、勇者殿たちが敵の前に到達したところです」
「フルートたちはデビルドラゴンと戦ってるのかヨ!?」
「オレたちも手伝いたいゾ! 一緒に戦いたいゾ!」
とゾとヨがまた騒ぎ出したので、キースは苦笑しました。
「それは無理だと言ってるだろう? ぼくたちはここでおとなしくしているのが、一番彼らの助けになるんだ。残念だけどな」
と、ちょっぴり悔しそうに言って、ゾとヨをぎゅっと抱きしめます。
青の魔法使いは杖を握ったまま心話で仲間たちに言いました。
「キースたちはもう大丈夫です。ただ、敵に彼らを利用されては大変なので、私はこのままここで彼らを守っています」
「わかった。頼むぞ」
とハルマスにいる白の魔法使いから返事がありました。深緑の魔法使いや赤の魔法使いがうなずいている気配もします。
すると、そこに銀鼠と灰鼠の姉弟が割り込んできました。
「隊長の皆様方、私たちもここで守備についていていいでしょうか?」
「デビルドラゴンに召喚されて闇の怪物が集まってきています。ここが襲われたら、青様ひとりで守るのは大変だと思います」
「シ。ロ」
と赤の魔法使いが許可しました。ムヴア語ですが、部下の姉弟には通じています。
二人はすぐに絨毯で飛び回って警戒を始め、近づいてくる闇の怪物を見つけては撃退しました。怪物はデビルドラゴンに呼ばれているのですが、光の障壁の気配を感じると敵がいると考えるのか、こちらへ向かってくるのです。
「悪いね。そっちの戦力を減らすことになってしまって」
とキースが言ったので、青の魔法使いは答えました。
「いやいや。我々もキースたちにはずいぶん助けられてますからな。こういうことはお互い様です。それに、ここで一匹でも怪物を減らしておけば、その分だけ勇者殿たちが楽になるでしょう。無駄なことではないはずですぞ」
屈託なく言って笑う武僧に、ありがとう、とキースも笑いました──。