「彼らは闇の竜の障壁を抜けたか──」
風の犬に乗ったマロ先生がフルートたちの様子を見て言いました。
マロ先生たち天空軍の魔法使いは、デビルドラゴンの攻撃で風の犬の変身が解けて墜落しかけましたが、戦人形に受け止めてもらい、攻撃の影響が消えたところでまた風の犬に乗って上昇してきたのです。
行く手にそびえるデセラール山の手前では、竜子帝に呼び出された神竜がデビルドラゴンと戦っていました。さすがのデビルドラゴンも自分より巨大な神竜に絡みつかれては思うように動けません。そこへ竜の群れに紛れてフルートたち勇者の一行が迫っていました。レオンとフルートが協力して闇の障壁を破壊したのが見えます。
すると、天空軍の貴族のひとりがマロ先生に話しかけました。
「あの巨大な竜はホワイトドラゴンだわ。地上にまだホワイトドラゴンが生きていたとは知らなかったわね」
彼らが住む天空の国には、同じような純白の竜が生息していて、天空城がある山の滝を守っていたのです。
マロ先生は首を振りました。
「種族は同じかもしれないが、力がまったく違う。あれは二千年前の光と闇の戦いで闇の竜を最果てに拘束した竜たちの王だ。闇の竜が再来したとき再び助けに現れる、と人間の王と契約を結んでいたらしい」
「太古から現れた伝説の神獣だな。この目で見る日が来るとは思わなかった」
と別の貴族は感激したように言います。
そこへ飛竜に乗ったリンメイが飛んできました。
「竜子帝からのお願いよ! 闇の怪物がいたるところから集まってきているの! きっとフルートたちの邪魔をするつもりだわ! あたしたちだけじゃ手が足りないのよ! 手伝って!」
「闇の竜が手下を呼び寄せているな」
とマロ先生は周囲を見回しました。
リンメイが言うとおり、四方に散っていった肉坊主たちがまたデセラール山へ戻り始めていました。肉坊主以外の怪物もどこからか現れていて、地上を走ったり這ったり空を飛んだりしてデビルドラゴンへ向かっています。
マロ先生は仲間の貴族たちに言いました。
「闇の竜は勇者たちに懐(ふところ)に飛び込まれて焦っている! 怪物を闇の竜へ向かわせるな!」
「だが、我々も勇者たちの後を追ったほうがいいんじゃないのか?」
「闇の竜は強力よ。レオンひとりでは負担が大きすぎるわ」
と貴族たちが口々に言いましたが、マロ先生は譲りませんでした。
「闇の竜を倒せるのは金の石の勇者とその仲間たちだけだ。我々は彼らの支援のためにここにいる。一匹一匹は強くもない怪物でも、集団で彼らを襲えば大変な障害になる。彼らが実力を完全に発揮できるように、障害を取り除いて支援することこそ、我々の務めだ」
マロ先生のことばに仲間たちは納得しました。風の犬に乗った天空軍の貴族は二百名ほどいましたが、いっせいに地上へ降りると、押し寄せる怪物を光の魔法で防ぎ消滅させていきます。
「ありがとう!」
とリンメイは言って、また竜子帝のところへ戻っていきました。
空ではユラサイの飛竜部隊と術師たちが、空を飛んでやってくる怪物を撃墜しています──。
ハルマスの砦で戦っていた人々は、敵が急に退却を始めたので驚きました。
地割れから侵入する肉坊主の大群に苦戦していたのですが、肉坊主が突然戦闘を放棄して逃げ出したのです。濁流をたたえる地割れに飛び込んだり、裂けたまま修理できずにいた防塁の間から抜け出したりして、砦から出ていきます。
「どういうことだ!? 何故連中は逃げ出したのだ!?」
ロムド軍を率いて戦っていたオリバンがどなりました。敵が砦から逃げ出したのはめでたいことですが、原因がわかりません。
そこへセシルが女騎士たちと共に駆けつけてきました。彼女は部下の女騎士団を率いて戦っていたのです。
「オリバン、肉坊主たちが湖へ戻っていくぞ! 周囲から侵入しようとしていた肉坊主も砦から離れた! どういうことだろう!?」
とセシルも言いました。女騎士たちは怪物の血で汚れた剣を握ったまま、とまどっています。
気がつけば、怪物は砦から一匹残らず姿を消していました。戦いの痕だけが、いたる所に残っています。
オリバンは周囲を見回して呼びかけました。
「ユギル! どこだ、ユギル──!?」
「こちらでございます、殿下」
と物陰から銀髪の占者が出てきました。戦闘を避けて安全な場所に隠れていたように見えますが、片手に握った短剣はやはり怪物の血に染まっていました。
「敵は何故急に撤退していったのだ!? 連中の目的はなんだ!?」
オリバンに尋ねられて占者は一瞬遠い目をしてから答えました。
「わたくしたちには聞こえませんが、敵は闇の竜から呼ばれております。勇者殿たちが敵の懐に飛び込んだために、闇の竜が身を守ろうとしているのでございましょう」
「フルートたちがデビルドラゴンに到達したのか!」
とセシルが声を上げました。彼らがいるのはハルマスの砦の真ん中なので、外の様子を見ることはできません。
そこへ空を飛んで天狗がやってきました。彼らの前に舞い降りて言います。
「怪物が残らず砦から脱出して闇の竜へ向かっていった。勇者たちが闇の竜にたどり着いたぞ。船着き場に来い」
とたんに、オリバンとセシルとユギルは、リーリス湖に面した船着き場に来ていました。天狗が隣にいて、羽団扇(はうちわ)を握っていました。術を使って一瞬で彼らを運んだのです。
「おまえたちの部下もすぐここに来る。見ろ」
天狗に言われて湖の対岸を見たオリバンたちは、はっと息を呑みました。デセラール山の手前で絡み合って戦うデビルドラゴンと神竜を、彼らはこのとき初めて目にしたのです。
「あれが話に聞いていた神竜か」
「竜子帝が呼び出したんだな──」
デビルドラゴンは神竜を払い飛ばそうと暴れますが、神竜は長い体をくねらせてまた絡みついていきました。互いに激しくかみつき合っています。その二頭の周囲を色とりどりの竜が集団になって飛び回っていました。爆発が何度も起きては、そのたびに竜が何十匹も吹き飛ばされます。
「セイロスが闇の竜の上にいて攻撃をしかけております。勇者殿たちはセイロスのすぐそばに迫っておいでです」
とユギルが言いましたが、残念なことに、オリバンやセシルの視力ではそれを確かめることができませんでした。集団になった竜も一匹の大蛇のようにしか見えません。
「フルートたちがセイロスを攻撃しようとしているのだな!? もっと近くに行けんのか!?」
とオリバンがまたどなりました。そこへ部下のロムド兵やナージャの女騎士たちが駆けつけてきましたが、オリバンの声を聞いて立ち止まってしまいました。砦の外に出て湖を迂回すれば、デセラール山の麓に近づくことはできます。けれども、そこで繰り広げられている二頭の竜の戦いがあまり激しいので、接近するのは非常に危険だったのです。
神竜に押されたデビルドラゴンがデセラール山に激突して、山肌の岩が崩れていきます──。
けれども、オリバンはあきらめませんでした。また呼びつけます。
「四大魔法使い! すぐにここに来い!」
ロムド城の四大魔法使いは皇太子の声を聞き逃しませんでした。たちまち船着き場にまた四人の魔法使いが集まります。
「お呼びでございますか、でん──」
白の魔法使いが返事を終える前に、オリバンは食いつくような勢いで言いました。
「フルートたちが敵の元に到達した! 我々をあそこまで運べ!」
「それは……」
と魔法使いたちもためらいました。デビルドラゴンに深くかみつかれた神竜が、牙を抜こうと身をよじり太い尾を振り回しています。接近して一撃を食らえば、どんなに防御魔法をかけておいても、ひとたまりもありません。
「おまえたちが近づけば勇者たちが戦いにくくなるだろう。ここで見守るべきだな、王子」
と天狗が説得しますが、オリバンは納得しません──。
ところがそこへ空を飛んでやってきたものがありました。若い男女を乗せた一枚の絨毯です。
「こちらにおいででしたか、殿下! 隊長方も!」
「お探ししました!」
と言ったのは、空飛ぶ絨毯に乗った銀鼠(ぎんねず)の魔法使いと灰鼠(はいねず)の魔法使いでした。猿神グルを信仰する赤い髪の姉弟です。ディーラでサータマン王に空飛ぶ絨毯を灰にされたので、予備の絨毯に乗ってきています。
「テ、ニ、ル!?」
と直属の隊長の赤の魔法使いがムヴア語で尋ねると、姉弟は答えました。
「はい、私たちはディーラとロムド城を守るように命じられておりました! でも、隊長方が出発された後、国王陛下が私たちも送り出してくださったんです!」
「ぼくたちのグルの魔法が役に立つかもしれないから、とおっしゃって──! でも、今はそれより大変なことが起きているんです!」
大変なこと? と一同は思わず聞き返してしまいました。目の前で起きている決戦より大変なことがあるのか、と誰もが考えたのです。
姉弟は必死に言い続けました。
「近くでキース殿が呼んでいるんです!」
「隊長のどなたかに来てほしい、と言っています!」
思いがけない人物の名前に、一同はまた驚いてしまいました──。