「闇の竜の真上に来ました、勇者の皆様方」
そんなふうにフルートたちに教えてくれたのは、群れになって飛ぶ竜の一匹でした。群れの中にすっかり入り込んでいる勇者の一行には、外はほとんど見えません。
「よし、出よう」
とフルートが仲間たちへ言うと、他の竜たちが話しかけてきました。
「もう少しだけ、そこにいてください」
「セイロスが王を狙っています。防がなくてはなりません」
竜たちが王と呼んでいるのは、デビルドラゴンと組み合っている神竜のことです。
竜の群れ全体が大きく向きを変え、急降下を始めました。フルートたちも竜たちと一緒に飛んでいきます。
すると、いきなり数匹の竜が後方へ吹き飛ばされました。ひらめく黒い火花が竜に命中したのです。
「魔弾だ!」
とフルートは言いました。魔弾は空中で分裂して爆発していました。勇者の一行はレオンの障壁に守られていますが、周囲を飛ぶ竜が攻撃を食らって次々落ちていきます。
フルートがとっさにそちらへ飛ぼうとすると、すぐ横を飛んでいた赤い竜が行く手をふさいで言いました。
「だめです。あなたたちが向かう先はこっちじゃありません」
「でも──!」
フルートはかわして駆けつけようとしました。赤い竜の向こうでたくさんの竜が魔弾に撃ち落とされていくのが見えていたのです。
すると、メールも花鳥の翼でさえぎって言いました。
「竜は海の魚たちと同じ戦い方をしてるんだよ。何匹かがやられてる間に、残りが敵を攻撃するんだ。これだけたくさんいるんだから全滅はしないよ」
「いたぞ、セイロスだ」
とレオンが言いました。竜の集団が崩れた場所から、デビルドラゴンの背に立つセイロスが見えたのです。竜たちへ魔弾を繰り出したセイロスが、改めて神竜へ手を向けています。
フルートはポチと先陣を切って飛び出しました。神竜に向かってまっしぐらに飛びます。ゼンを乗せたルル、メールとポポロを乗せた花鳥、レオンを乗せたビーラー、ペルラとシィを抱いた戦人形が後に続きます。
「焦るな、フルート! ぼくたちが先頭だ!」
とレオンが前に出ました。ペルラとシィがその後になって、フルートは三番手になります。次はメールとポポロ、ゼンはしんがりです。
そこへ魔弾が飛んできました。セイロスが攻撃してきたのですが、レオンの障壁に激突して砕け散りました。彼らはセイロスへ突進していきます──。
すると、ルルが急に仲間たちから少し遅れました。
どうしたんだよ? とゼンが聞こうとすると、ルルが小声で言いました。
「前に私が頼んだこと、ちゃんと覚えているわよね?」
「あ、頼んだこと──?」
ゼンは、どきりとして空とぼけようとしましたが、ルルにはたちまちばれました。怒って言います。
「知らんふりしないで! 私が敵に回ったら、ためらわずに殺してって頼んだじゃない」
「んなこと言われたって……おまえは敵になんかなってねぇだろうがよ」
ごにょごにょとゼンは言いました。いつも自信たっぷりの彼が、不安そうな顔になっています。
ルルは仲間たちから不自然に思われない距離を保ちながら話し続けました。
「デビルドラゴンが周囲に味方を呼んでるわ。私も一度あいつを宿して魔王になったから、呼ばれてるのを感じるの。ううん、私の正体が闇のハーピーだったからかもしれないけど──でも、そんなことはどうでもいいのよ」
反論しようとしていたゼンは、機先を制されて目を白黒させました。そんな彼にルルは話し続けます。
「私はもう闇になんてならないわ。だけど、デビルドラゴンに近づくほど、呼ばれる声は大きくなっていくの。もしも私が奴に負けて寝返ったら、すぐに私を殺してちょうだい。光の矢一本で倒せるはずだわ。いいわね、お願いよ」
「んなこと頼むなよ、ルル──。俺にできるわけねえって、わかってんだろうが」
とゼンは言いました。情けない顔と声になっていますが、ルルは承知しませんでした。
「できるのはあなたかフルートだけなのよ。でも、フルートがもっと無理なのはわかってるでしょう? 私がまた闇に下ったら、あなたたちを殺すわ。フルートもポポロもメールもきっと殺しちゃう。そんなこと絶対にするわけにはいかないのよ。わかったわね?」
ルルが念を押したとき、フルートが振り向きました。
「固まれ! 敵の障壁の内側に飛び込むぞ!」
デビルドラゴンとセイロスはもう目の前まで迫っていたのです。間に半透明な黒いガラスのような障壁があります。
彼らは距離を詰めてひとかたまりになりました。ルルも速度を上げて仲間に追いつきます。今までゼンに話していたことには、もう触れようとしません。
ゼンは光の矢をつがえた弓を握り直しました。
「負けんなよ、ルル──」
喉の奥で唸るように言いますが、ルルは返事をしませんでした。ゼンは奥歯をかみしめます。
レオンが全員を光の障壁で包みました。フルートが障壁を裏打ちするように金の石を光らせます。
「抜けるぞ!」
レオンの声と同時に、ばちばちと周囲で黒と白銀の火花が散り始めました。黒いガラスのような障壁の中へと潜り込んでいきます。障壁は数メートルの厚さがあったのです。
ところが、あともう少しで抜ける、というところで、彼らは停まってしまいました。黒い障壁に潜り込んだまま、身動きがとれなくなってしまいます。
「デビルドラゴンが障壁を強化している!」
とレオンが言いました。彼らを押し潰そうとするように、周囲から闇の障壁が迫ってくるので、押し返そうと両手を広げています。
「レオン、大丈夫か!?」
とビーラーが心配しました。迫る障壁の圧力は相当のようで、真っ赤になったレオンの顔から汗がふきだしていたのです。
それを見てペルラは焦りました。彼女の魔力で敵の障壁を押し返すことはできません。戦人形にも無理です。どうすれば──と考えて、はっと花鳥を振り向きました。
「ポポロ、あなたまだ魔法を使ってないわよね!? レオンを手伝ってよ!」
ポポロはどきりとした顔で身を引きました。迷うように自分の手を握りしめます。
すると、フルートが言いました。
「ポポロはまだだ。ぼくがやる」
と前に出てレオンに並ぶと、抜いていた光炎の剣を両手で握りました。刃を前方に向けて力一杯突き出します。
剣はレオンの障壁を抵抗なくすり抜けて、その外側の黒い障壁に突き刺さりました。ばちばちと火花がいっそう激しくなります。
「せ……ええぃぃっ!!」
フルートは抵抗に逆らって、剣を横に動かしていきました。刃が火花を散らしながら闇の障壁に食い込み切り裂いていきます。
やがて。
ガシャァン!!! とガラスが割れるような音を立てて黒い障壁が砕け、彼らの行く手がひらけました──。