デセラール山の麓に現れたのは、全身純白の巨大な竜でした。
ユラサイの守り神で、竜王とも呼ばれていた神竜です。大蛇のような体を空でくねらせ、白く輝く長いひげをなびかせる姿は、周囲を圧倒する力に充ちています。
「ついに約束の時がきたな」
と神竜は自分を呼び出した竜子帝に言いました。その場の全員の頭に響き渡るような声です。
竜子帝はうなずきました。
「闇の竜がセイロスと一緒に復活してきた。勇者の一行や光の軍勢を壊滅させて、世界を闇の支配下に置こうとしているのだ」
リンメイはおびえる飛竜を抑えながら、尊敬の目で婚約者を見てしまいました。周囲を飛んでいた部下たちは、神竜に恐れをなして後方に下がってしまったのに、竜子帝は神竜と平然と話しているのです。
神竜が竜子帝にまた言いました。
「奴が復活して再び世界を我がものにしようとすることは、二千年前から決まっていた。残念なことだが、それは避けることができなかった定めだ。だが、おまえたちは再び光の軍勢となって闇の竜に挑んでいる。その力が我を世界の最果てから呼び出した」
それを聞いて、竜子帝は苦笑しました。
「世界に呼びかけて光の軍勢を結成したのはフルートたちだ。朕ではない」
「呼びかけに応えるものがあったから、光の軍勢は再集結できたのだ。そなたも彼らを助けたかったから、我を呼んだのだろう? そなたたちは世界のために戦っている。我らも再びおまえたちと戦おう。今度こそ、闇の竜をこの世界から駆逐するために」
「我ら?」
とリンメイは神竜のことばを聞きとがめて、声がまた出るようになっていることに気がつきました。周囲を充たしていた無音の闇魔法が消えていたのです。神竜が打ち消したのに違いありません。
声を取り戻したラクが、ロウガの後ろで声を張り上げていました。
「神竜のご加護でまた術が使えるようになったぞ! 攻撃を再開しろ!」
たちまち飛竜部隊の中から呪文の声が湧き起こりました。術師たちが呪符を読み上げ始めたのです。飛竜たちがまた前進を始め、術で生み出された稲妻や炎、矢や槍が、デビルドラゴンとセイロスへ飛んでいきます。
白く輝く神竜は巨大な頭を地上へ向けました。吼えるような声で呼びかけます。
「いでよ、我が一族! 世界はまた我らの力を必要としている!」
とたんに、大地から無数の光の筋がほとばしりました。青、黄、緑、白、黒……様々な色の光の柱が空へ伸びていきます。
と、それはそれぞれ一匹ずつの竜に変わりました。神竜ほど巨大ではありませんが、飛竜より大きなユラサイの竜です。蛇のような体をくねらせて大地から抜け出すと、デビルドラゴンやセイロスのほうへ飛んでいきます──。
「ワン、竜子帝が神竜を呼び出しました!」
とポチが言いました。攻撃を受けて空中に停止していた勇者の一行を、色とりどりの竜が追い越していきます。
「神竜はわかるけど、このたくさんの竜はどこから来たわけ!?」
と驚くルルに、フルートが言いました。
「世界の最果てでデビルドラゴンを縛って抑えていた竜たちだよ。神竜の命令でそうしていたんだ。でも、デビルドラゴンがこの世界に脱出してきたから、竜たちも戻ってきたんだな」
竜たちは術師が放った攻撃にも追いつくと、なんと攻撃を呑み込んでしまいました。稲妻を呑んだ竜は全身に稲妻のひらめきをまとい、炎を呑んだ竜は全身が炎に包まれます。矢や槍の武器を呑んだ竜は、うろこのひとつひとつがその武器に変わっていきます。
ギァァァァ……!!!
強化された竜たちの攻撃を受けて、デビルドラゴンが叫び声を上げました。
背中のセイロスにも竜が襲いかかりますが、こちらは届く前に魔弾で吹き飛ばされてしまいます。
「デビルドラゴンに効いてるぞ!」
「ああ、セイロスに届かない!」
とゼンとメールが同時に言いました。
「デビルドラゴンは大きいけれど、セイロスは小さいから攻撃しにくいのよ。でも、あれだけ数が多かったら……」
とポポロが言います。
すると、デビルドラゴンの体が、かっと黒く光りました。群がっていた竜が吹き飛ばされて、燃え尽きるように消えてしまいます。
けれども、竜はまだたくさんいました。空中で群がり色とりどりの太い綱のようにより合わさって、デビルドラゴンへ押し寄せていきます──。
「紛れて接近するぞ」
とフルートが言いました。
デビルドラゴンやセイロスの放つ魔法が竜たちを吹き飛ばしますが、そのおかげで彼らに攻撃が来なくなっていたのです。
そこへ戦人形につかまったレオンとペルラが追いつきました。いきなりどなってきます。
「君たちはこんなところで何をぼぅっとしているんだ!?」
「接近のチャンスじゃない! 早く行きなさいよ!」
「るせぇな。それを今フルートが言ってたんだよ」
とゼンが答えている間に、フルートとポチはもう飛び始めていました。仲間たちもすぐに追いかけます。
すると、フルートが言いました。
「ゼンは最後尾だ。この距離ならそこからでも矢が届くだろう?」
「そりゃな。だが──」
ゼンがポポロを心配そうに見たので、フルートは重ねて言いました。
「君の防具はもう魔法を防げない。警護はレオンに頼む」
「わかった」
とレオンは言うと、範囲を狭くした障壁を行く手に張りました。ビーラーはレオンの合図を受けて風の犬に変身します。
レオンはビーラーに乗り移って先頭に出ると、戦人形にしがみついたり抱かれたりしているペルラとシィを振り向きました。
「渡れずの湖は越えたからな。ここから先ぼくはビーラーで行く。君たちはそっちだ」
「あたしたちも先頭で戦うわ! 置いてかないでよ!」
怒って訴えるペルラに、レオンは肩をすくめました。
「君たちが後ろでおとなしくしてるなんて思ってないさ。戦人形はビーラーのすぐ後ろを飛んでいく。そう命令してあるからな」
「あら、それならいいわ」
ペルラがたちまち機嫌を直したので、メールが言いました。
「仲いいじゃん、あんたたち。いいコンビだよ」
「あら、ありがとう」
とペルラはにっこりしましたが、レオンはそっぽを向きました。不機嫌そうに行く手を見ています。
「もう。なに照れてるのよ」
とペルラが背中をつねったので、痛いぞ! とレオンが振り返りました。赤くなっているのは、怒っているからではありません。
ペルラはそんな彼にあかんべぇをしてから笑ってみせました──。