「どぉするの!? どぉするの!? 勇者くんたちはすぐそこまで来てたんだよぉ!? もうすぐここに来ちゃうよぉ!」
ランジュールがセイロスとデビルドラゴンの頭の中で叫んでいました。
魂が彼らの内側に取り込まれた状態なので、声が聞こえるだけで姿は見えません。
「騒がしい、黙れ!」
とセイロスは一喝すると、飛んでいこうとするデビルドラゴンを引き留めました。またポポロを手に入れようとしたのです。
「連中が接近してきた。至近距離なら聖守護石の守りも破れる。全員を消滅させろ」
デビルドラゴンは不機嫌に唸って首を上げました。飛竜部隊の先頭に飛び出してきた勇者の一行へ口を開けます。
「あ、デーちゃんったら、まぁたお嬢ちゃんだけを殺そうとしてるぅ。デーちゃん、意外としつこい性格だねぇ」
とランジュールがばらしたので、セイロスは、ぎっと足の下の竜を踏みつけました。
「勝手なことはするな。全員を消滅させろ」
「うふふ。セイロスくんはデーちゃんに手こずってるねぇ。ホントは自分で勇者くんたちを攻撃したいのに、デーちゃんを押さえ込むのに手一杯だもんねぇ」
両方の考えが読めるランジュールが、今度はセイロスの内心を暴露します。
黙れ! とセイロスはまたランジュールへどなると、デビルドラゴンに言いました。
「フルートは以前、私に聖守護石を押し当てようとした。聖なる光ではおまえの殻に防がれるから、直接我々の内側に聖なる力を流し込もうとしたのだ。今回もその方法を狙ってくるだろう。こざかしい手だが、我々はかなりのダメージを食らうし、特におまえの被害は計り知れない。ポポロに固執するのはやめろ。連中全員を一気に焼き払うのだ」
デビルドラゴンは沈黙しました。反論しようとしたのですが、セイロスがそれを許さなかったのです。
攻撃のためにまた口を開けたデビルドラゴンへ、セイロスは言い続けました。
「小細工はするな。全員まとめて焼き払え」
ゴォォォォォ……!!!
巨大な炎が勇者の一行を襲います。
が、炎は届く前に空中で弾けてしまいました。勇者の一行の行く手に光の壁が広がったのです。
一行を追いかけて前に出てきた戦人形から、レオンが手を伸ばしていました。
それだけではありません。その後ろには風の犬に乗った天空軍が続いていて、やはり手をかざして光の壁を支えていました。壁はみるみる広がっていって、六百頭の飛竜部隊全体を守ります。
すると、光の壁をすり抜けて稲妻や槍が飛んでいきました。飛竜部隊の前面にいた術師たちが攻撃を再開したのです。ユラサイの術が生み出す武器が、デビルドラゴンの体に深々と命中します──。
「あいた、痛い痛い!!」
とランジュールがまた騒ぎ出しました。どうやらデビルドラゴンの苦痛がランジュールにも伝わっているようです。
「ちょぉっと、デーちゃん! ちゃんと身を守んなくちゃダメじゃないかぁ! え、ユラサイの術はデーちゃんでも防げないってぇ? それなら、あたりの音を消しちゃいなよぉ! あの術は呪文を読み上げないと発動しないんだからさぁ! 納得したぁ? だったら早くぅ──あいたっ!」
デビルドラゴンはまた首を伸ばしました。キェェェ……!!!! と鋭い声を上げると、すぐにそれが聞こえなくなりました。振動が無音のまま空に広がっていきます。
「む?」
飛竜の上で術を繰り出していたラクが、急に声を上げました。
立ち乗りで飛竜を操っていたロウガが聞きつけて振り向きます。
「どうした!?」
ところが、そのことばはラクに届きませんでした。口から飛び出したとたん、音が消えてしまったのです。
なんだ、どういうことだ!? と驚いて言いますが、その声もやっぱり消えてしまいます。
声だけではありません。飛竜の翼が羽ばたく音も、空を飛ぶときの風切りの音も、竜の鳴き声も仲間の声も、なにひとつ聞こえなくなっていました。空は怖いほどの静寂に充たされています──。
ラクがロウガに必死に何かを言っているようでしたが、まったく聞き取れませんでした。音という音が失われているのです。
すると、ラクが自分の口元をおおう黄色い布をむしり取りました。敵に術を封じられることを防ぐための布でしたが、デビルドラゴンの魔法には効果がなかったのです。すっかり顔が見えるようになったラクは、口元に短いひげをはやした初老の男性でした。丸い顔に深いしわが刻まれています。
顔が見えるようになっても声はやっぱり聞こえませんでしたが、口の動きで、何を言っているのかなんとなくわかるようになりました。
「音を消されている──?」
とロウガはラクが言っていることを読み取りました。そのことばも消えてしまって、口から発せられることはありません。
彼らの周囲には術師を乗せた飛竜が四十頭ほどいましたが、そこでも術師たちが呪符を握って焦っていました。どんなに呪符を読み上げようとしても、声が出ないので術が発動しないのです。
「やばいぞ、これは」
とロウガはつぶやきました。その声もやっぱり消えてしまいます──。
「どうしたらいいの!? ねぇ、キョン! どうすればいいの!?」
術師たちと一緒に先頭を飛んでいたリンメイが、竜子帝に話しかけていました。音が消えてしまうので、表情と口の動きで必死にことばを伝えようとします。
竜子帝は青ざめて周囲を見回していました。無音の空ですが、飛竜は飛び続けています。彼らのすぐ後ろを飛ぶ天空軍も障壁を張り続けてくれていますが、術師たちがまったく攻撃できなくなっていました。竜子帝自身も声が出せないので、命令を下すことができません。
すると、行く手でデビルドラゴンがまた首を伸ばして口を開けました。
来る! と誰もが叫びましたが、やはり声は出せませんでした。
音のない振動がまた押し寄せ、障壁や彼らをびりびり震わせます。
すると、空中でたくさんの爆発が起きました。飛竜部隊の中を通り過ぎた振動波が天空軍に届いたとたん、風の犬の体がいきなり破裂したのです。風の犬は二百頭ほどもいましたが、風の体が白い煙になって飛び散り、あとに大小様々な犬が現れました。変身が解けて元の姿に戻ってしまったのです。犬たちは空を飛び続けることができませんでした。乗っていた主人と空から墜落していきます──。
けれども、天空の魔法使いたちが手を振ると、空中にたくさんの戦人形が現れました。人形は常に彼らのそばにいて、目に見えない速さで移動しながら周囲を飛んでいたのです。落ちていく彼らと犬たちを受け止めて、空中に留まります。
ただ、彼らが最前列から下方に落ちたために、正面の障壁を張り続ける力がなくなりました。またデビルドラゴンから衝撃波が押し寄せ、障壁を粉々に打ち砕いてしまいます。
さらに追いかけて飛んできた闇魔法が飛竜部隊をまともに襲いました。飛竜たちが体に攻撃を食らい、翼を撃ち抜かれて、次々空から落ちていきます。
飛竜部隊は攻撃をかわすのに必死になりました。正面から雨のようにやってくる闇の弾を右へ左へ、上へ下へ、とにかくかわして必死に飛びますが、逃げ切れなくて撃墜されてしまいます。
リンメイが乗る飛竜にも攻撃が迫っていました。竜子帝が「逃げろ!」とどなったのが口の動きでわかりますが、避けきることができませんでした。リンメイの竜の胴に闇の弾が飛んでいきます。
すると、リンメイの竜の前に白銀に光るものが飛んできました。闇の弾が当たって砕け散ります。
それはレオンとペルラをしがみつかせた戦人形でした。レオンが障壁を張ってリンメイと竜を守ったのです。
「あ、ありがとう──」
リンメイが思わず礼を言うと、レオンは前方を振り向いて手を振り上げました。なんだか怒っているようなしぐさです。ペルラも前へ何かを叫んでいます。
そこにはポチとルルと花鳥に乗った勇者の一行がいました。レオンたちは彼らに対して怒っていたのです。「気をつけなさいよ!」とペルラが言っているのがわかります。
レオンたちは最初から戦人形にしがみついていたので、風の犬を消されて墜落することがなかったし、勇者の一行を障壁で守り続けることもできました。ポチやルルの変身が解けなかったのは、レオンが守っていたおかげです。
けれども、リンメイがやられそうになったので、一行はレオンを助けに送り出しました。それを頼んだのはフルートでした。それでは君たちが危なくなる、と渋るレオンを、いつもの頑固さで無理やりこちらへ寄こしたのです。
デビルドラゴンから勇者の一行へ闇の弾が飛んでいました。数十発まとめて飛んでくるので、レオンやペルラがあわてて飛び戻っていきます。そのうちの一発が直撃コースでした。レオンは戦人形を急がせますが、二人をしがみつかせた人形は素早く飛ぶことができません。
「当たる!」
とリンメイが口の中で叫びました。一行はフルートを中心に金の光で包まれていましたが、闇の弾はそこに突き刺さっていったのです。フルートの正面に迫り、くっと急に向きを変えてポポロのほうへ飛んでいきます──。
すると、ポポロの前にルルが飛び込んできました。背中に乗ったゼンが両手を広げてポポロをかばいます。
闇の弾はゼンの胸当てに当たって砕け散りました。ゼンもポポロもルルも無事です。が、ゼンは急に自分の胸に手を当て悔しそうに顔を歪めました。青く染め上げられた胸当てに大きなひびが広がっていたのです。度重なる衝撃に、とうとう防御力の限界に来たのでした。フルートたちも顔色を変えています。
「許さぬ」
突然すぐ近くからそんな声がしたので、リンメイは仰天して振り向きました。
声の主は竜子帝でした。飛竜の上からデビルドラゴンをにらみつけています。その顔色は真っ青でした。竜の手綱を握る手が怒りで震えています。
「よくも朕の妻を殺そうとしたな。さらに朕の家来と飛竜たちに危害を加え、朕の友人たちも害そうとした。許さんぞ。絶対に許さぬ──!」
キョン、とリンメイは言おうとしましたが、彼女の声はやっぱり口から出てきませんでした。竜子帝の声だけが何故か聞こえます。
竜子帝は天を振り仰ぎました。
「竜よ! ユラサイの守護獣たる神竜よ! 悪しき竜がついに現れ世界と人々を蹂躙(じゅうりん)しようとしている! 古き契約によりて疾く来たり皆を救いたまえ!」
それはユラサイの守り神の神竜を呼び出すことばでした。大昔の契約に基づいてユラサイの皇帝だけに許されている召喚です。
竜子帝の声は空いっぱいに広がっていきました。無音の空間を力のあることばが充たしていきます。
すると、空の中に銀の光がまたたきました。あっという間にふくれあがって周囲をまぶしく照らし──
全身純白のうろこにおおわれた巨大な竜が、空に姿を現しました。