咆吼でハルマスを引き裂いたデビルドラゴンは、もう一度ハルマスへ吼えようとして、急に首を引きました。ハルマスの砦から飛竜の集団が飛び立ってきたのが見えたのです。
「間に合わなかったか」
とセイロスが言ったので、デビルドラゴンは不服そうに言い返しました。
「ダカラ連中ヲ早クタタケ、ト言ッタノダ。連中ヲ甘ク見ルト二千年前ノ二ノ舞ニナルゾ」
セイロスは、じろりと竜をにらみ返しました。
「口出しをして私の邪魔をしたのはおまえだ。黙って私に従え」
デビルドラゴンは首元のウロコをぐわっと逆立てました。セイロスへ牙をむきますが、かみつくことはできません。彼らは一心同体なのですから、できるわけがないのです。
ふん、とセイロスは冷ややかに笑ってから、すぐに敵の軍勢を見据えました。飛竜部隊はリーリス湖の上を飛んで迫ってきていました。風の犬ならば変身が解けて渡れずの水に落ちるのですが、飛竜は鳥と同じように湖の上を飛び越えることができるのです。
飛竜は背中に竜使いの他にユラサイの術師たちも乗せていました。最後尾の竜には色違いの衣を着た四人の魔法使いが乗っています。
「ロムドの四大魔法使いか」
とセイロスはつぶやきました。いつの間に、と考えたのが彼なのかデビルドラゴンなのか、彼自身にも判断はつきません。
飛竜部隊はまっすぐこちらに向かっていました。突撃をかけようとしているのです。
「四大魔法使いを護衛にしているな」
とセイロスはまたつぶやきました。ユラサイの術師たちは闇魔法で防げない術を使いますが、代わりにこちらの攻撃を防ぐこともできません。そこで光の魔法使いの四人が護衛に同行しているのです。
フッとデビルドラゴンが鼻から黄色い毒の煙を吐いて笑いました。四大魔法使いは人間としては強力な魔法の使い手ですが、彼らの敵ではありません。
「焼キ払ウゾ」
「焼き払え」
デビルドラゴンとセイロスが同時に言いました。こちらへ向かってくる飛竜部隊に勇者の一行は加わっていません。連中を焼き払ってもフルートは願い石を使わない、と踏んでのことでした。
デビルドラゴンが縮めた首をまた前方へ伸ばしました。口から超巨大な炎を吐き出します。
炎はリーリス湖の上を渡って湖面を夕日のように赤く染めました。ハルマスを直撃すれば、砦全体が火に包まれるほど巨大な炎です。飛んでくる飛竜部隊を一瞬で焼き尽くそうとします。
ところが、炎が届く直前に、飛竜部隊の前に白銀の壁が現れました。吹きつけてくる炎を跳ね返して散らします。
馬鹿な!? とセイロスとデビルドラゴンはまた同時に考えました。いくら四大魔法使いが四人揃っていても、人間に防げる規模の炎ではありません。
「誰かいるな!? 姿を現せ!」
とセイロスはどなり、デビルドラゴンが無数の剣のような息を吐きました。剣は白銀の障壁に突き刺さって打ち砕き、激しい光と煙を巻き起こしました。その煙が見えない存在をあぶり出します。
「そこだ!」
とセイロスが闇魔法を撃ち出すと、また白銀の光が広がって攻撃を砕きました。光と煙が収まると、白銀の人形につかまったレオンとペルラが現れます。
「貴様か」
とセイロスはいまいましく言いました。セイロスは以前にもフルートたちと一緒にいたレオンと対決したことがあったのです。ただ、レオンの魔力はそのときよりはるかに強力になっていました。力の大部分を取り戻したデビルドラゴンの攻撃を二度も防いだのに、まだ平然と魔法の構えをとっています。
「まず奴を倒せ! 連中の守りを消すのだ!」
セイロスの命令にデビルドラゴンがまた炎を吐きました。先ほどと同じ規模の炎をごく細く絞り込んで、戦人形にしがみつくレオンに集中させたので、赤かった炎が白く、さらには青白く輝き出します。
レオンはまた障壁を張りましたが、高温の炎を消し去ることはできませんでした。障壁は炎を防いでいますが、次第に溶けるように薄くなっていきます。
すると、少女の声が響きました。
「イー・ラーイ・リィー!」
戦人形に抱かれたペルラが、腕を振って海の呪文を唱えたのです。
たちまち湖面に竜巻が立ち上り、デビルドラゴンの炎に激突しました。巻き上げられた水が蒸発して水蒸気に変わり、あたり一面真っ白な霧におおわれてしまいます。
「こしゃくな」
セイロスは舌打ちしました。ペルラが使う海の魔法は光の魔法の一種なので、竜巻から変わった霧にも光の魔法が含まれていて、セイロスたちの目から敵の姿を隠してしまったのです。
「霧を吹き飛ばせ!」
とデビルドラゴンへ命じます──。
そこへいきなりギーの声が飛んできました。
「セイロス、船だ!」
はっと声のほうを見たセイロスは、間近に迫る巨大な二隻の船を見ました。宙船です。周囲の警戒を怠らないつもりでいたのですが、彼もデビルドラゴンも飛竜部隊のほうについ集中して、接近を許してしまったのです。
「飛べ!」
セイロスが言い、デビルドラゴンが翼を打ち合わせました。空の高みへ飛び上がると、その真下を光の弾が飛び過ぎていきます。
弾はデセラール山に命中しました。ドォォォン!!!! と落雷のような音がとどろいて、山腹に大穴が開きます。宙船に備えつけられた魔大砲の攻撃でした。
「生意気な、そんなもので我らを倒せると思っているのか!」
セイロスのことばと同時にデビルドラゴンがまた口を開けました。激しい衝撃波を宙船へ送り出します。
が、船全体が光に包まれて衝撃波を跳ね返しました。船の周囲に風の犬に乗った黒衣の人々が現れたので、セイロスと竜は歯ぎしりしました。宙船は天空の魔法使いたちに守られていたのです。
迫り続ける宙船に、セイロスとデビルドラゴンは言いました。
「アレヲ使ウゾ」
「あれを使え!」
笑うような顔で首を高くもたげたデビルドラゴンは、自分たちの上空に黒い煙のような闇を吐き始めました。みるみる寄り集まって、巨大な黒い円盤のようになります。ディーラの都も破壊されかけたことがある黒い魔法でした。みるみる広がってデセラール山の上空をすっぽりおおい隠し、夜のような暗がりで一帯を包み込みます。
ところが、天空の魔法使いたちがいっせいに両手を黒い魔法へ向けました。聖なる魔法を送り込んでいきます。
デビルドラゴンは闇を吐きながら四枚の翼を激しく打ち合わせました。巻き起こった風で魔法の犬ごと魔法使いたちを吹き飛ばそうとします。
が、風の犬はびくともしませんでした。魔法を繰り出す主人を乗せたまま空中に留まっています。その後ろで犬と魔法使いを支えていたのは、赤や青、白といった色に染まった戦人形でした。体のあちこちから風を噴射させて、デビルドラゴンの起こす風に抵抗しています。
ドドドォォォォォ……ンンン!!!!!
ついに黒い魔法も光の魔法に打ち砕かれてしまいました。大量の煙が湧きおこり、デセラール山のふもとから湖を越えてハルマスまでを、真っ黒な煙で包んでしまいます。その煙の中でも光と闇の魔法はぶつかり続けていました。バチバチと音を立てながら火花が飛び散っています──。
「ぽぽろヲ食ラエ」
とデビルドラゴンがセイロスに言いました。
「ぽぽろヲ取リ込ンデ我ラガチカラトナセ。ソウスレバ我ラハ無敵ダ。何者ニモ我ラハ停メラレヌ」
強く促す声でした。迫る敵を無視してポポロがいるハルマスへ飛ぼうとします。
「ポポロは殺す」
とセイロスは言い返しました。デビルドラゴンの上に乗っているように見える彼ですが、その脚の下に竜を抑え込んで言い続けます。
「仲間を殺せば奴は必ず願い石を使う。使う間を与えず、仲間ごとフルートを消滅させろ。ポポロは不要だ」
デビルドラゴンがまたセイロスをにらみつけました。セイロスのほうも竜をにらみ返します。四つの赤い瞳が見えない火花を散らしてにらみ合います──。
「どうしたんだ、セイロス!? 敵が迫ってるぞ!!」
またギーの声がしました。ギーは爆発や煙が届かない場所から見守っていて、煙の中を宙船が進み続けているのを気づいたのでした。
セイロスとデビルドラゴンは即座ににらみ合いをやめ、煙の隙間から、こちらを攻撃しようとする宙船を見ました。
「やれ!」
キィエェェェェ……!!!!
天空の魔法使いは黒い魔法を消滅させるのに力を使い果たしてしまったようでした。デビルドラゴンの咆吼が煙を吹き飛ばし、その中にいた宙船を先端から破壊していきます。
船は無数の木片になって空中で砕けました。今まさに発射しようとしていた魔大砲も、衝撃波の中で消滅していきます。乗り込んでいた妖怪たちは、てんでに翼を広げて逃げようとしましたが、衝撃波は容赦なく襲いかかりました。妖怪たちが空中で打ちのめされ、小石のように落ちていきます。
ふん、とセイロスとデビルドラゴンは同時に言いました。巨大な宙船も所詮彼らの敵ではないのです。
ところが、ギーはどなり続けていました。
「まだだ、セイロス! まだもう一隻──!」
崩れていく宙船の後ろから、もう一隻の宙船が現れたのです。衝撃波はこちらの船にも届いていますが、船体に触れる前に弾かれていました。先の攻撃をかわした天空の魔法使いが、船の周囲を飛びながら守っています。
「こっちが本命か!」
とセイロスとデビルドラゴンは察しました。こちらの船は魔大砲を撃つ様子もありませんでした。ただまっすぐ彼らに向かって突き進んできます。
迫る船の舳先(へさき)に河童が立っていました。青緑色の衣を風にはためかせて、デビルドラゴンを指さしています。
「行くだ! そのまんままっすぐ! 敵さ体当たりだぁ!」
船はみるみるデビルドラゴンに迫っていきました──。