混乱するハルマスの砦では、魔法軍団の魔法使いも大勢戦っていました。
元々は砦の中で防御を固めながら、タイミングをみて出陣することになっていたのですが、デビルドラゴンの咆吼が砦を引き裂いてから状況が一変していました。砦の人々を救出し、地割れから這い上がってくる肉坊主を防ぐのに手一杯になってしまったのです。鳩羽の魔法使いと紫の魔法使いは病院の患者を助けながら怪物と戦っていますが、他の魔法使いも同じような状況になっていました。
「本当にきりがないわね!」
薄紅の魔法使いが戦いながら文句を言っていました。長い金髪にプロポーションの良い体つきの美女です。彼女が着る薄紅の長衣は美しいドレスのように見えました。豊かな胸の上で踊っているのは、彼女が仕える愛の女神セリアの象徴です。
敵の大将のセイロスがデビルドラゴンとすぐそこに現れたというのに、彼女は防御から離れることができませんでした。自分のふがいなさに腹を立てながら、湧いてくるように現れる肉坊主を魔法で吹き飛ばしていきます。
すると、砦の南側で雨音のような羽音が湧きおこり、何百頭という飛竜がいっせいに空へ舞い上がっていきました。背中にはユラサイ人の竜使いや術師たちが乗っています。
ああ、ユラサイ軍も出陣したんだわ──と美女が悔しく思っていると、その最後尾に四人の魔法使いを見つけました。ユラサイ軍と一緒に飛竜に乗って、白、青、深緑、赤の長衣を風にひるがえしています。
「隊長!?」
紅の魔法使いは驚きました。襲いかかってきた肉坊主を一気に吹き飛ばして、改めて空を見上げます。
「いつのまに! 隊長方は王都を守っていらっしゃるとばかり思ったのに──!」
四大魔法使いはユラサイ軍の術師に姿を変えて砦にやって来たので、部下たちでさえ到着に気づいていなかったのです。
こんなことをしてはいられない、と彼女は考えました。周囲にはまた怪物が集まってきています。逃げようとする砦の人々に襲いかかる怪物もいます。一刻も早く倒して隊長たちに合流しなくちゃ、と焦ります。
そこへ仲間の声が心話で伝わってきました。
「隊長たちが敵の大将に向かっている! 我々魔法軍団も追いかけよう!」
「もちろんよ!」
と彼女は心話で言い返すと、さっきより広範囲に魔法を繰り出しました。百体近い肉坊主が蒸発するように消えていきます。
「さあ、いいわ!」
と薄紅の魔法使いは空に飛び上がりました。
少し離れた場所でも水色の長衣の魔法使いが空に舞い上がり、彼女へ手招きしていました。一緒に隊長たちを追いかけよう、と言うのです。
ところが、彼らが飛び始めようとすると、頭の中に声が響き渡りました。
「おまえたちは砦の守備だ! ハルマスを離れるな!」
薄紅の魔法使いも水色の魔法使いも、仰天して空で立ちすくみました。彼らの長の白の魔法使いの声でした。同じ声は砦にいる魔法軍団全員に届いていたようで、あちこちから仲間が驚く気配が伝わってきます。
白の魔法使いは叱りつけるように部下たちへ言い続けました。
「我々は勇者殿の指示で作戦を遂行中だ! 我々に応援は不要! おまえたちは敵にハルマスを奪われないように、全力で砦を守れ!」
魔法軍団全体の長でもある彼女の命令は絶対でした。魔法軍団からいっせいに了解の返事が上がります。
「了解──」
と薄紅の魔法使いも答えて、遠ざかっていく飛竜部隊を見送りました。彼らの隊長が乗った飛竜は最後尾を飛んでいます。そこへ砦の中から白銀の戦人形が飛んできて合流しました。人形には天空の魔法使いのレオンと海の王女のペルラがつかまっています。
二人が四大魔法使いの竜と並んで飛び始めたのを見て、薄紅の魔法使いは唇をかみました。飛竜部隊が向かうデセラール山の前には、巨大な闇の竜に乗ったセイロスが浮いています。砦を守るより隊長たちと共に敵の大将と戦いたい、と心の底から思います。
一方、一緒に空に飛び上がっていた水色の魔法使いは、あきらめて砦に戻っていきました。砦を守っていた兵士たちと一緒にまた怪物と戦い始めます。
大通りを分断した地割れには、にわか作りの橋が架けられていて、橋の上に勇者の一行がいました。ゼンやメールやポポロは遠ざかっていく飛竜部隊を見送っていますが、金の防具を着たフルートだけは、空にいる薄紅の魔法使いを見上げていました。彼女が白の魔法使いの指示に従うかどうか見極めようとしているのです。
薄紅の魔法使いは小さく溜息をつきました。隊長たちはフルートの作戦に従って行動しているのです。彼女もその部下として作戦に従わなくてはなりませんでした。
「了解しました、白様」
薄紅の魔法使いはもう一度答えると、肉坊主がひしめく砦へ降りていきました──。