けれども、ユラサイの飛竜部隊は砦からスムーズに飛び立ったわけではありませんでした。
飛竜は巨大な体で飛び立つために、けっこうな距離を助走する必要があります。これまで砦の中の大通りを使っていたのですが、デビルドラゴンが生んだ地割れのせいで、通りが分断されてしまったのです。
「これでは飛竜は飛び立てんぞ! どうすれば良いのだ!?」
何度挑戦しても、飛竜が地割れの前で立ち止まってしまうので、竜子帝は癇癪(かんしゃく)を起こしました。
飛竜が助走できる長い通りは、この大通りに限らず、砦の中に東西方向に何本もありましたが、すべて地割れで分断されていました。南北に延びる通りは無事ですが、助走には距離が短いうえに道幅も狭いので、飛竜の翼が引っかかってしまいます。
「無理に離陸はできないぞ。竜が翼を痛めるからな」
とロウガは難しい顔で言いました。彼が乗った愛竜もやっぱり飛び立つことができなくて、地割れの前で立ち止まっています。
「浜辺なら助走できるんだろうけど、あっちでは父上たちが激戦中だもん。近づけないよね」
とメールが言いました。彼らが先ほどまでいた湖は大通りから十数メートルしか離れていませんでしたが、間に建物が建ち並んでいるので、そこから湖を見ることはできませんでした。デセラール山の前に陣取るセイロスとデビルドラゴンも見えません。
「しかたない。術で飛竜を空に浮かせて、そこから飛び立ちましょう」
とロウガの後ろに乗ったラクが言いました。黄色い衣の懐から呪符を取り出そうとします。
フルートは首を振りました。
「竜仙境の飛竜も合流したから、飛竜の数は六百頭以上になっています。それに対して術師は四十人ちょっとしかいません。白さんたちに加わってもらっても数が足りないから、全部の飛竜を飛び立たせることはできません」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「どうやって飛竜が助走する場所を確保するつもり?」
とゼンとルルが聞き返しました。
「割れ目に橋を架けることができればいいんだけれど……」
とポポロが地割れとその中を流れる水を見ました。先ほど四大魔法使いが光の魔法を使ったので、肉坊主はその付近から姿を消していました。ただ、その四大魔法使いが力を合わせても、地割れそのものをふさぐことはできなかったし、橋を架けることもできなかったのです。
ポチが心配そうにポポロを振り向きました。
「だからって、ポポロが魔法で橋を架けちゃだめですよ。ポポロならできるかもしれないけど、そうすると魔法を減らしてしまうんだから」
ポポロはたちまちうつむいてしまいました。
代わりにフルートが言います。
「考えよう。もうじき河童さんと天空軍の宙船が、妖怪軍団の宙船と合流する。河童さんたちが船をデビルドラゴンにぶつけて隙を作ったときに、一気にセイロスに肉薄できるように、こっちはこっちで奴らに接近しなくちゃいけないんだ。四大魔法使いに協力してもらいながら──」
すると、白の魔法使いが言いました。
「やはり、ラク殿たちと我々が力を合わせて、飛竜を飛び立たせるのが良いのではないでしょうか、勇者殿? 一度に飛び立たせることができるのは五十頭ほどですが、それを繰り返せば、全部の飛竜を空に上げることができます」
ところが、今度はユギルが首を振りました。
「その作戦は成功いたしません。飛竜部隊がすべて空に飛び立つ前に、敵にこちらの意図を見抜かれて、空にいる飛竜が攻撃を受けてしまいます」
「どうにか方法はないのか?」
とオリバンが尋ねましたが、占者はそれには答えず遠いまなざしで地割れを見るだけでした。
大通りを分断した地割れでは、濁った水がまだ大きく波打っていました。湖に近い場所や砦の奥のほうでは、味方と肉坊主の激しい戦いが続いています。
フルートも波打つ水面を見て考え込んでいました。時間の余裕がないので気が急くのですが、名案はなかなか浮かびません。仲間たちもオリバンたちも四大魔法使いも、そんな彼をじっと見つめます。
すると、フルートが目を見張りました。割れ目を指さします。
「あれは──?」
一同はいっせいに地割れをのぞき込んで、フルートと同じように目を見張りました。割れ目で波打っていた水が、急に一カ所で盛り上がり出していたのです。巨大な丸い泡のように膨らんでいきます。
「新たな敵か!?」
とフルートやオリバンたちが身構えると、ユギルが言いました。
「いいえ、そうではございません。あれは味方でございます」
「無事だったんだわ……!」
と透視で正体を確かめたポポロが声を上げます。
そのとき、泡のように膨らんだ水の壁が崩れて、中から木でできた建造物が現れました。せり上がるように浮かんできて、岩の壁の間にぴったり挟まったところで停まります。
それはデビルドラゴンに地中に沈められたはずの宙船でした。船の甲板の出入り口がぱっと押し上げられて、中から妖怪たちが飛び出してきます。
「やった! 地上に出られたぞ!」
「天狗の言うとおりだったわね!」
「外の空気だにゃぁ!」
鬼やろくろっ首、猫娘でした。先ほど撃沈された船に乗っていた妖怪たちです。その後からも次々妖怪が出てきます。
すると、彼らの頭上を飛び越えるようにして、天狗も外に出てきました。デビルドラゴンの魔法を食らって地中に呑まれた天狗ですが、やはり無事でいたのです。
「地中にも川はあるからな。それがどこかにつながれば、外に出られるだろうと思ったんだ。案の定だったな」
と天狗は仲間たちに言って、彼らを見守る一行を振り向きました。
「心配をかけたな──と、勇者はこっちだったか」
天狗は白の魔法使いからフルートへ目を移して、話し続けました。
「わしたちはこうして脱出できたが、残念ながら全員ではない。地中に呑まれて行方不明になった仲間もいるし、動かせた船もこれ一隻だった。脱出できたのは二十名程度だ。戦力的には半減だな」
「それでも、その状況から戻ってきてくれて本当に良かったです」
とフルートは本心から言って、話し続けました。
「これから飛竜部隊はセイロスに突撃をかけます。河童さんは天空軍と協力して宙船をデビルドラゴンにぶつけようとしています──」
話を聞いた天狗が「とんでもない作戦だ!」と怒り出すのでは、とフルートは考えましたが、それは無用な心配でした。
天狗は湖がある方角へ目を向けると、すぐにこう言いました。
「宙船が二隻で向かっているな。片方が攻撃している間に、もう一方が体当たりする作戦か。だが、そんなことで倒れるような敵ではない。攻撃の本命はおまえたちだな、勇者」
フルートはうなずきました。
「隙を見て接近して、セイロスに直接金の石を使います」
と自分の胸元へ目を向けます。ペンダントは今はまだ服の下になっていたのです。
天狗もうなずき返しました。
「聖守護石の力を直接流し込めば、セイロスだけでなくデビルドラゴンにも相当な痛手を与えられる。今はそれが一番有効な方法だな。わしらが突然現れて、おまえたちの出撃を邪魔してしまったか」
「いいえ。それが困ったことになっていたんです」
とフルートが地割れで飛竜が飛び立てなくなっていることを話すと、天狗は急に笑い出しました。
「それでは、わしらは良いところに現れたことになる。わしらの中に名人がいるぞ」
名人? とフルートたちが目を丸くしていると、妖怪たちの中からひときわ体が大きな鬼が出てきました。天狗が紹介します。
「これは鬼六(おにろく)。どんな暴れ川にも決して流されない橋を架けることができる名大工だ──。鬼六、ここに橋を架けて、竜が飛び立てるようにしてくれ」
鬼は、ふぅむ、と地割れをのぞき込みました。間には彼らが乗ってきた宙船が挟まっています。
「この割れ目には闇魔法がたんと使われているから、魔法で橋を架けようとしても無理だな。どうせもう飛び立てないんだ。この船を使うことにしよう」
言うが早いか、鬼は宙船の上に飛び降り、どこからか取り出した大工道具で船の解体を始めました。ガンガンガン、と賑やかな音が響き始めます。
「鬼六、俺たちも手伝うぞ」
「あたいたちにもできることはにゃぃかい?」
と仲間の妖怪たちが尋ね、鬼に手招きされて船の上に降りていきました。船は妖怪たちの手でみるみる解体されていくと、割れ目にしっかりはまりこんだ船底を支えに、地割れを渡る橋になっていきます。
「すっげぇ」
とゼンが感心しました。他の者たちも、あまりのスピードに呆気にとられて眺め、ほんの五分ほどで橋が完成したので、驚嘆の声を上げてしまいました。
「信じらんない! ホントにできちゃったよ!」
「こんな短時間でか!」
「しかも、すごく丈夫そうだ!」
フルートは飛竜に乗ったままだった竜子帝を振り向きました。
「これで飛び立てるな? 出撃だ」
「承知した。行くぞ、飛竜部隊! 朕に続け!」
竜子帝の飛竜が大通りを走り出しました。地割れの上に渡された橋を駆け抜けて、その先の大通りを走り、通りの外れに突き当たる前に翼を広げて舞い上がります
竜子帝のすぐ後に続いたのはリンメイでした。ロウガと術師のラクを乗せた竜も、できたての橋を駆け抜けて飛び立って行きます。
そのあとは次から次でした。六百頭もいる飛竜が妖怪たちの作った橋を渡って舞い上がっていきます。にわか作りの橋ですが、竜の大群に踏みつけられてもきしむだけで、びくともしません。
飛竜部隊の最後に飛び立って行ったのは三頭の飛竜でした。飛竜に立ち乗りする乗り手の後ろに、白、青、深緑、赤の四人の魔法使いが乗っています。深緑の魔法使いと赤の魔法使いは一頭の竜に同乗です。
飛竜部隊は砦の上空で向きを変えると、一丸となって飛び始めました。向かう先にはデセラール山がそびえています。
鬼が作った橋の上でそれを見送りながら、オリバンが言いました。
「飛竜部隊が活路を開いて、宙船が体当たりをした隙にフルートが金の石を奴に使うわけか」
ひとりごとのような口調でした。自分自身に作戦を確かめているのです。
勇者の一行も一緒に橋の上から見送っていました。全員がなにも言わずに、じっと飛竜部隊を見つめています。
「うまくいくといいのだが」
とオリバンの隣でセシルが心配すると、反対側の隣にいた天狗が言いました。
「うまくいくに決まっている。そのためにわしらは協力しているんだからな──。みんな来い。敵が砦の防壁を壊した。このままだと敵が外から攻め込んでくるぞ。防壁の応急修理だ」
おぉう! と妖怪たちは応えると、天狗の指示で砦の各方面に散って行きました。地割れによって失われた防御力の復旧に向かったのです。
後に残されたオリバンはまだ飛竜部隊を見送っていました。腕組みをしながら、ひとりごとのように話し続けます。
「フルートはいつも私とセシルに指揮官と副官を押しつけて、自分たちだけで飛び出して行ったな。そのたびに我々は腹を立てたのだが──今回ばかりは私も怒らん。おまえが私に指揮官を代行しろと言うなら、喜んで引き受けてやろう」
金の防具の少年はオリバンの横顔を見つめ、また飛竜部隊に目を戻しました。口に出しては何も言いません。
けれども、オリバンはきびすを返すと、セシルに言いました。
「我々も行くぞ。地割れを通じて敵が砦に入り込んでいる。私はロムド軍を招集して敵を駆逐する。あなたはナージャの女騎士たちを招集しろ」
「わかった!」
オリバンとセシルは橋を降りるとそれぞれの部下の元へ走って行きました。ユギルもゆっくり橋から降りると、オリバンの後を追っていきます。
最後まで橋の上に残った勇者の一行は、遠ざかっていく飛竜部隊を見送り続けました。その場所からは建物の陰になってデセラール山のふもとを見ることができませんが、飛竜が飛んでいく先には、間違いなくセイロスとデビルドラゴンがいるのです。
と、そこへ白銀に光るものが急上昇してきました。レオンとペルラが戦人形でやってきたのです。飛竜部隊に合流して一緒に飛び始めます。
飛竜部隊の最後尾では白、青、深緑、赤の長衣が風にひるがえっていました。やがてそれも建物の陰に入ると、橋の上からは見えなくなってしまいました──。